ささくれ立つ春

七草かなえ

ささくれ立つ春

 夢を、見ていた。美しくも恐ろしい夢を。

 とても綺麗な女の子がいた。美少女と呼んで良いだろう。


 この世の存在とは思えないほどの美貌だった。かすかな風に揺れる常盤ときわ色の髪、アースカラーのワンピースに包まれた華奢な体。

 

 そして彼女の全身から発せられる、おびただしい黄色い粉末――花粉。


 息を深く吸い込んだばかりに、俺は喉がささくれ立ったように痛んだ。


「ごほ、ごほっ」

「まあ大きな咳、インフルエンザかしら」


 少女の天真爛漫な瞳が俺を見る。薄い微笑みは春の陽気によく似合いであった。その声は、うぐいすのよう。


 ――だが、俺はだまされない。


「お前……ひのきだな」

「ええ確かに。私は檜よ、それがどうしたの?」


 なんでもないようにして俺の顔をまじまじと覗き込む彼女に、惑わされてはいけない。


 ――咎人だ。


「お前、どれだけ日本人に迷惑かけているのかわからないのか」

「どういうこと?」


「しらばっくれるなよ。お前が放つその粉! 花粉! そいつのせいで大勢の日本人がせっかくの春をささくれ立った気分で生きているんだ! 海外は知らんけどとりあえず日本人は!」


 言ってやった。相も変わらず喉の痛みは引かないけれど、それでも言ってやった。


「私は子孫を残すために花粉をいているだけ。好き勝手に森林伐採したり爆弾で罪無き人を殺すあなたがたのほうが、ずっと野蛮で下等だと思うけど?」


 冷淡に言われて、顔が引きつった。


「人間さえ存在していなければ、地球はもっと美しかったでしょうね。同じ生き物同士でささくれ立って足を引っ張りあって」


「だから、なんだって言うんだよ! 良い未来になるように努力している人たちだっているんだぞ!」


「そうね。あなたみたいにインターネットで人を中傷することも言い未来につながるのかしら?」


「!」


 俺はとあるアイドルに対する批判をSNSにアップしている。

 理由は偽善者だから。環境問題に熱心に取りくんでいるということが、俺には酷く『ニセモノ』に見えた。


「あれは意見だよ。俺は本当のことを言っているだけだ」


「あなたはその方に本気の恋をしていたけれど、相手にされず現場も出禁にされた。その恨み辛みをぶつけているだけでしょう? だから嫌なのよ」


 嘲笑する檜の少女の言うことは真実だった。


「だから、だからなんだってんだよ!」


 喉が、全身がささくれ立つ。嗚呼、嗚呼、だから嫌なんだ。だから嫌なんだ。だから嫌なんだ。だから嫌なんだ。だから嫌なんだ。


「安心なさい。今すぐ私が楽にしてあげるわ」


 瞬間、視界が花粉に覆われて、きえた。





 ソウシテオレハ、コトキレタ。





 その日世界で、日本列島に住まう人間すべてが謎の死を遂げたことが淡々と報道された。

 海外からの調査チームも皆息絶えてしまい、また謎の死は世界各国へと広がって。




 悲鳴が上がるすきも無く。人類は絶えた。




 その後の世界では、人間以外のすべての動植物たちが平穏な時を永遠に過ごしたという。


 檜の少女を救世主かみさまとして。

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ささくれ立つ春 七草かなえ @nanakusakanae

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