今日も誰かが生きている

夢に追いつかれた女

　ブログの夢日記、ぜんぶ読んだんですか？　学生のころからやってるので大量だったでしょう。私自身、昔のは覚えてないくらいですよ。

　ええ、今朝も同じ悪夢を見ました。月に数回とはいえ、半年も続くとね……。

　やつれてますか？　見た目よりは元気ですから、ご心配ありがとうございます。

　夢の話を聞きたいとメールを頂いたときは驚きましたけど、こうやって誰かに話せると気がまぎれるので助かります。

　あなたもネットで活動されてるんですよね？　ネタのこやしにしてやってください。

　──夢の中の私は、いつも暗いトンネルの中にいます。

　自分の手元も見えないくらい真っ暗で、自分がどのあたりにいるのかもわかりません。

　それでも、私は三つのことを理解してそこに立っています。

　一つ目は、そこが一本道の巨大なトンネルの中であるということ。

　二つ目は、分厚いコンクリートの壁の向こう側が、光の届かない海底だということ。

　三つ目は、壁の向こうで何かが横たわって浮かんでいて、私を見つめているということ。

　夢の中って常識がないですよね。真っ暗な夢なのに、なぜか見えるんですよ。トンネルの壁に視線を向けると、それと目が合ってしまうんです。透視能力があるってこんな感じなんでしょうか。

　トンネルの外側も真っ暗です。黒い海が広がっていて、魚もなんにもいません。

　その中を不気味な何かがたゆたってるんです。横になってる……黒い……影……私はふやけた水死体か何かだと思っていて……。だから余計に怖くて。

　目が合ったらダメだと顔をそらしながら、私は歩き出します。真っ暗な闇の中で自分の足音だけが反響していました。すぐに歩く速度を早めます。壁の向こうの視線が追いかけて来るからです。水流に乗ってついてくる。ずうっと、こっちを見てるんです。私の歩く速度、走る速度に合わせて、どこまでもぴったりと……。

　最後は決まって、走ります。そして恐怖で泣き出すと、目を覚まします。

　あれは不気味なモノから逃げる夢です。

　いつも、いつも、いつも……。

　あ、どうぞ。お茶とお菓子、召し上がってくださいね。

　……そうそう、この前、水族館に行ったんですよ。

　最近の水族館ってとってもオシャレなんですね。ドーム型のガラス張りの通路があって、まるで海中にいるような体験ができるんです。

　左右だけじゃなくて上下にまで、のびのびと魚が泳いでいてとっても綺麗でした。水が太陽の光を透かしてキラキラゆらいでいて……。

　楽しんでいたのに、私はそこで悲鳴をあげちゃいました。

　水族館のスタッフさんが、潜ってガラスを拭いていたんですよ。黒い潜水スーツを着てね。私の後ろから横にすーっと泳いできたとき、驚いちゃったんです。魚しかいないと思っていたところに人影が現れたから、夢を思い出してしまって。

　実生活にまで影響が出る悪夢なんて、良い気しないですよ。同行していた女友達にも迷惑をかけてしまいました。

　眠るのが怖い……。

　どうにかならないんでしょうか？

　しかも最近、追いかけてくる水死体が崩れてきてる気がするんです。

　変化のある悪夢に、なんのメッセージがあるんでしょうか？

　いつかは完全に崩れきって、海に溶けて消えるとかして、「終わり」があると思いますか？

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　──もしもし、夜中にすみません。お久しぶりです。あの……あっ、そうです、夢日記ブログのXXです。覚えていてくれて良かった。

　いま、久しぶりにあの夢をまた見てしまいました。そうです、真っ暗な海底トンネルの夢……。

　なにかあったのかって？　そう……というか、なにもなかったんです。

　ここのところあの夢を見ていなかったのに、今夜は急にまたトンネルの中にいて。

　でも、水死体はいなかったんです。どこにも……。

　相変わらず真っ暗なのに、トンネルは怖い場所ではなくなっていました。

　私はどこにも逃げる必要がなかったし、静かな海の気配があるだけ……。

　目を覚ました後も、悪夢を見た後の動悸はなくて、穏やかでした。

　それがかえって不気味に思えてきて。あなたにしか話せないと思って……。

　……ええ、今は特になにも……無事です。……そう、ですね。様子見、します。ありがとうございます、そう言ってもらえるとホッとします。また夢を見たら電話させてください。すみません、急に……。

