1章 第49話 代償

 鏡花が3人の生徒に呼び出され、暴力を奮われた。美羽みう高校は本来平和で安全な学校だった。しかし、じゃあこれはどう言う事かと言えば、複雑な大人の事情が絡んでいた。


 近年は少子化が進み、定員数を満たせない学校が増えている。田舎だと数人しか生徒が在籍していない小学校も増える一方。

 美羽市は地方都市として、可もなく不可もないそこそこの人口だ。当然ながら学校側の生徒集めは、都会に比べるとそれなりに苦労する。

 ここ数年は勉強さえしていればと、緩い校則を売りにし始めていた。それと同時に、受け入れる地域も拡大した。そのせいで、今回の様な事件を起こす生徒まで紛れ込んでしまった。


 小春こはるが学生にしては大人びた思考の持ち主であっても、流石にこの事態までは読みきれなかった。

 勉強や部活に真剣な生徒が殆どで、大半が真面目な生徒達だ。田舎のヤンキー染みた思想の持ち主が、まさか在籍しているなど思い至らないのも仕方がない。

 それに何より小春には理解不能だったのだ。こんな事をすれば、間違いなく真に嫌われる。幾ら嫉妬心が働いたとしても、この選択肢はない。


 詳しい経緯を知らなかったにしても、それでも有り得ないだろう。葉山真に好かれたい、鏡花が羨ましい、だから鏡花を物理的に排除する。

 小学生並みの幼稚さだ。とても高校生の取る行動ではない。

 


