初めてのラブホテル 6

 ラブホテルのことなど何も知らない私たちは、取り敢えずラブホテル街を歩き回った。

 建物の壁に設置された光る看板には、何時間何円と書かれた宿泊プランが並んでいて、どこも二人で宿泊するには一人一万円以上は必要な金額だった。

 できるだけビジネスホテルと同じ程の値段の部屋はないかと見て回ったけれど、どこも想像以上に高い。

 私はその値段でも構わなかったが、結愛の財布には丁度一万円程しか残っていないことを居酒屋の会計時に知っていたので、もっと安い場所は見つからないかと二人で粘った。

「どうしよう。どこがいい?」

 もう三十分は歩き回った後だった。どこに行っても、まず入るのに緊張して結局料金表だけ見てホテルを通り過ぎてしまう。

「んー、最初のとこでいいんじゃない?」

 そう言われ、二人で一番初めに見たラブホテルまで歩いて戻った。

 光る看板と黒く塗りつぶされている窓以外は普通のビルのようだ。一見したときは何処が入口なのか分からなかったけれど、注意して見ると、建物の端にコンビニで見るような透明の自動扉がついている。老朽化した様子で、扉が透明なのにも関わらず、建物内の光が漏れてくる様子もなかったので、入っていいのかと不安に思いながら二人で扉を通った。

 入ってすぐ左の壁には、まるで食品販売機のように、いくつもの部屋の写真とボタンが並んで光っている。写真の下には部屋の値段がそれぞれ書かれている。殆どの部屋は満室のようで、写真もボタンの光も消えている。

「どの部屋にする?」

「どれでもいいよ。一番安いのでいいんじゃない?」

 そう言って結愛が、一つの部屋の写真を指さした。私は財布をリュックから取り出して正面にある支払い窓口に向き合う。

 まるで遊園地のチケット売り場のように透明のアクリル板で完全に隔たれた窓口だった。内側からピンク色の仕切りカーテンが置かれ、お互いアクリル板の向こう側が見えないようになっている。

 人がいるかどうかも分からず戸惑っていると、突然おばあさんの声が何かごにょごにょと言った。「何ですか?」と咄嗟に聞き返すと結愛がすかさず「部屋のボタンを先に押すんじゃない?」と言いながら先ほど指さしていた部屋を選択した。

 そういうことかと納得しながら、素早く会計を済ませたかった私は、部屋に入った後結愛から集金すればいいや、とお金を払った。

 鍵を受け取ってから左奥の通路に進むと、エレベーターがあった。ボタンを押して待っている間「誰かと会ったらどうしよう。恥ずかしい」と言うと結愛が「大丈夫だよ。みんな同じ理由で来てるんだから。あ、頑張ってくださーいって感じで」と笑いながら会釈してみせた。

 「何それ」と可笑しくて笑っているとエレベーターが来た。幸運なことに誰も乗っていなかったので、そのまま二階に進む。

 二人ではしゃぎながらエレベーターを降り、鍵と同じ部屋番号のついた扉を開錠する。

 重い扉を押して入ったラブホテルの部屋は、意外にも狭かった。

 窓のない閉鎖された空間に圧迫感をおぼえる。右手に洗面所があり、風呂場であろう曇りガラスの扉がある。

 目の前には大きなダブルベットが置かれていて、ベットと向かい合わせの位置に大きなテレビが設置されていた。ベッドから寝ている状態で閲覧できるようになっている。ダブルベットの横には小さなテーブルと椅子が二つあった。

 私たちはそのテーブルに荷物を置き、部屋を見回した。

 風呂場の扉を開けると、中は部屋の印象に比べて広く、湯船も足一杯広げられる大きさだった。

「えー、お風呂大きい。絶対長風呂しよ」

 そう一人言をいう私の肩口から結愛も一緒に風呂場を覗く。

 部屋に入った時から薄暗い照明が点いていて、まだ光っていない照明が天井にあるのを見つけた私は、部屋を明るくしようと壁を見渡す。けど、照明スイッチらしきものが見つからない。

 ベッドヘッドに照明を調節するものらしきボタンのついた、四角いスピーカーのようなものを見つけ、ベッドによじ登ってボタンを押してみるけれど、全く反応しない。

「これ電気どうやって点けんの?」

「ん? どれ?」

 風呂場を確認していた結愛がやってきて、私と場所を変わる。すると徐々に照明が明るくなった。「おぉ」と二人で感嘆の声を上げながら、ラブホっぽいと言い合う。

「どうやったの?」

「長押しだったよ」

 すると結愛が「ムードあるね! ムード、ムード」と笑いながら照明をまた薄暗くしていく。それに私が「やだぁ」と笑う。

「あ、見てみて!」嬉しそうに言うので何かと思えば、結愛は照明スイッチの隣に置いてあったのだろうコンドームを手にしていた。

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