好きなもの 3

「じゃあ良かったね。ここの学校見つかって。大学では何を専攻するつもりなの?」

「経済学。本当は数学とか天文学がいいけど、親に将来通用するような学科に行かないなら学費は出さないって言われてるから」

「え、でもいいの? 自分の人生なのに」

「んー、そうだけど、仕方ないよね」

「そっか。まぁ、事情を知らないから私は結愛のこと色々言えないけど」

「うちの親厳しいんだよね。この学校に行きたいって言った時もすごい喧嘩になった。『今まで育ててやった恩を仇で返すのか』みたいなこと言われたり。酷いときは『失敗作』みたいなこと言われたり。暴力とかもしょっちゅう」

 この時初めて彼女の親子関係について知った。

 居酒屋でも母親の話を聞いたことはなかったので晒された彼女の母親像が虐待的だと知って更に驚いた。

「それって虐待なんじゃないの?」

「そう思うよね? 私もそうだと思う」

「お父さんはどうしてるの?」

「何も。うちのお父さんほぼ家にいないから」

「海外出張?」

「私もよく分かんない。何の仕事してるかも知らないけど何か海外にはよく行くらしい。気づいた時にはもうそうだったから何か父親っていうよりも時々家にやってくる人って感じ。あの人は全然子育てに関係してこなかったから」

「そっか」

 自分のしたいことをするべきだと思ったけれど、それを彼女に伝えようとは思わなかった。

 今私が思いついたのだから彼女はとうの昔にそう考えたはずだ。他人の親子関係など本人じゃないから分からない。思いやることはできても本当の意味で理解してあげられるわけじゃない。個人の考え方も感じ方もそれぞれだから、母親に立ち向かって自分の好きなことを追求しなきゃなんて無粋なことは言えない。

「でも自分の好きなことは忘れないでほしいな」

「そうねぇ、今は課題とかで時間がないけれど、時々好きなことをする時間は作らないとね」

「というより自分の好きなものが何だったのか、好きって感覚を忘れないでほしいなって」

「んー、でも現実みないとねぇ」

 彼女のその言い方は悲しんでいるようには聞こえなかった。仕方ない。受け入れるしかない。そう自分に言い聞かせてきて自分を優先することを諦めてしまったように聞こえた。現実的になるということはこういうことなのだろうか? 

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