「アンタら、頭湧いてんの? 真に自ら嫌われに行くなんて。脳みそ入ってる?」


 容赦のない小春の言葉。馬鹿にしていると、言われずとも伝わる言葉選び。そして、思い切り見下していると分かる目。


「んだと!」


 そんな態度で来られたら、3人とも黙って居られない。ただでさえ、今し方想い人の目の前で大失態をやらかした所だ。

 その上、葉山真に守られて、大切にしてもらう。その立場を、今まで見下していた相手に目の前で奪われた。どこかに感情をぶつけなければ気が済まない。

 怒りに震えるこのグループのリーダー格。小春には劣るが高い身長と明るい金髪が特徴の沢下莉子あわしたりこは、荒々しく小春の胸ぐらを掴む。


「離せよ沢下」


「ちょっと顔が良いからって偉そうに!」


 2人はお互い派手な見た目で背も高い。睨み合う姿も様になっている。まるで青春ドラマの一幕を思わせる光景だった。

 そこへ残りの2人も参戦しようかと動こうとした時だ。


「アンタら、この後の事ちゃんと考えてんの?」


「はぁ? 何の話?」


「アンタら、良くて停学、最悪退学なんだけど? アタシ相手にイキってる暇あんの?」


「な、何を、言って」


 3人はまだ理解出来ていない。良く言えば未成年が恋心を暴走させて、嫉妬心から行動した結果だ。

 しかし、悪く言えば集団リンチ。立派な暴行事件だ。そして、この件を知った大半の部外者は、当然後者の方に受け取るだろう。


「あのさ、ヤンキー漫画の世界じゃないのよ? 暴力事件を起こした生徒を、簡単に許すと思うの?」


「……は?」


「ぼ、暴力事件って! こんなのただの喧嘩じゃん!」


 最初に鏡花を殴った黒髪の女子生徒、北川玲きたがわれいが反論するも、鏡花と相対していた時の勢いはもう無い。冷や汗を流しながら小春の言葉を否定する。


「それを決めるのはアンタらじゃないの。周りがどう思うか、学校がどう判断するかよ」


「え? え、そんな、退学?」


 鏡花の顔面を蹴ろうとした小柄で茶髪の少女、森口朱里もりぐちあかりは顔を真っ青にしている。

 3人はそんな大事になるとは思っていなかった。ちょっとムカつく女に、キツく言い聞かせるだけ。ただそれだけの話なのに。


「アンタら、良くそんな頭でこの学校入れたね?」


「くっ……」


「てか、良い加減離せって」


 バシリと強めに払われた沢下の手は、小春の胸元から大きく弾かれた。乱された胸元を整えながら小春は続ける。


「ああ、そう言えば鏡花の眼鏡壊してたわね。器物損壊も追加か。立派な犯罪者じゃん、おめでとう」


 その言葉に一番反応したのは、壊した張本人である北川だ。犯罪者、と言う普通の人生において、絶対に持ちたくない不名誉な称号。

 先ほどから不穏なワードばかりが、3人に容赦なく叩き付けられる。


「ま、鏡花はあの性格だから、大事にはしないでしょうけど。警察沙汰にはしないだろうし、アンタらを許すでしょうね。妥当なのは、停学処分ってとこかな」


「な、何が退学だよ。ただの脅しかよ」


「はぁ? 分かってないの? どう言う意味か。鏡花が許さなければ、アンタらは終わり」


 あの鏡花の事だ、眼鏡さえ元通りになればそれで良いと考えるだろう。悪意を向けられたらと言って、やり返そうとは考えない。

 しかし、だからと言って小春が何もしない理由にはならない。友達を傷付けられたお礼は、しっかりとさせて貰う。


「アンタらは、。」


「え?」


 ポカンとした間抜けな面を森口が晒している。他の2人も良く意味が分からなかったらしい。


「これからアンタらが学校で得る物は全て、鏡花が許すから手に入る。これから全部、何もかもが佐々木鏡花のお陰だ。アンタらの学生生活は、鹿


「……そんな、バカな」


 呆然とした沢下が、無理やり絞り出す様な声を上げた。漸く理解したらしい。自分達の置かれた立場が。佐々木鏡花に許して頂かないと、自分達に未来はないのだから。


「惨めよね。アンタらは、鏡花に生かして貰うのも同然」


「そんなのお断りだ!」


 北川がそうやって声を荒げるが、それが嫌なら自主退学の道しかない。でもそれは、彼女には選べない道だ。


「アンタは親に良く思われてないんでしょ? 鏡花の手を払って退学したとして、その先どうするの? 親は助けてくれる?」


「な、なんで、知って…」


「アンタらの事は調べてたからね。怪しい動きをしていたから」


 鏡花の周囲をコソコソと嗅ぎ回っている連中が居たから、3人の事はツテを使って調べていた。だからこそ知っている。この3人のウィークポイントを。

 ここまでの行動に出ると予想出来なかったのは痛いが、全てが無駄だったわけではない。


「沢下、アンタは母子家庭よね。退学になったら、お母さん大変だね」


「くそっ!」


