記憶に残らない子
お金の心配はしなくていいからって? ドリンクバー代くらい自分で払えるよ。同情かなにか? やめてよね。あ、ハンバーグセットとティラミスパフェもくださーい。
でも、声をかけてくれてありがとう。警察に連行されるのは確かに面倒だから。
それにしても、道で支離滅裂なこと叫んでるような危ない人によく声かけたよね。みんな関わらんとこって目をそらして通り過ぎてたじゃん。キミ、僕より変な人?
叫んでる内容が気になった、って? ……ふーん。変な話を収集するのが趣味なんだ? じゃ、僕に出会えてよかったね。面白い話をしたげるよ。
誰の記憶にも残らない人間のハナシ。
僕の他にも二人いたけど、さっき自殺しちゃった。
あはー、そうなんだよね。だから僕も取り乱しちゃって、「どうせ誰も覚えててくれないんだから、ぜんぶメチャクチャにしてやる」って通りで騒いでたわけ。
……キミ、声かけるタイミング良かったと思うよ。僕がカバンから包丁を出す前だったから。ふふ、このカバンにはね、包丁が三本入ってる。あはは。
うん。僕のこと、みんな次の日になると忘れちゃうんだ。ほんとだよ。先月まではそんなことなかったんだけどね。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔だねぇ。突飛すぎる? でも信じてくれるんだ? 脳みそ柔軟だ。
【鏡のおまじない】って知ってる? 仲間の一人がネットで見つけて、度胸試ししようぜって誘われたんだ。毎日続けるタイプの儀式だから、怖くなって止めたら負け……ってね。
就寝前に鏡を見ながら「おまえは誰? 誰でもない。ただ○○を願う人」と唱えるんだ。それを続けると、願いが叶うかわりに狂ってしまうっていういわくつきのおまじない。
そしたら、見事にまあ、こんなことになっちゃった。
五日目くらいから、周りの態度がよそよそしくなってきて、おかしいなとは思ったんだ。一週間目、みんな僕のことを完全に忘れてた。
おまじないをやってる僕たちだけは、お互いを覚えてたよ。
その日からおまじないを中止した。それでも、毎日零時になるとみんなの記憶から僕たちが消えるようになったんだ。
改めて自己紹介しても、翌日にはまた忘れられちゃう。LINEの履歴とかは残るけど、記憶には残らないから、みんな「誰?」ってなってブロックしてくる。実家の家族も僕を覚えてなかった。玄関の家族写真に僕がいることを伝えたら怖がってた。悲しいよねぇ。
それから一ヶ月経ってね、今に至るって感じ。
……願い事は叶ったのかって?
うん。ほらこれ。このスマホがそう。
僕たち、やってないのにやったって言うズル防止のために、おまじないをするときはLINEのボイスメッセージに残すようにしてたのね。だからあんまり恥ずかしい願い事は言えなくて、僕は「ただ最新のスマホを願う人」って言ってた。
七日目の朝──つまり僕がみんなから完全に忘れられた初日、充電してたスマホが最新の機種に変わってたよ。
バカだよねえ、もっといい願い事をすれば良かった。でもさあ、代償がデカすぎるよね。狂っちゃう、ってこういうことだったんだね。
どうしたらいいと思う?
家賃の引き落としが続くうちは住処は大丈夫だけど、僕たちもう学業も仕事も続けられなくなってさ。
生きていくことはできるよ。犯罪を犯しても次の日まで逃げ切ればいいだけだもん。でも、すんごい孤独なんだ。僕たちだけが世界から仲間外れにされてるみたいでさ。なんにも楽しくなくなっちゃった。
唯一の友だちもいなくなって、ひとりぼっちだ。……やっぱり、通りに戻って包丁振り回して死んだほうがいいかもね。あははっ、そんな顔しないで。もうやらないよ。今日はね。
あ、もうお店を出るの? ……そっか、わかった。
ねえ。やっぱり奢ってもらっていい? 財布とるためにカバン開けると包丁見えちゃうカモ。
──えへ、ごちそうさま。それじゃあ、さよなら。ちょっとだけでも人と話せて良かっ……え? な、なに?
家に来なよって? 今日だけでも友達に? ふーん……。……好きにしなよ。
おじゃまします。
キレイな家だね。一人暮らしなんだ? へー。
……さあ、どうする? 僕のコトどういうふうにしても、明日には誰も覚えてないもんね。そういうのもあるか、って腹はくくったよ。でもできたら日付が変わる前に、外でいいからちゃんと殺してほしいな……。
は? なんで僕が怖いみたいな顔してるの? その発想はなかった? はああ? じゃあなんで僕を家に上げたの?