　え？　ああ、最近もブログ読んでくれてたんですね。予定日がもうすぐで……あ、いえそんな、お気遣いなく。ありがとうございます。そちらもお元気で。

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♯すてきな出会いに感謝する日

〖 202X XX X8 〗

今日は□□のバースデー！

ずっとメンタルがぐちゃってて

元カレともうまくいってなくて

しかも妊娠に気付いて限界だっ

たとき、いっぱい□□に支えて

もらったから今がある。

本当にありがとう。

あなたがいるから、この子も私

も元気で幸せ！

これからもよろしくね！

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　あの日の電話以降、彼女から連絡はなかった。もうあの夢を見てないということだろう。

　夢日記を兼ねた日常ブログは今も更新が続いている。他愛のない夢を見て、出産を機に交際相手とパートナーシップ宣誓をしたり、引っ越したり。添えられる写真のどれもが幸せそうで、あえて何もコメントを書き込まなかった。僕の名前を見ることで、終わった悩みを思い出させたくないと思ったからだ。

　……僕には悪いクセがある。点と点を強引に結びつけてしまうクセだ。

　僕は、彼女の夢日記カテゴリの記事を全部読んでいる。彼女自身が忘れているであろう古いものまで。海底トンネルの悪夢と関わりがあるものが、どこかにあるんじゃないかと考えていたからだ。でも、当時はピンとくるものがなかった。

　今は違う。

　けれど、現状の彼女が幸せなら引っ掻きまわす必要がどこにあるだろう。だから、このことは胸に秘めていようと思う。

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♯おへそがかゆい変な夢

〖 201X 0X X2 〗

花火を見ていたら、蚊が飛んで

きて、うっとおしいから手でふ

りはらった。

そしたら騙し絵みたいに大きく

なった蚊が私のおへそから血を

吸った。

虫が苦手なのに、目覚めた後の

感じはなんだか……。

浴衣のはだけかたとか、

血を吸われる感覚とか、

えっちな夢みたいで恥ずかし

かったな。

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♯デートする夢？

〖 201X 1X X7 〗

彼氏とデートする夢を見た。

カフェでケーキとコーヒーを

頼んだの。

店員のキレイなお姉さんが持っ

てきてくれて、彼氏がデレデレ

してるからヘソを曲げたら、

伸びたおヘソに店員さんがスト

ローを刺してコーヒーを流しこ

んできた。

おヘソからコーヒーの味がして

私はおいしーって飲んでた。

ぜんぜん関連がないのに、なん

だか蚊になったみたいな夢だな

と思った。

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♯新世界を観光した

〖 201X 1X X1 〗

お風呂の中に沈んだ先が地球の

裏側の世界だった。

私は濡れた髪を乾かしたくて、

近くのお家のドアをノックして

ドライヤーを借りれないか聞い

てた。住人の妖精のお姉さんは

優しくて、服も貸してくれたし

ご飯も食べさせてくれた。

一晩泊めてくれて、街の案内を

してくれて楽しかった。すっか

りお姉さんのことが好きになっ

て、また遊びに来たいと話した

ら、私がそっちに行くからいい

よ、と言われた。

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♯無題

〖 202X 0X 1X 〗

◇◇のお葬式が終わった。

なにかの病気だって。

私も病院で検査を受けるよう

言われた。念のためにって。

私は大丈夫そうだった。

別れてもうすぐ半年だもん、

うつってたらとっくになって

るよね。それより、お医者さ

んに妊娠してるって言われた。

□□さんは焦っちゃダメって

励ましてくれるけれど、不安

だよ……。でも確かに、なる

ようにしか、ならないよね。

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　最近の彼女の日記に添えられる写真は、子供の顔の半分にだけスタンプが押してある。大人の顔は隠れていない。

　子供の右手の小指、その根元には小さなホクロがある。彼女は自分とおそろいだと日記にしていて微笑ましかった。とはいえ、ホクロは遺伝しないので偶然である。

　僕はどうしても、子供と彼女のパートナーの顔を見比べてしまっていた。……気のせいだと思うけれど。

　僕は彼女のブログをブックマークから外した。もう見るのは止めよう。

　最新記事の、誕生日を祝われる彼女のパートナーの写真。大切そうに彼女を後ろから抱きしめる女の微笑みが、僕にはどうしても怖い。

　スマホをポケットにしまい、喫茶店を出た。

　軒先のプランターが枯れている。梅雨のせいで雨水が溜まり、ボウフラが黒いもぞもぞとした塊となって浮いていた。

　──夢の話は、あくまで彼女の主観だ。彼女が見た「ふやけた水死体」も海と黒い塊から連想した表現したに過ぎない。