本の町 5

 私が秋季限定のかぼちゃ味のタピオカを試しに買い、結愛は定番のミルクティーを買った。二人で少しずつ交換して飲み、美味しいと言いながら電車で新宿に戻る。

 映画はヴァン・ゴッホの一生を描いた伝記物映画で、マイナーであろう映画に私以外で興味を持つ人がいるとは思っていなかったので、彼女とそれを共有できる嬉しさに高揚していた。

 友達とハリウッド映画を見るより、家族以外の誰かとこういう映画を見れるということが、私にはとても恵まれていることのように感じられた。

 偉大な芸術家の人生を撮ろうとするだけあって、映像はとても美しかった。

 ゴッホは一人で自分の見える世界観を実現しようとし続けた。例え誰からも認められなかったとしても。

 よくヨーロッパの貴族の肖像画などは、写真のようなリアリティのある油絵のイメージがあると思う。ゴッホの生きていた時代というのは、そういう絵ばかりが主流で売れていた時代だ。それを踏まえて考えれば、当時のゴッホの芸術的感覚が、いかに異常だと捉えられていたかよく分かると思う。

 長男でありながら農家を継がずに、別の芸術家とシェアハウスをして住むゴッホ。売れない絵を次男が画商として買い取りなんとか彼を支える。

 家族に迷惑をかけながら、絵具が買えないほど貧乏なゴッホ。当時、絵の具は瓶に入れられ売られていたが、ゴッホは商品の絵具を素手で掴んでポケットに入れ、盗んだこともあったという。

 シェアハウスをしていた芸術家の友人と喧嘩をして、自分の肖像画が可笑しく見えるのは自分の耳のせいだと言って耳を切り取った話は有名だろう。

 ただ、私が知っていることと、この映画の内容が違ったのは、ゴッホの最後だった。

 ゴッホは小麦畑で絵を描いた直後に、銃で自殺をしたと言われている。

 しかしこの映画では、ゴッホは若い男二人に描き途中のキャンバスを面白半分に奪われてしまう。ゴッホはそれを取り返そうと追いかけるが、若者が追ってきたゴッホを撃って逃走する。

 映画が終わって結愛がすぐ「最後のシーン、私が知ってるのと違った」と言った。

「そう私も。知らなかった」

「なんか、ゴッホの死因は銃らしいんだけど、目撃者がいないから、どう死んだのか実は分かっていないらしいよ」

「へぇ。私は絵を描き終えてから銃で自殺したって聞いたけど、こういう説もあるんだって知らなかった」

 新宿ピカデリーを出て結愛を駅まで送ったとき、結愛が「綺麗な映像だった。青くて綺麗だった。また一人で見ようかな」と言ってくれて、私は彼女が今日のデートを楽しんでくれたことに安堵し、同時にとても嬉しく思った。

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