家庭環境 2

 都心部から大分離れたところに来たらしい。降りた駅は真っ暗で、線路に沿って建てられた鉄柵の先まで真っ暗だ。建物があるにはあるが、明かりは点いていないうえに、点々と頼りない電灯が並んでいる。

 スマホで時間を確認すると既に十一時半過ぎだった。

 結愛が「ここで乗り換えるよ」と言うので、電車の終点で降りてから十数分ほど待った。

 すると、今度は人の頭が電窓に並んでいる車両ばかりの電車がやってきた。

 もう真夜中になるというのに席は全て人で埋まっている。驚いて蛍光灯の下に足を踏み入れると、まるで決められた配置につくように、他に乗り込んできた人々が扉付近の鉄棒や吊革に捕まった。

 扉付近には既に人が寄り掛かっていたので、私は扉前の吊革に捕まる。結愛も手を伸ばすけれど、身長がわずかに足りず、指先しか引っかからない。

「燈佳高いね。私届かないや」

「大丈夫? 移動する?」

「ううん。いいよ、私慣れてるから」

 そういって結愛は両足を肩幅ほどに広げてバランスを取り始めた。

 電車が発進すると結愛は、器用に体重を移動させて重心を中心に保っているが、私はそれでも心配なので、空いている方の手で彼女の肩に手を伸ばして彼女が転ばないように気を配った。

 けれど結愛は「いいよ」と言って私の手から逃れようとするように体を捩る。なので私も手を引っ込めた。

 手持ち無沙汰だったので、私は本人が隣にいることもお構いなしに、懲りずにアセクシャルについて検索した。

 結愛と一緒にいるにはどうしたらいいのか、熟考する機会が増えた。

 とにかくネットでアセクシャルについて検索して、どうされるのは嫌なのか、恋愛感情と一重に言っても、何が理解できないもので、何なら理解できるのかということについて兎に角情報を搔き集めた。

 けれど、アセクシャルというセクシャリティーがマイノリティーの中でもマイノリティーで、そのことについて書かれたブログやエピソードの話もすぐに底をついた。

 新宿の紀伊国屋で、アセクシャルに関する本がないか検索をかけたこともあったが、一つも検索欄に出てこなかった。

 圧倒的情報不足だ。

 何も新しい情報を得られなかったので、私はスマホをポケットに戻した。

 結愛は何に夢中なのか、先ほどからずっとスマホをいじっている。まだ親とメッセージのやり取りをしているのだろうか?

 私は周りを横目で見渡す。

 ドアの隅に学生服を着た男女が寄り掛かっていた。

 その二人が明らかに密着しながら一つのスマホ画面を一緒に見たり、仲睦まじそうにキャッキャと話しているので、二人が醸し出す恋人らしい甘い雰囲気に、私は対抗心が湧いた。

 ただの女友達ではなく、彼女の恋人なのだと主張するように背筋を伸ばして、精一杯彼女をエスコートするかっこいい女を演じる。

 そんなことなど露知らず、結愛は何も気づかずスマホを両手でいじり続けている。

 すると、私が二人を見つめすぎたのか、私の行動が不審に映ったのか、カップルらしい二人が私の方を怪訝な目でチラ見した。

 そうして先程よりもずっと小さな声で何かを話し合っている。

 例のレズビアンなんじゃないかと話し合っているのだろうか? そう思うと急に居たたまれない気持ちになった。

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