「狐の窓」で自分の正体を知ったひと

 自分だけが人間で、家族や友達みんな宇宙人だったらどうする? 自分だけが人類の生き残りだと知らされていないだけだったら?


 っていう話は置いといて、

 「狐の窓」って知ってますか?


 話が急すぎる? だってねぇ。どこから話せばいいか、わからなくて。


 キミを呼んだのは他でもない。怪談収集サイトに私の話も追加してほしいんです。

 どの回も読み応えがあって、ファンになりました。はい、握手。……うんうん、匿名のメールに即返信、そのうえ指定された住所までホイホイ来て、玄関先で声をかけた初対面の私に招かれるまま家に上がって、出されたお茶をごくごく飲んで、握手までしてくれる好奇心旺盛な冒険家さん。少し心配になるよ。

 あはは、そんなことより本題ですよね。


 改めて、狐の窓って知ってますか? 中指と薬指を親指につけて、小指と人差し指をピンと立てると、狐の頭みたいな形になるでしょう? これを右の手と左の手のそれぞれでやって、両手を合体させるようにこうやって手の指を組み替えると……、なんて言えばいいんだろ、穴の空いた障子みたいな手の形になるんですよね。え? 例えが下手?

 ……この指と指の隙間から覗いて相手を見ると、本物の人間なのか、人間に化けた妖怪なのか、正体を見破れるんです。そういうおまじない。それが狐の窓。


 私はね、小学校三年生くらいのときにこれを知って、周りのみんなを狐の窓で見てまわったんですよ。妖怪がいるかも! とワクワクして。

 でもまあ、いないんですなこれが。朝から晩まで、親も、学校の先生も、クラスメイトも、誰を見ても人間の姿でしか見えない。だから、狐の窓なんてデタラメなんだってガッカリしました。


 でもね、ふと思い立って、私は狐の窓を覗いたまま鏡を見たんですよ。

 廊下の手洗い場で、濡れた手を拭きもせずに、ひょいって、なんとなく。


 そうしたらね、鏡に映る私が私ではなかった。


 鏡には、狐の窓をする女の子が映っていました。日本人形が着てるような着物姿の、おかっぱの女の子。


 当時の私は日焼けしていて、上履きのかかとを踏んだまま走って、膝に大きな絆創膏を貼るようなわんぱくだったから、それはもうびっくり。

 見間違いかともう一度やってみても、狐の窓越しの私はやっぱり時代錯誤な風体の少女だった。下校の時間になって帰宅して、家の洗面台の鏡の前でやっても、お風呂場の鏡でやっても。翌朝、また洗面所で確認してもそう。次の日も、そのまた次の日も。

 実生活に影響はなかったし、頭がおかしいと思われるのが怖くて誰にも言いませんでした。

 中学に上がっても、高校に上がっても、狐の窓から見る私は変わらず女の子でした。現実の私は成長して、声変わりもしたし、身長もこの通りなんですが、あ、見たほうが早いと思います。どうぞ狐の窓で私を見てください。……ほらね、着物の女の子でしょう? 今年で四十六歳のおじさんなんですけどね。あっはっは。


 狐の窓越しに見えるのが人間に化けた妖怪の真の姿だとしたら、私ってなんだと思いますか?

 ……答えは出てるんですけどね。

 キミも、「日本人形みたいな女の子の妖怪」と言われたら連想するものってあるんじゃないですか?

 「呪いの日本人形」? 違っ、あっ、あっ、それ、それです! 「座敷わらし」。


 私ってきっと、座敷わらしなんですよ。

 諸説あるようですが、居着いた家を栄えさせる良い妖怪らしいんです。実際、この家に私がいた四十年、両親は仕事も大成功、宝くじも当たる、病気も怪我もせず、人生を楽しんでます。まさか夫婦そろって宇宙飛行士に転職し、ウキウキ顔で長期任務に就いて地球を発つとは思いませんでしたけど……。地球でやりたいことはやりきったからって。

 そうなんですよ。このだだっ広い一軒家に住んでるの、今は私だけなんです。両親がいつ帰ってくるのか正直よくわからなくて。あっはっは。さみしく思うこともありますが、テレビ電話でやりとりしてますから。元気そうですし、それで充分ですよ。


 え? 両親が超人じみて幸せそうでも、私が座敷わらしである証拠にはならない? そう言われちゃうとそうなんですけどねぇ。

 社会人になって就職が決まったとき、一人暮らしを始めたんですよ。両親も応援してくれましてね。──知ってました? 座敷わらしが去った家って、不幸になるって話もあるんです。そうしたらですよ、私が引っ越した初日にもう、玄関に飲酒運転の車が突っ込んで大騒ぎ。しかも、警察が来るまでの短い時間でトイレが壊れて噴水になるわ、母はぎっくり腰になるわ、父はお気に入りの腕時計をカラスに奪われるわで……。

 ところがどっこい、知らせを聞いて私が慌てて帰宅したら、ぜんぶ解決しちゃったんです。私が玄関の敷居を跨いだとたん、母のぎっくり腰は「気のせいだったみたい」で終わり、父の腕時計は机の下から現れ、トイレの噴水は一旦止み、事故した車の家族がちょうど来て丁寧に謝罪をしてくれたうえ、金額の書かれていない小切手を出して家の建て替えに使ってくださいって言い出すんですよ。とんでもないお金持ちだったみたいで。両親は恐縮しきってましたけど、そのときのお金と宝くじで得た貯金とでご覧の通りこの家は立派なリノベハウスになりました。

 私がこの家に「住んでいる」と意識してる間はいいんです。散歩や出勤で出かけるのも問題ありません。「引っ越した」と思うと良くないことがおきる。

 まだ説得力、弱いですかね?


