1章 第51話 目標
翌日の放課後、
本来なら今日はバイトの日だが、
暫く掛かるだろうから、俺は俺で大事な用事を済ませに行く事にした。最近考えていた、目指すべき目標の最有力候補。その道について、相談したい人が居る。
鏡花の送迎だとか、2人だけの放課後とか、理由を付けてつい後回しにしていた。いい加減甘えるのは止めて、行動すべきだろう。
きっかけになったのがこの件なのは、何とも情けないが。
先に地元に帰って来た俺は、通学用のカバンだけ家において、自転車に跨った。目指す場所は、昔何度も通った所。
見慣れた懐かしい景色が流れて行く。知らない間に、古民家だった場所が新築に変わっている。
かつてお世話になった駄菓子屋がまだ続いて居た。店主のおばあちゃんはまだ元気だろうか。後で寄ってみても良いかも知れない。
自転車で10分ほどで到着した目的地。年季の入った正門の向こう側には、これまた築年数を感じさせる校舎が聳え立つ。
ここは
来客用の駐輪スペースに自転車を停め、久し振りに足を踏み入れた母校の中を歩く。思い出すのは、サッカーに明け暮れた日々の思い出。
小学生の頃からやっていたメンバーは、今は半数ほどがサッカーから離れている。中学からは部活の幅が広くなる。他の競技に移る者も少なくない。受験の為に塾に通い始める者も居た。
残った半数も結構バラバラだ。この辺りでサッカーの強い高校となると幾つかある。今通っている美羽高校もその1つだが、残念ながら小学生の頃から一緒だった連中は殆ど別の学校に行った。
逆に
あいつ等は今どうしているんだろうかと、進む道が分かれたかつてのチームメイト達を思い出す。皆それぞれ活躍しているのか、俺の様に何らかの理由で辞めているのか。
その内連絡を取ってみるのも悪くはない。久し振りに会いたい奴が何人か居る。俺に好きな女の子が出来たなんて言ったら、驚くだろうか。
懐かしい思い出に浸りながら歩いていると、小学生達がグラウンドでサッカーをしているのが見えた。
かつて真が所属していたサッカー部の練習風景だ。その光景を見ながら声を張り上げている大人が居る。サッカー部の顧問で体育教師の林先生だ。
「しっかり周りを見ろ! そんなパス通るわけが無いだろう!」
相変わらずデカい声だ。まだグラウンドにも着いてないのに先生の声が届いている。世間じゃ色々と言われるこのご時世に、今も変わらず熱血教師をやっているらしい。
「そうだ! それで良い! 今の感覚を忘れるなよ!」
そう、こんな感じだったよな。俺もかつては、この中に混じって走り回っていたんだ。幼いくてまだまだ全然なってない、拙いサッカーをしていた。それでも、そんな毎日が楽しくて、帰ったら明日の練習の事しか考えて無かった。
そんな過去の自分と、今の自分は随分と変わった。体格もそうだし、日々考える内容もそう。あの頃の俺に、お前は高校生になったら女の子とのデートに必死になってるなんて伝えても、絶対に信じないだろう。
小春以外の女の子はちょっと面倒臭いとか考えてた奴が、今やデートのハウツー本なんて読んでるんだから。
そんな益体もない事を考えながら、サッカー少年達の姿を眺めていた。太陽も落ち始めた頃、17時の鐘がグラウンドに響き渡る。練習もこれで終わる様だ、先生に声を掛けに行こう。
「
「ん? お前は……もしかして、葉山か?」
「はい、
「随分とデカくなったじゃないか! 元気にしてたか?」
ちゃんと覚えてくれていた林先生と、思い出話に花を咲かせる。俺達が卒業した後や、在学中の話など色々な話をした。
「せんせー! 片付け終わりました!」
「おう、気を付けて帰れよ!」
「「林先生さようならー!!」」
少年達がぞろぞろとグラウンドを出て行く。かつての自分達もこうして毎日を過ごしていたなと、思い出に浸る。
「それで、何の用なんだ? 会いに来ただけじゃないんだろ?」
「実は、先生に相談があって」
俺は高校に入ってからのサッカー部員としての毎日や、怪我をして辞めるしかなくなった事、目標を失ってしまった事を説明した。
「そうか……お前ほどセンスのある奴がね。世の中ままならねぇな」
