最強の主婦、精霊が集う皇国で暴れ回る!【読み切り版】

橋本洋一

最強の主婦、精霊が集う皇国で暴れ回る!【読み切り版】

 精霊が集う皇国――日ノ本。

 一人につき一体の精霊が宿るこの国では、海外の侵略に備えて自身の精霊を操ることを奨励していた。

 今回の『争奪戦』も同じだった――


「ひいいい!? こんなの無理ですぅ!」


 歴史ある七重塔――それが今回の舞台だった。志願した参加者が賞品の置かれた最上階へと競い合って目指していた。グラグラと揺れる塔――建築基準法など存在しない時代の建物だ――は結界によって強度を保たれているが、倒壊は時間の問題だろう。まだ一層の時点で参加者五十人のうち、三十人が失格となるほどの激しい戦闘が続いていた。


「いやあああ! こんなんなら参加しなければ良かった!」


 先ほどから弱音を吐いている少女――学生服を着ているから中学生だ――は涙を流しながらみっともなく逃げ回っている。さながら戦場に近いこの空間では愚策に思えた。


「ひゃっはー! さっさと死になあ……小娘!」


 とうとう狙いを定められたらしく、植物系の精霊を宿した中年の男が蔓を彼女の足元へと縛り上げた。結果として顔から転んでしまう少女。


「ひい、ひい、ひい……」

「ふひひひ、おじさんは優しいからなあ……一撃で仕留めてやるよ!」


 その宣言通り、中年の男は枯れ枝を少女に撃っていく。その数は五本だがかなりの速度だ。

 少女は目を瞑り、自身の父親にごめんなさいをした――


「なーに、やってるんだい。情けないねえ」


 いつまで経っても痛みがない。

 それどころか攻撃がやってこないことに気づいた少女は目を開けた。

 そこには、二十代半ばの主婦がいた。


 割烹着姿。髪は短くまとめていて、艶やかな黒髪。素足にサンダルを履いていて、ちょっと買い物に出かけるような恰好だった。背丈は少女よりも大きい。そこらの栄養の足らない男性よりもありそうだ。


 そして何より美人だった。少女の目から見てもハッとするくらいの美人。目つきが少々悪いのが気になるが、それでも惚れ惚れするほどだった。


 そんな主婦が右手に二本、左手に三本の枯れ枝を掴んでいた。

 時速にして数十キロ以上ありそうな攻撃を余裕をもって無効化した。


「ああん? てめえ、この勝負がなんなのか分かってんのか?」

「頂上に到着した者が欲しい賞品を手に入れられるんだろう?」

「だったらよ――なに余計なことしてくれちゃってんだ!」


 今度は枯れ枝を倍の十本、それぞれ時間差を設けて発射した男。

 同時よりも対処しにくい――しかしそれは浅はかな考えだった。


「あたしとやり合うのなら――かなり遅いよ」


 横や後ろではなく、前に進みながら避ける主婦。

 まるで予測というより予知しているかのような反応速度だった。


「はあ? ざけんな――」

「あたしも優しいからさ。一撃で終わらせてあげる」


 右手の指を一本ずつ握りしめ――植物の蔦で前面を防御しようとした男を、そのままの勢いで殴りつける――主婦!