 まあまあまあ、「私がどの妖怪であるか」はわりとどうでもいいんです。「私が人間ではないこと」が面白いと思いませんか?

 詳細は省きますが、そんなだから若い頃に命を断とうとしたことがありましてね。だって、大好きな両親と血が繋がっていないわけですし、私だけが人外なわけですから、先のことを思うと好きな人に告白したり子供をこさえることもできないんですよ。

 妖怪である実感もないけど、人間の実感も失ってしまった。何のために人間として生きる意味があるんですか? だから首を吊ったんですけど、ぜんぜん死ねなくって笑っちゃいました。絶対に失敗しちゃうんですよ。

 いやあ、思い出すとしみじみします。首を吊ろうと思うとどんな縄でも勝手に切れるし、手首を切るカッターはバカになるし、車道に飛び込んだら反対側から飛び込んできた人とぶつかって弾かれたせいでお互い助かってしまうし、飛び降りると都合の良いところにクッションがあるし、車で練炭を炊くと野球ボールが飛んできて窓を破るんです。ヤケクソになってガソリンをがぶ飲みしたんですがめちゃくちゃ下痢になっただけで死にはしませんでした。なぜかガソリンが変質して限りなく無害になってたんですね。他にもいろいろ試しましたがダメです。せめて老衰で死ねたらいいんですけど、狐の窓で見る私は老けないからなぁ……。

 座敷わらしが死ぬ方法、どこかで知ったら教えてくださいね。両親と同じ墓に入りたいんですよ。私には座敷わらしとしての自覚がないので、人として生きる以外の道がわからないんですよね。両親が他界して、この家もいつか朽ちたら、そのときまだ死んでなかったら、どう生きていけばいいのか……。


 そもそもなぜ、座敷わらしが人間のおじさんとして生きてるのかって? こっちが聞きたいですよ。ははは。

 ……これは推測なんですが。

 四十年前、若かりし両親は残念ながら子供ができない体質だったようで、そう診断されてひどく落ち込んでいたらしいです。でもある日、奇跡的に子供を授かったそうです。そうして無事に産まれた子供をたいへん可愛いがったとか。それが私なんですけど。

 変なのは、このへんの話がいつもすごく曖昧なんですよね。アルバムにあるのも私が二歳くらいからの写真なんです。両親の頭の中には赤ちゃんの思い出があるようなのですが、それらも結構あやふやで、聞くとまるでうろ覚えのドラマのストーリーみたいに話す。

 この家は父方の実家なのですが、おそらく私は元々この家にいたんじゃないでしょうか。ずっと昔から、二歳くらいの子供の姿で。でも妖怪だから隠れて、ひっそりと。……で、子供ができない夫婦を見た座敷わらしは、自分が二人の子供になることを選んだんじゃないでしょうか。理由はわかりませんがね。

 どうやったのかも謎ですが、「私はあなたたちの子供ですよ」と記憶を書き換えるとかなにか不思議な力を使ったのかも。

 私が男なのは、両親が男児を望んだからでしょう。こうして大人になったのも、子供にすくすく成長してほしいという親の願いの結果かもしれませんね。

 座敷わらしの自覚がないのは、何者か忘れちゃうくらいに、この家の子供としてかわいがられたからかなぁって……思います。幼児のころを覚えていないのは誰しもがそうなんじゃないでしょうか。思い出せるのは、物心ついてからの両親との記憶ばかりですよ。


 ……マザ&ファザコン? それ、まっすぐに突き刺さるんでやめてもらっていいですか? 誰が子供部屋おじさんじゃ。働いとるわ。……そこまでは言ってないって? 失礼。

 仕方ないじゃないですか。自分だけ人間じゃないかもしれないのに、他人と深く関わっていいのかずっと悩んで生きてたんですから。交友関係の狭さはコンプレックスなんです。

 ええ、両親は本気で私を子供だと思って愛してくれていますよ。いまさら真実を伝える必要はないでしょう。できれば私も伝えたくないです。


 ……さて、ご清聴ありがとうございました。ネタになりそうですか? ははは、なによりです。


 この家から出たいとは思わないのかって? そういう不満はないんですよね。それに、家から離れると良くないことが起きるかもしれないんですから。とくに両親が宇宙にいるうちは気が抜けませんよ。

 確かに、この広い家で一人は掃除も大変ですし、さっきも話した通り、さみしいときもありますが……。


 ……え? 笑わずに聞いて欲しい? 何をですか?

 嫌なら断ってもいいから? だから、何をでしょうか?


 ……ここに引っ越してきたい?


 シェアメイト的なアレでもご利益はあるのか? 下心じゃなくて実証したいだけ? ふぅ〜ん? ふっ。そうですね、気になりますね。


 掃除洗濯するからなにとぞって?

 犬を拾うと思って?

 未公開の怪談話もするから?

 暇つぶしの天才?

 得意料理は肉じゃが?


 あっはっは!

 荷物運ぶの、手伝いますよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る