「林先生にそう言って貰えただけで光栄ですよ。」
「それで、相談ってのは?」
ここからが、本題だ。わざわざ小学校に来て、かつての恩師に報告に来るだけが目的じゃない。慰めて貰いに来たんじゃないんだ。
「実は、林先生みたいに教師になるのも有りかなって、最近ちょっと考えてて」
「なるほどな。それで俺の所に来たのか」
「はい、怪我の関係で中学や高校は厳しいですから。目指すなら、小学校の先生かなと」
中学生や高校生を相手にサッカーを教えようと思えば、怪我の後遺症が足を引っ張る。
しかし小学生相手ならば、ギリギリ何とかなる。小学校なら、そこまで運動量も激しくない。俺の足でも何とかなるだろう。
「怪我で引退した選手が、教える側に回るのは珍しくないからな。悪くないんじゃないか?」
「ですよね! 有りですよね!」
「まあ、そりゃ有りだが、なんでまた急に?」
「あ〜〜えっと、その」
歳の離れた相手ではあるが、かつての担任で顧問だった先生に、自分の恋愛について話をするのは流石に恥ずかしいところがある。
「実は、好きな子が出来て。それで」
「あの葉山が好きな子と来たか! 随分な変化じゃないか」
林先生はガハハと笑いながら、俺の背中をバシバシと叩く。この感じも久し振りだが、今はちょっと照れ臭い。
林先生は俺がサッカーしか興味が無い子供だったのを知っている。そりゃ意外だろうけど、そんなに笑わなくても。
「笑わないで下さいよ」
「いや、馬鹿にしてるんじゃない。まさに青春じゃないか! 健全で良い」
「それはまあ、そうなんでしょうけど」
健全、な関係を築けているかちょっと自信はないけれど、青春真っ只中である事には違いない。自分で言うのも何だが。
「それで? 好きな子が出来た事と何の関係があるんだ?」
「その子は、どんな大人になりたいかちゃんと考えてて。だったら俺も、どんな大人になるか考えようって、思いまして」
「ほう。大人になってからの事も、お互い考えていると?」
お互いかは分からないけど、大体合ってると思うので頷いておく。鏡花が大人になってからの事を、全く考えて居ないとは思えない。
その、結婚まで考えているかは、分からないけど。考えてくれていたら、嬉しいんだけど。
「そう言う事なら相談に乗ってやろう。着いて来い」
「はい!」
俺は林先生の後を着いて行き、職員室で色々と聞いて貰った。他にもお世話になった先生達が居たので、教師を目指そうか悩んでいると言うと、相談に乗ってくれた。
「そう言えば、林先生はどうして教師に?」
「俺か? 俺もお前と似たようなもんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺もプロにはなれなくてな。それで取るだけ取った教員免許を使って、こうしてサッカー部の顧問やってるってわけだ」
今まで聞いた事は無かったが、そんな在り来りな理由で教師になったとは驚きだ。案外、そう言うものなのかも知れない。
「後悔とか、やっぱりあるんですか?」
「いや、ないな。それこそお前みたいな子供を見付けるのが楽しくてな。悔いなんてとっくの昔にどっかに行っちまったよ」
「俺も、先生みたいになれますかね?」
「馬鹿言うな、お前の方が俺よりよっぽど上手くなったんだ。良い顧問になってくれないと困る」
そうやって笑っている林先生からは、後悔だとか悔しさみたいな物を感じなかった。それこそ、ちょっと前まで俺が抱えていた様な負の感情は全くない。
俺もこんな風に、笑える様になれるだろうか。……いや、なるんだ。これから。
思えば俺がこの小学校で、林先生と出会った時からこうなる未来が決まっていたのかも知れない。
両親の都合で昔から東京で暮らしていたら、この未来は無かったと思う。何より鏡花に出会えない。敢えてここで暮らす選択をした両親に、感謝せねばなるまい。
そして、俺の目指すべき目標は決まった。どんな大人になりたいか、ハッキリとしたビジョンが見えた。
今はもう、中途半端な葉山真は居ない。だったら、やる事は1つだ。
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