1章 第50話

 阿坂あさか先生の運転で、近くの総合病院へやって来た俺達。それほど大きな病院ではないけれど、この辺りで病院と言えばこの病院だろう。


 どうも阿坂先生の知り合いが勤めて居るらしく、少々普通とは違う通され方をした。この状況だ、仕方ないだろう。

 今は診察室の前で、長椅子に座って呼ばれるのを待っている。流石に過保護かもしれないが、鏡花きょうかの腰に手を回して支えている。鏡花の方も、俺の服を軽く掴んでいる。


「鏡花、大丈夫か?」


「まだちょっと変な感じだけど、多分大丈夫」


 保健室で一時的に意識を失っていた鏡花だったが、先程車の中で意識を取り戻していた。

 俺も昔、脳震盪になった経験があるから理解出来る。思った以上に不調が続く。大した外傷でなくとも、普段通り動ける様になるまで時間が掛かる。


「無理に1人で動かなくて良いからな。俺に掴まっていろ」


「何か、ごめんねまこと君」


「鏡花が謝る事じゃないだろ。何も悪くないんだから」 


 そう、悪いのは鏡花じゃない。あの3人と、鏡花に甘えてしまった俺が悪い。関係をはっきりとさせなくても、2人で過ごせる日々に流されてしまっていた。


「謝るのは俺の方だ。原因は俺だし、鏡花の事も守れなかった。ごめんな」


「そんな、真君は助けに来てくれたじゃない」


「でも間に合わなかった。こんなんじゃダメなんだよ」


 鏡花を好きになってから、本当に上手く行かない事ばかりだ。いつも肝心な所で、恰好がつかない。

 せっかく鏡花が好意を寄せてくれたと思ったら、今度はこれだ。波乱万丈な恋愛なんて望んでないのに。


「これからは俺が、絶対守るから」


「う、うん」


 少し顔を赤くして照れている鏡花を、つい可愛いなと思ってしまうが、今はそう言うタイミングじゃない。そんな調子だからいつも失敗するんだ。先ずは鏡花の怪我の具合を心配しなければ。


「お前ら、教師の目の前でいちゃつくとはいい度胸だな?」


「いちゃついてなんて居ないですよ!!」


 とんでもない誤解だ。お陰で鏡花が真っ赤になって俯いてしまった。そう言う所も可愛いけれど、それはそれ。


「変な事言わないで下さいよ。鏡花が困っているじゃないですか」


「そうは見えんがな。佐々木もその様子なら、大丈夫そうだな」


 案外、気を遣ってくれたのだろうか。何を考えているのか分かり難い先生だけど、悪い人じゃないのは間違いない。

 そんな風に待っていたら、鏡花の名前が呼ばれたので診察室に3人で移動する。中に居たのは、緩くウェーブがかかった茶髪の美人な女医だった。阿坂先生とは真逆の優しそうな女性だ。


燈子とうこさ~何でも私に頼れば良いとか思ってない? 何でも屋じゃないのよ?」


「まあそう言うな。実際なんとかなるだろ?」


「はぁ。それで、今度は何なの?」


 女医の名前は村川翠むらかわみどり、阿坂燈子の同級生であり、昔からの友人だ。村川はおっとりした優しい女性に見えるが、結構したたかでやり手である。

 院内でもかなりの権力を得ており、複雑な事情を持つ患者を、内々で処理する事が多々ある。

 児童虐待や家庭内暴力を筆頭に、未成年の望まぬ妊娠など様々だ。今回の様に、燈子が持ち込む案件の対応もそれに含まれる。

 阿坂燈子は高校の養護教諭である為、未成年の複雑な問題に関わる事がそれなりにある。だからこそ、阿坂にとって村川の様な人物は、非常に有り難い存在だった。


「なに、ちょっとコイツの怪我を診て欲しくてな」


 阿坂先生は患者用の椅子に鏡花を座らせ、女医さんに鏡花が怪我した部位を見せて行く。

 流石に肩を見せる時はある程度服を脱ぐ必要があるので、俺は後ろを向いておく。


「ふぅん……これは、学校? それとも家?」


「学校だ」


「なるほどね。言いたくないかも知れないけど、貴女に何があったか教えてくれる?」


 2人の大人の通じ合ったやり取りの後に、説明を求められた鏡花は何があったか語って聞かせた。

 その内容に再び怒りの感情が湧き上がる。眼鏡が壊れた経緯も分かった。


「葉山、もうこっちを向いて構わないぞ」


「はい。それで、鏡花は大丈夫なんですか?」


「問題無さそうだけど、念の為に検査はしましょうか」


 良かった、大した怪我はしていないらしい。あとはレントゲンを撮ったりするだけらしい。そちらで問題が無ければ帰宅しても良いとの事。

 女医さんにアレコレと手続きをしてもらい、レントゲンやCT検査を行う。鏡花と離れている間に、どうするか困っていた眼鏡の事を阿坂先生に相談する。


「先生、これって、弁償させたり出来ますか?」


「これは、佐々木の眼鏡か。まあ、出来るだろう」


「だったら、お願いして良いですか? 多分鏡花は、自分から言わないだろうし」


 阿坂先生なら上手くやってくれそうに思う。せっかく鏡花が稼いだ金で買ったばかりなんだ、この償いぐらいやらせないと。


「しかし、眼鏡がないと佐々木が困らないのか?」


 勝手に預けても良いのかと、そう言う意味だろう。テープでくっつけたりすれば、ギリギリ使えなくもないから。でも、そこは問題ない。

 

「鏡花は前使ってたのを、予備として残してるんで大丈夫ですよ」


「なるほど。だったら預かっておこう」


 これで後は鏡花の検査結果を待つだけだ。特に何も問題がない様なら、小春達にも連絡しよう。多分、まだ学校で待って居るだろうから。

 それから暫くして、骨や脳にも問題が無いと判明し、学校へ戻る事になった。結構遅い時間になったので、鏡花への聞き取りは明日改めて行われる事になった。


 例の3人と小春への聞き取りは既に済んで居るそうだ。小春や友香達以外は帰宅していた。

 鏡花の両親へは連絡が既にされているらしく、これから病院に付き添った阿坂先生と、担任教師が説明に行くらしい。


 とりあえずは一段落だが、俺にはまだ課題が残っている。もう2度とこんな事が起きない様に、やらないといけない事がある。

 つい先延ばしにしていた、とある場所への訪問。鏡花と居る時間を優先し、後回しにしていた予定を早める必要がある。

 もう、自分に言い訳をするのはこれで終わりにしよう。

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