初めてのラブホテル 12
チェックアウトの時間が迫ってきた。
忘れ物を確認してリュックを背負い、部屋から出ようとしたところでドアノブが硬直した。
「あれ?」
何度も試すがびくともしない。ドアのすぐ隣、壁に設置された清算機が関係しているのかと見てみたけれど、お金を既に払っているので、これが原因だとも思えない。
「結愛、これ開かないんだけど、どうしよう」
焦っていると結愛もドアノブを試した後に精算機を確認し始めた。結愛が、ついているボタンのうち一つを押すと、ドアノブがいとも簡単に回って二人で「なんだ」と笑いながら部屋を出ることができた。
エレベーターの中でまた私が「チェックアウト寸前だから誰か乗ってくるかも」と心配していると結愛が笑って「お疲れさまですって顔してればいいんだよ」と言った。
「お疲れ様でーすって部活みたいに?」
「そうそう」
そう二人で笑いながらエレベーターを降りてホテルを出た。
一気に外の光を瞳に取り込んで目がくらんだ。窓もない薄暗かったホテルの部屋から出てきたから、その眩しさに何度も瞬きをした。
外はこんなに明るかったのかと驚いていると、結愛が急に、私の右腕に彼女の両腕を巻き付けてきた。
「何してるの?」
「ん? うーん。何となく腕組みたくて」と笑う彼女は上機嫌のようで、今まで抱えていた内気な印象を覆した。可愛いなと私はドキドキしたけれど、それを無視するように朝の歌舞伎町を歩いた。
夜の痛いほど煌々と光り、喧嘩しあっていたネオンの勢いはすっかりなりを潜めて、毎日歩いていたはずの道は知らない場所のように見えた。夜の街の歌舞伎町も昼になるとこんなに健全的なのかと、内心侮蔑のような感嘆のような感想が浮かんだ。
「お腹すいた」子供が甘えるような声で突然結愛が言う。
「え? ならさっき食べればよかったじゃん」
そうは言っても時既に遅いので、歩いて店を探すことにした。けれど、まだ朝早いこの時間では、どこも準備中で食事ができそうなところは見つからない。
歌舞伎町から新大久保まで歩いていた間に、徐々に行きかう人の数が増えていった。
丁度ラブホテルから出てくる人を見つけて、その人たちとすれ違った後、結愛と私は顔を見合わせて、彼らはどんな関係なのか、こそこそ話しあった。
私たちはどんな関係なのだろうかと、この時疑問を持ってもよさそうなものだけれど、何故か友達という位置で落ち着いていると、そう確信していた。
あれは事故や何かの間違いではなく、私とアセクシャルの彼女の間ではただの行動だった。些細な淫猥すら私たちの間には含まれていなかった。その淫らさや羞恥というものがわからない彼女に対して気まずさというものが生まれることのほうが難しい気がした。
そもそも、恋愛感情と性欲が皆無で経験したこともすることもできない彼女にとって、私がした行為なんて大した意味は持たないんだと思う。けど、敢えて私がそれを知って彼女の前で行ったことが、微妙であったお互いの関係をしっかりと友達という範囲に引き入れてくれたような気もした。
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