初めてのラブホテル 2

 とはいえ、映画館を出た時に「もう帰っちゃうの?」と結愛に言われた時は驚いた。

 いつも金曜の夜に居酒屋へ行くみたいに、映画の後、居酒屋に行きたいなという気持ちはあったけれど、結愛が私と二人で居酒屋に行ってくれるほど仲がいいと思ってくれているという確信がなかった。

 そんな胸中でいた時に不意を突かれたので、私はすぐ「居酒屋行く?」と返答した。

 こうして初めて二人きりで居酒屋に行った。

 どこに行こうか? と話していた時、いつも行くチェーンの居酒屋が映画館の近くにもあるのではないかと思い、辺りを見回す。すると、予想した通りビル群のうちの一つに見慣れた看板が突き出ていた。

 あそこにしようと二人で納得してビルに入り、エレベーターを使って四階に行く。扉が開くとすぐ目の前に店の入り口があった。

 初めて行く場所だったけれど、内装は殆ど一緒だったので居心地が良かった。

 席に着いてすぐ、タッチパネルを使って飲み物と食べ物を注文する。その最中に結愛が「お酒飲む?」と聞いてきたので「いや、いい」と断った。

 一通り注文し終わった後「映画に関して感想言い合ったりするの嫌がる人多いから、こういうこと言えて嬉しい」と素直な気持ちを結愛に伝えた。

「私、小説の感想とか議論とかもする人だから」

「え、小説読むの?」

「読むよー」

「読書好き初めて会ったかも」

「そうなの? 最近読書好きいないっていうのは分かるけど」

「私が出会った読書好きの人って、大抵ライトノベルかビジネス書だったから」

「へぇ。私古典、小説、ライトノベル、ビジネス書、何でも読むよ」

「そうなの? すごいね。私全てのジャンル読むかって聞かれたら分かんないな」

 他の店舗より騒々しさがなく、注文したばかりの飲み物がもう届いた。ビル群の中にある一店だから、あまり目立たず、お客が少ないのかもしれない。結愛はお酒を、私は烏龍茶を手に持って、取り合えず乾杯する。

「飲んでみる?」と結愛は彼女のグラスを私に突き出す。

「なに? それ」

「カルーアミルク」

「ふぅん」

「牛乳みたいな。本当にアルコールの味しないよ」

「んー、わかった」

 私は彼女からグラスを受け取り少しだけ口をつけた。

「あ、本当だ。ジュースみたい」

「でしょ」

「うん。ありがとう」

 グラスを返すと結愛も少し飲んだ。

「ところでさ、結愛は読書が好きって言ってたけど、私小説書いてるんだよね。読んでくれる?」

「いいよ。なにか投稿サイトとかに書いてるの?」

「いや、非公開にしてるから。今私のスマホから読めるよ。読んでみる?」

「いいよ」

 私はスマホを取り出し、書きかけの小説を開いた。スマホを受け取った結愛はそれを無言で読み始める。

 自分の小説を誰かに読まれるのはこれが初めてで、文章を読まれることで起こる緊張を初めて体験した。

 鼓動が早くなり、その力強い血流が首の動脈を一定のリズムで押し上げているのを感じる。

 高校生の頃からずっと完成させたいと思っていた小説の構想があり、それは今、八万文字の未完成な小説になっていた。まだ誰にも読ませたことがない。長編小説を読んでくれる人を見つけられなかったから。だから、結愛が小説を読んでくれたこと自体、私には大きな意味があった。

 結愛が数分で第一章を読み終えると彼女は面を上げた。あまりの速さに驚いていると結愛が「すごいね」と言ったので「ありがとう」と返した。

「燈佳の言葉の選び方って綺麗だし、なんか鉱石みたいな美しさを感じる」

「本当?」

「うん」

「ありがとう」

「これ次の章どうやって読むの?」

 もうスマホを返されると思っていたので驚いた。

「全部読まなくてもいいんだよ? 本当に長いから。何章まであるのか私覚えてないし」

「気にしないよ。時間はたっぷりあるし。あ、読んで欲しくないなら大丈夫だけど」

「いや、読んでほしいけど、面倒じゃない?」

「ううん、別に」

「そう?」

 私は自分のスマホを彼女の手から取り、次の章に移る方法を見せた。すると彼女は「なるほど」と呟いて再び私の小説を読み始めた。

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