「ぐおおおおおおお!?」


 植物の防御ごと後方へ飛ばされた男は、塔の壁にぶつかり動けなくなる。

 そのうえ、殴られた植物は何故か燃えていた。

 ふうっと息を整えた主婦は呆気に取られている少女の元へ足を運ぶ。

 怯えるどころか、反応ができない少女に主婦は手を差し伸べた。


「立てるかい? 一人でも」

「う、ううん。ありがとう、ございます」


 主婦の手を借りて立ち上がった少女。

 そして恐る恐る主婦に訊ねる。


「あ、あなたは、いったい何者なんですか?」

「あたしかい? あたしはね――」


 主婦は胸を張って答えた。


「木之下まさみ。通りすがりのただの主婦さ」



◆◇◆◇



「わ、私は鈴井つねといいます」

「つねちゃんか。いい名前じゃない。大切にしなよ」


 二人は和やかな会話――辺りは戦闘状態だ――をしつつ七重の塔を上がっていた。

 戦闘自体はまさみが行なっていて、つねはひたすら逃げ回っていた。

 それというのは、つねの精霊が弱いからだ。


「すみません。狐の中でも弱い、管狐なんです……」

「へえ。でもきちんと育てれば強くなりそうだけどね」


 つねに宿る管狐は細長いドジョウみたいだった。宿主である彼女の首に巻き付きながら戦闘状態の七重の塔を恐れていた。


「せめて狐火を出せたら良かったんですけど」

「人には人の、精霊には精霊の得手不得手があるからねえ」


 ふいに飛んできた流れ弾をまさみは右手でぱあんと払いのけた。

 会話の最中でも警戒をしているらしい。


「あの、木之下さんの――」

「まさみでいいよ。まだ結婚したてで慣れてないんだ」

「まさみさんの精霊ってなんですか?」


 自分の精霊を明かすのは信頼の証である。

 あっけらかんとしたまさみなら教えてくれるかもしれないと期待した、つねは返事を待った。


「あたしの精霊……うーん、ちょっと言えないねえ」

「あっ。そうなんですね……」

「旦那から言うなって言われているんだ。でもまあ戦っていたら分かると思うよ」


 少し拍子抜けした気分のつね。

 だからか「この争奪戦の賞品、まさみさんも狙っているんですか?」と当たり前のことを聞いてしまう。


「確か『気運のサファイア』だっけ。売れば数千万のやつ」

「はい。実を言うと、祖母の宝物なんですよ」


 まさみは怪訝な表情で「お祖母さんの宝物?」と聞き返す。


「あ。その。祖母が若いときに手放してしまって。ようやく見つけたんですけど、争奪戦の賞品になっちゃって」

「そうだったんだ」

「祖父からのプレゼントだったんです」


 つねは目を伏せて「でもまさみさんみたいな強い人が取っちゃいますね」と少し笑った。


「二位と三位にも賞品が出るみたいですけど、私は……」

「まあ勝負の世界だからね」

「私、まさみさんに勝ってほしい。だって似合いそうですから」

「……あたしゃそんな大きな宝石のついた指輪なんてしないけどね。家事の邪魔だから」

「えっ? じゃあなんで争奪戦に参加を?」

「ああ、それは――ちょっと待ってて」


 そう言いつつ、まさみは腰を落とした。

 またこちらに襲い掛かってくる人がいるみたいだった。


「つねちゃん。少し下がっていなよ」

「は、はい!」



◆◇◆◇



 七重の塔の最上階。

 生き残った者の中で最初に上がったのは、まさみとつねだった。


「あ、あれは……!」


 中央に輝く大きな宝石――気運のサファイア。

 つねはそれに駆け寄ろうとして――


「つねちゃん! 避けろ!」


 七重の塔を揺れ動かすほどの音量で、まさみは叫んだ。

 その大声につねは転んでしまう――頭上すれすれに氷の塊が通っていく。


「ひいいい!? あ、危なかった……」


 もしまさみが警告しなかったら頭をかち割られていただろう。

 ぞっとする中、冷気が七重の塔を包み込む。


「寒いかい? そうだろうねえ。俺も寒いんだ……」


 まさみの後ろから現れたのは陰気な男だった。

 厚手のコートにマフラー、そして手袋をしている。耳にはイヤーカフをつけていて、目にはサングラスを嵌めている。


「不意討ちとはいい度胸じゃないか」

「正々堂々戦うなんて寒いことしねえよ……」


