冷蔵庫の幽霊が出る
怖い話の相談、乗ってくれるんですよね?
メールでお話しした通りです。もう二週間ですよ。昨夜も現れました。冷蔵庫の幽霊。
え? ですから、冷蔵庫の幽霊です。
メールに書きませんでしたっけ。「夜な夜な現れる霊に困っている」としか書いてなかった? それはすみません。わざとじゃないんですよ。
家電製品の幽霊なんて変? ヤツに直接言ってください。
その目、信じてませんね。わざわざこんなふざけた嘘つきませんって。
毎晩、ヤツはベッドの前に現れて、眠る僕を半透明の体でじっと見てるんです。目、無いですけど、視線を感じるんです。それで眠りから覚めて、アッ、金縛りだッ、てなるわけです。
語りかけてくるんですよ。「とっくに死んでるんだから、早く捨てろ」って。
はい。ウチの冷蔵庫、最近壊れちゃったんです。冷蔵庫も霊になるものなんですね。
家を建てたときにパートナーと相談して買ったやつです。僕もあの人もたくさん食べるので、超立派な大型冷蔵庫にしようって奮発したんですよね。そういう思い出もあるので、壊れたのは普通に悲しいです。
……家電ゴミの処理に困ってるなら役所に相談してくれって? いや、思い出の品ですから、捨てる気ないんですよ。だからヤツも化けて出てくる。
冷蔵庫は捨てられたい、僕は捨てたくない。
夜な夜な文句を言いに来るヤツの霊に消えてもらいたい。
そういう相談なんです。これは。
はあ、塩を撒く。ネットで検索して出てくることは大体試しました。あなた、こういうの詳しいんでしょう? もう少し何かないんですか?
……ヤツが捨てられたい理由が知りたい? 家電の気持ちなんて僕にわかるわけないですよ。リサイクルされたいんじゃないですか?
あの冷蔵庫、これがまた口悪くて。口ないのに。「未練がましい」「キショイから捨てろ」「女々しいぞ、次を見つけろ」だとか言ってくるんですよ。大事にされてるんだから、むしろ感謝したらどうなんだって思いますけどね。
ツンデレかもしれない? ツンデレってなんですか? はあ、ともかく話し合ったほうがいいと。
霊の言葉に耳を傾けるのってアリなんですかね? 成仏させるためならアリ? はあ……じゃあ今夜、ヤツが来たら会話してみましょうか。今までは、返事していいのかもわからなくて無視していたので。
……どうして冷蔵庫は壊れたのかって? さあ? もう何年も使ってましたし、中にいろいろ詰めすぎちゃってましたから、限界が来たんじゃないでしょうか。おかげでもう、ドアも開けられないんです。
見てみたい? じゃあウチに来ますか? このカフェから徒歩すぐですし、構いませんよ。出せる麦茶もないですけど。なにせ冷蔵庫が壊れてるので。
──どうぞ、上がってください。キッチンはあっちです。僕はここで座ってますね。
あ、冷蔵庫、絶対に開けないでくださいね。中のものが腐ってしまっていて、すごい
なんですって? 遠いのでもう少し大きな声で言ってもらえますか? ……そうなんですよ、大きいでしょう。スイカも丸ごと入るので気に入ってます。このサイズ感のもの、お値打ちに買おうと思うと探すのが難しいんですよね。
早かったですね。もういいんですか? まあそうですよね。業者のひとでもないのに壊れた冷蔵庫を見たところでって感じですし。
さ、座ってください。霊を追っ払う方法を考えましょう。
壊れた家電を捨てないのって、そんなにおかしいですかね。思い出がそこにあるなら、とっておきたいじゃないですか。大切なものが詰まってるんです。
たとえ処分しても思い出は消えない? ヤツみたいなことを言いますね。僕はイヤなんですよ。そこにいてくれたほうが、さみしくないじゃないですか。自分だけで懐かしさにひたるより、一緒に思い出を振り返りたいんです。
でも邪魔だろうって? なんでヤツの味方になってきてるんですか。相談してるのは僕なんですけど。
……なんか、そわそわしてません? トイレならあっちですよ。
開けてないですよね? そうですよね、そうしてたら、臭いでわかりますからね。
僕のパートナーですか? 今は仕事で外に出てますよ。玄関に靴があったから家にいると思った? あれはプライベート用の靴です。車も車庫にある? 最近は使ってないんですよ。あの人、病を患ってから強い薬を飲んでるので、医者から運転を止められてるんです。
寝室、ですか? ええ、見ての通り小さな戸建てですから、一緒の部屋で寝起きしてましたよ。
パートナーは冷蔵庫の霊を見てないのかって?
見てないと思います。
彼には霊のことを相談したのか? してはいますよ。なんて言ってたのかって? それって関係ありますか?
さっきから、何の質問ですか? 僕、本当に困ってるんです。ヤツは口が悪いし、よく喋るんですよ、喋りすぎです。僕は冷蔵庫の中がどうなってるかなんて毎晩聞きたくないのに!
……やっぱりトイレに行きたい? どうしたんですか、急に。
ああ。あー。冷蔵庫の下から汁が漏れてた? あー、そうですか。昨夜か……今朝からかな……。
でも、さっきも話したでしょう。冷蔵庫は壊れてるし、中が腐ってしまってるので、仕方がないんです。
冷蔵庫を買い替えたほうがいい? イヤなんですって。せめて中を捨てる? そんな話、やめてください。
なんでキッチンに
それと冷蔵庫の霊を退治することって、関係ありますか?
とりあえず今夜、ヤツと話し合ったほうがいい? なんだか投げやりですね。
お腹痛いんですか。真っ青ですよ。早くトイレ行ってください。そこ曲がってすぐなので。
……そっちは玄関、あ、
……………帰っちゃった?
なんだあの人。何がしたかったんだろう。変な人を呼んじゃったな……。
やっぱり、ちゃんとした霊能力者とかに相談しなきゃいけないのかな。
冷蔵庫のくせに、なんなんだよ。黙って動いてればいいのに。壊れるし、枕元に立つし。意味わかんない。
そうだ、なんか漏れてるんだっけ。掃除、しなきゃ……。
うう、ほんとだ。キッチンに来るとけっこう臭う……。冷蔵庫周りの床、ぬるぬるして……これ、拭いて臭い落ちるかなあ……、はぁ……。
──こうしてもたれかかると、キミに身体を預けてるみたい。さみしいな、また僕に触ってほしいよ。
ねえ、中はどうなっちゃってるの? ヤツがおどかしてくるんだ。怖くて開けられない……ううん、開けさえしなければ、キミは僕の記憶の中にいるキレイな姿のままだ。
バカげた霊になんか負けないよ。ずっと一緒にいようね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます