家庭環境 3

 結愛に「ここだよ」と言われて降りた駅は、終点の本川越で、どう考えても私の家のほうが近かった。

 正直夜遅くまで勉強詰めで、明日までの課題はまだ終わっていないというこの状況下、時間はかなり惜しかった。その上、連日満足に眠れていない。もしこれが彼女じゃなければ、絶対に怒り心頭だったと思う。

 見慣れない閑散とした駅を歩いて改札を出ると、駅だというのに煌々と光るコンビニが一見あるだけで周りは真っ暗だった。

 道路沿いに並んでいる電灯よりも、ときどき並んでいる自動販売機の方が何倍も明るい道を、愛が恐れもなく歩いていく。車は全く走っていないけれど、私たちは真っ暗な車道沿いを歩いていた。

「すごい真っ暗だね。いつもここ帰りに歩いてるの?」

「そうだよ」

「え、危なくない? 女の子が一人こんな真っ暗な道」

「んー、でも親はそういうの気にしないからね」

「え、危ないよ」

 母親が車で迎えに来ると聞いていたので、ここから歩かされるのかと少し辟易していた。想像以上に長かった通勤で浪費した時間に対する不服も感じていた。

 それを隠して結愛に「どれくらい歩くの?」と聞いてみる。

「もう少しだよ」

 家はどこなのと私が質問した時と同じような曖昧な答えに、私の不満は更に積もった。

 数分歩くと別のコンビニが建物の影に隠れていて、結愛は迷いなくそのコンビニに入店した。

 結愛に倣って私もコンビニに入ると、彼女は既に丁度レジで会計をしている女性に親しげに話しかけていた。

 首にも髪がかからないほどのショートカットで、とても細身な女性だった。黒いシャツにグレーのスーツスカートを履いていて、いかにも仕事をばりばりこなしていそうな風貌だ。

 どこか棘のある、攻め立てられていると錯覚させられるような声で、その人は結愛に「欲しいなら今すぐ持ってきなさい」と言いつけて私のことなど見向きもしなかった。

 この女性が結愛の母親だと気付いた私は今言わなければと「こんばんは」と声をかけた。

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