 まさみは「熱い勝負は嫌いかい?」と拳を握りしめる。

 男は「暑苦しいのは嫌いだ」と応じる。


「一応、名乗っておこうか。俺は稗田玲央。見てのとおり氷遣いだ」


 その後ろに顕現するのは、とてつもない霊力を持った女――雪女だ。陰気な顔の稗田よりもさらに暗い顔をしている。


「どうやらあんたからやるしかねえみたいだな」

「ふうん。話し合いはまだできるけどね」

「俺は気運のサファイアが欲しい。あんたらも欲しい。だったら戦うしかねえよな」


 氷の刃が無数に生成されていく。

 その数は植物遣いの比ではなく――数十以上はある。


「まさみさん! 逃げましょう! こんなの無理です!」

「無理でも押し通せば道理になるんだよ。つねちゃん、狐火を使いな」

「な、なんですかそれ!?」


 まさみの言うことが分からないと言ったつね。


「苦手な技を克服するには、苦境を乗り越えるんだ。もし狐火で氷の刃を防げなかったら、負けなんだって思いなよ」

「こんな状況で、勝ち負けなんて――」

「こんな状況だからさ」


 そしてまさみは稗田と向かい合う。


「寒いやりとりは終わったか?」

「待ってくれるのには感謝してあげる。だけど、あんたじゃあたしを倒せないよ」


 拳を合わせて、しっかりと握りしめ、構える主婦のまさみ。

 稗田は無慈悲に――氷の刃で攻撃した。

 ほとんどがまさみに向けられたが、一部はつねに向かっていた――



◆◇◆◇



「ひい、ひい、ひい……なんて無茶を……」

「やるな、小娘」


 ぱちぱちと無感情に拍手する稗田。

 極限とも言えるこの状況の中、つねは狐火を出すことに成功していた。

 しかしまったくの無傷とはいかず、少なくないダメージを受けていた。


「ま、まさみさんは……」

「あの女は確実に再起不能にした。あっけないもんだ――」


 氷の剣を精製しつつ稗田はつねに引導を渡そうとして――


「いやあ。凄まじいね。今まで戦った氷遣いの中でも五番目くらいに強い」


 冷気の舞う最上階に響く声。

 稗田は目尻を上げながら「どこにいやがる……」と声のするほうを見た。


「だけどさ。ただの氷が――太陽に敵うわけないよ」


 そこには太陽の結界に守られたまさみがいた。

 身体全体が優しげな結界に覆われており、どことなく神秘的な雰囲気を持っていた。


「てめえ、まさか……その精霊は、神か!」


 稗田が動揺する中、まさみは「よく分かったねえ」と拍手した。

 つねが「どういうことですか?」と二人に問う。


「この国でも数人しかいないという……神を纏った女か」

「正確に言えば分霊だけどね。本物の神様は下せない」


 五色の光と共に、まさみは己の精霊を顕現させる。

 光り輝くその姿は凄腕の画家でも描けない。

 神の中でも最上位にいるお方――天照大御神だ。


「さてと。相性は最悪だけど、やるかい?」

「……負けだ。これ以上寒い思いはしたくねえよ」


 両手を挙げて降参する稗田。

 そしてまさみは「取りなよつねちゃん」と促した。


「えっ。でも……私が取ってもいいんですか?」

「さっきも言っただろう? そのサファイアは家事のとき邪魔になるって」


 つねは恐る恐るサファイアの元に近づいて――手に取った。

 祖母の嬉しそうな顔が目に浮かんだつね。目から涙が流れていく。


「そんで、あんたは何を得るんだ?」

「決まっているだろ? 二位の賞品さ」


 稗田の言葉にまさみは笑って答えた。

 神秘的な光と共に現れたのは大きな豚だった。

 どちらかというと猪に近い。


「七元豚。食べれば滋養強壮になるね」

「まさみさん。もしかしてそれが狙いだったんですか?」

「当たり前だよ。だから一位になるわけにはいかなかったんだ」


 大きな豚を当然のように担いだまさみは「それじゃ、夕飯が近いから」と七重の塔を下りようとする。

 そこへつねが「その豚、そこまでして手に入れるものなんですか?」と訊く。


「うん。だって――旦那が食べたいって言うんだもの」


 まさみは得意そうな顔で笑った。


「家族のために美味しいものを作る。それが主婦ってもんだろ?」

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