初めまして 1

 私が通う言語学校では少人数授業を採用していて一つの教室に二十人弱しかいない。なので、授業中に沢山発言することができた。他にも能動的な授業にする工夫があった。例えば、授業内で隣の席の人と提示された質問に関して話し合う時間が設けられたり、事前にやる教科書問題を見せ合って答え合わせをしたり、これから書く学生論文を要点化したものを見せ合ったりなどだ。

 授業初日に座った席が自然と皆の定位置になっていたので、そういう授業の中でよく話をする人も決まっていた。私が意気投合したのは、偶然にも私の後ろの席に座った美和子だった。美和子は私と同じように授業中発言することが多く、前向きで外向性が高い。そこにとても好感がもてた。着ている洋服はいつも大人びていて清潔感があり、教科書を入れて持ち歩いているハンドバッグは高級そうだ。

 金曜日のある授業終わりのことだった。美和子に「居酒屋にこれから行くんだけど燈佳も来ない?」と誘われた。

「いいよ。今から行くの?」

「うん。いつも結愛と行くんだけど燈佳も一緒においでよ」

「うん。おいでよ」リュックを背負いながら結愛が言う。

 結愛はいつも美和子と一緒にいる子で、真っ黒な太い癖毛と濃い眉毛が目立つが、大きな目と腰を強く抱いたら壊れてしまいそうな細身のおかげで芋っぽさより小鹿を連想させるような可愛さがあった。アニメキャラクターのような高い声をしていて、それが更に可愛らしさを強調していた。

 授業中グループになって話合うときによく一緒になるけれど、常に私と美和子が話していて、結愛はその聞き手にまわっている状態だったので、お互い話したことはない。なので、結愛も私を歓迎してくれていると分かって嬉しかった。

 重たい教科書を鞄に入れ三人で建物を出る。私たちの言語学校は新宿にある。夜の繁華街やラブホテル街の様々な模様のネオンサインが街中の隙間を埋めつくそうとするように並んでいる。そのおかげで足元は明るいが、光が上から振ってくるので行きかう俯き加減の人たちの顔はよく見えない。華やかな道からやって来た人達とこれからそこに向かう人達が道に混在し溢れている。

 美和子と結愛を見失わないようついていくと、着いた先はビルの入り口だった。光る看板の中にチェーンの居酒屋の名前がある。新宿の学校に通っているとはいえ、学校と今住まわせてもらっている東京都内の祖母の家との往復しかしてこなかった私は、ビルに入っている店に入店したことがなかった。

 緊張しながらも美和子と結愛に倣ってビルの地下に続く階段を降りる。階段が終わったところに居酒屋の入り口があり、入店すると煙と油の臭いが籠った空気の塊のようなものの中に踏み込んだのが分かった。

 冬が近いのに店内の湿度は高く、料理の油と煙、人の熱気と煙草の煙が全て入り混じって肺が重いような、膜が張ったような感覚がする。臭いが肌に纏わりつく。入口から見渡せる限り各個室テーブルには人がみっちり詰まっていて、店内はとても騒がしかった。

 初めて保護者なしで居酒屋に入った。

 

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