初めてのラブホテル 5

「まあ、今はもうそんな気持ちにならないけど、一人っ子だから家継げなくて、なんか親に申し訳ない」

「そんなことで申し訳ないなんて思っちゃいけないよ」

「うん。まぁ、今は大丈夫よ。あと、同時に複数の人と付き合わない人の気持ちが分からないんだよね」

「あぁ、そっか。生物学的には、より多く繁殖させるために複数のパートナーを持つことの方が論理的だもんね」

「うん。社会的に悪いとされてるってことは知識として分かってるんだけど、理由が分からないんだよね。だから、浮気されて怒る人の気持ちとか理解できないんだよね」

「うん」

「私としては、一人の相手としか付き合えないこととか、一生添い遂げなきゃいけないことって非論理的だと思う。何で死ぬまで赤の他人と一緒にいたいと思うのか想像がつかない」

「なるほどね」

「とにかく、燈佳が話を聞いてくれて良かった」

「こちらこそ。私も新しい価値観の人と話ができて良かった」

 私たちはその後も料理を度々頼み、運ばれてくる料理を食べ続け談話を楽しんだ。

 初めて三人で入店した時とは違い、騒々しい周りの客の笑い声やスタッフが「いらっしゃいませ」と叫ぶ声、居酒屋特有の煙草と食用油の入り混じった匂いが刺激的で愉快だった。

 結愛と二人きりで出かけることが、こんなに盛り上がるとは思いもよらず、会話をしている時ふと何時だろうと疑問が沸いた。

「もう大分遅くない? 今何時?」

「んー、二十三時半だね」

「え、マジ? 私終電ないかも」

「私もない」

「え?」

 いつもしっかりしている結愛のことだったので、終電が近くなれば帰ろうと言ってくれるだろうと勝手に思い込んでいた。

 しかも、はっきりないと断言するのは会話をしている時、終電を見逃してもいいかと思ったからなのだろうか?

 それとも終電の時間を記憶しているから、今時間を見た時にもうないと知ったからなのだろうか?

 どちらなのか分からず戸惑った。もし前者なら、結愛は私ともっと話したいと思うくらい、楽しんでくれたという意味だろうか?

「じゃあどっか泊る?」

「いいよ」

 保護者なしで外泊するのは。この時が初めてだった。外泊しようという提案が自分の頭に浮かんだこと自体、我ながら意外だった。

 二人で安いビジネスホテルが近くにないか検索し、ホテルに宿泊できる分のお金が財布の中にあることを確認しあった後、会計を済ませて外に出た。

 ホテルに向かって歩き出したとき「ねぇ、ラブホテル泊まってみない?」と結愛が言った。

 正直、結愛のその提案には驚きより期待と好奇心が勝った。

 ラブホテル街として有名な歌舞伎町が通学路に近く、登下校する度、眩しいネオンで構築された性風俗店とラブホテルの建物に興味を持たないはずがなかった。

 別に性的なサービスを受けてみたいだとか、そういうサービスを提供する店で働いてみたいと思ったことは全くない。

 たまたまツイッターで見かけた、テーマパークのホテル部屋みたいに可愛いらしい部屋の写真を見かけたとき、それがラブホテルの部屋だと知り、その時からずっと興味があったのだ。

 時々、ラブホテルで女子会を楽しんできた、という投稿も見かける。女の子たちが可愛らしいピンクの部屋で、美味しそうな料理を頼み、食べながら恋愛話をする様子を、動画投稿サイトで視聴したこともある。

「え、いいよ! 実は一回は行ってみたいなと思ってた」

「わかる。私も一回はどんなか見てみたいって思ってたけど行けなくて」

「え、どこにする? 見て回る?」

「そうしよう」

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