パソコンを取りに来た? どゆこと?
うわっ、高そうなパソコン……。
ハードディスク持ち上げてどうすんの? 僕はディスプレイを持つの? どこに持ってくのこれ。車?
……マウスとキーボードと……なんのコード類なんだ。僕こういうの疎いんだよね。
車に積んでどうするの?
僕の家に運ぶ!? なんで!? 確かに僕はパソコン持ってないよ。でもなんでなの? 意味わかんない。
住所……別に教えても構わないけど……。
どーぞ上がって。キミの家と比べたら狭くて汚くて恥ずかしいな。
ネット環境は一応あるよ。……うおっ、パソコンの設置早っ。操作も早っ!? タイピングえぐっ!?
なにしてるのか説明してよ! モデリング済みのLive2Dキャラクターを購入してる? 配信ソフトの導入? スマホ貸してって? なにそれ? フェイストラッキングアプリ? 何語?
今から使い方を教える!?
何考えてんの!? ついていけてないからっ、もっと僕にわかるように説明してっ!?
Vtuberは知ってるかって? YouTubeのキャラクター版みたいなやつだよね? なんか流行ってるな〜くらいしか……。
……え? いま、マジで言った?
僕にVtuberになれ、って?
なんで?
……Vtuberになること、「受肉」って言うんだ? だからなに?
新しい名前を得て、ひとつの存在としてサイバー上に生まれたVtuberは……僕であって……僕じゃない……?
僕に関する記憶は残らなくても、このキャラは……人々の記憶に残るかもしれないから、試してみてほしい……?
呪いの解除方法がわかるまで、そうやって人と繋がって……正気を繋ぎとめて……生きていく……。……そっか、それ、アリかもね。そっか……。
……ま、このキャラクターが翌日も覚えててもらえるかはやってみなきゃわかんないけどさ。なんかいま、悪い気分じゃないよ。
どうせやることもないし、やってみる。
TwitterとYouTubeにアカウント作ればいいんだよね? ついっち……ってやつも? 覚えること多いなあ。ここまでやったんだから、ぜんぶ今日中に教えてよね。
てか、このパソコンくれるの? キミほんとに変わってるね。変な人。
名前? この子の名前かあ。
……■■とかどうかな。僕の本名をもじって、■■。人気出そう? えへへ。
……ね、キミは名前なんていうの? え、そんな名前ある? あ、ハンドルネームね。はいはい。本名よりハンドルネームが先に出るのオタクじゃん。
その名前で検索したらTwitterすぐ出てきた。ほんとに変な話オタクじゃん。わっ、もうフォローされてる。さっきのパソコン作業見てても思ったけど、操作も何もかも早くてキショ……ごめんごめん。相互フォローしていい? あ、YouTubeもチャンネル登録してくれたんだ。じゃあ明日の初配信、絶対見てよね。通知いくんだよね? おっけー。
Vtuber作戦が成功しても、しなくても、いろいろやってみるよ。
僕、諦めない。
ありがとう。
僕との今日のこと、明日になったらキミは忘れちゃうだろうけど、明日■■と出会ったら、友だちでいてね。
■ ■ ■
『みんなー! こん■■〜! 今日もホラゲー配信の続きやってくね。昨日はマジ焦ったぁ〜。このゲーム、怖いよりムズすぎ! ■■がヘタなだけ? のびしろがあるって言ってよ!』
『こん■■! 聞いて聞いて! 切り抜きがバズってチャンネル登録者数がもうすぐ千人になりそうなの! いつものみんなも、新しく見にきてくれた人も、楽しんでくれたら嬉しいな。というわけで登録者数千人耐久配信……ってもう突破したぁ!? 歌の練習もしたのに……耐久配信、終わりです!!』
『──さん、スパチャありがとう! 「ついに登録者数十万人突破だね、おめでとう。いつチャンネル登録したのかも覚えてないくらいだけど、■■の古参で良かった。いつも配信楽しみにしてる」……ふふっ。ここまで来れたのも、みんなの応援のおかげだよ! みんな大好き! わっ、まあ赤スパ! 「僕の誕生秘話を聞きたい」? おっと〜、どうしようかな? そうだ、十万人突破記念配信はね、【怪談百物語、語るまで終われません】にしよーと思うんだ。みんなが知ってる怪談、あとでTwitterで募集するね! なんで急に怖い話なの、って? ■■の誕生秘話、聞きたいでしょ? ……えへへ!』
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