 そう、リーダー格の沢下なんて一番困るのだから。3人ともが一般家庭の子供だし、裕福とは言えない。どこか他の高校へ通い直す金銭的余裕はない。

 退学になんてなったら、そのまま中退は避けられない。鏡花の施しを受けるか、未来を諦めるか、最悪の2択。


「森口は1年に弟が居るんでしょ? 姉が暴力事件起こすなんて、悪目立ちしちゃうね。ヤバイ奴って思われるかも」


「弟は関係ない!」


「それをアタシに言われてもねぇ? 学年違うし」


 森口は他の2人より難しい立場だ。退学しようがしまいが、どっちにしろ弟には迷惑が掛かる。

 そして森口は、弟を可愛がっている。もしこれで、嫌われてしまったら。姉弟の仲に亀裂が入ってしまう。


「分かったでしょ? アンタらは鏡花に許して貰うしかない。見下していた女のお陰で、毎日が送れる屈辱を受け続けるしかない」


「なんだよそれっ!!」


 沢下は苛立ちを誤魔化す様に、校舎の壁を蹴る。そんな事をしても何も変わらないが、何かに当たりでもしないとやってられないから。

 芋女と笑って馬鹿にしていた相手。そいつの温情に縋るしかないなんて、これ以上にない屈辱だ。

 何とかしたくても、高校の授業料なんて自分では払えない。じゃあ、高校中退? そんなのはごめんだ。

 高校中退で就ける仕事なんて、そう多くない。将来を考えるなら受け入れるしかない、そんな屈辱の毎日を。



 小春が敢えて口にしなければ、言葉にしなければ意識せずに済んだ事実。だからこそ、わざと小春は口にした。

 やった事のツケとして、しっかり罰を受けさせる為に。だから3人の傷口に塗り込んだ。高校を卒業するまで、3人のプライドをズタボロにし続ける猛毒ことばを。


「ああそれとね、学校の評価は最悪でしょうね。内申書、終わったんじゃない?」


 当たり前の話だが、こんな問題行動に出た以上は学校からの評価が悪くなる。今どきはSNSですぐ学生の問題行動が拡散されてしまう。学校の名誉に関わる大問題に発展した事例は増えている。

 そんな時代だからこそ、問題を起こした過去を持つ生徒を、快く受け入れる大学はそう多くはない。

 これから3人がどれだけ勉強を頑張っても、報われる未来は無い。3人とも、問題行動を帳消しに出来る程優秀ではないのだから。


「あぁ……」


 小春によって提示される、3人にとって不都合しかない事実。厳しい現実が突きつけられていく。思わず森口の口から漏れたのは、絶望に塗れた吐息。

 しかし、まだ終わりではない。3人に課せられた罰は、まだあるのだから。


「それだけじゃないわよ? この件はすぐ知れ渡る。まだ残っている生徒は沢山居る。鏡花を抱えた真を見た生徒は、それなりに居るでしょうね」


「だから、なんだよ?」


「知ってる? 人間って、分かり易い悪者が大好きなんだって」


 何かあったらしい女子生徒を運ぶ真、そのあとすぐに停学処分を受けた3人。これだけ揃えば気付く者が出て来る。

 それに、真達にこの件を秘密にする必要なんてない。言い触らしはしないが、聞かれたら答える。


 悲劇のヒロインと、暴行事件の主犯達。身近で起きた話題性抜群の出来事は、学校なんて狭い世界で広まるのは一瞬だ。

 つまり、停学から復帰する頃には皆に知られていて、好きなだけ叩いても良い悪者になっている3人が、どう言う目で見られるのか。あえて説明するまでも無い。嫌われ者の悪役に、味方する奴はいない。その事を3人に教えてやる。


「ま、諦めなよ。アンタらはどう足掻いても、惨めに生きるしかない。鏡花と違って」


 地面にへたり込んだ3人は、もう何も言う気力が無くなっていた。これからの灰色の学園生活に、惨めな日々を想像して打ちひしがれている。

 学校からは厄介者の問題児扱い。他の生徒からは蔑みや嘲笑を受ける。そんな針の筵の様な生活が待っている。


 それなのに、先程まで馬鹿にしていた女子生徒は、葉山真と輝かしい日々を送って行く。

 それを、事あるごとに見せ付けられる。思い知らされる、自分達の惨めさを。かと言って報復なんて出来る訳がない。

 当の佐々木鏡花のお陰で、学校に通えるのだから。3人の残る約2年間が、辛く苦しいものになるのが、確定したのだ。

 誰も味方になってくれなくて、誰からも評価されず、都合の良い皆の悪者ポジション。唯一の救いが、佐々木鏡花。なんと言う皮肉か。

 しかもその原因が、自分たちの行いの結果なのだ。他人の責任にして逃れる事も出来ない。



「小春!」


 小春が3人を絶望の淵に叩き込んだ所に、保健室を出て校舎裏にやって来た友香ともかが合流する。


「自分らか! 鏡花に手ぇ出したアホは!」


「友香! もう良いの。コイツらにはもう、何も出来ない」


「せやけど!!」


「友香、やめときな。アンタまで堕ちる必要ないっしょ」


 沢下達を睨みつけながら、聞こえる様に舌打ちをした友香は、現状を小春に伝える。情報の伝達が終わる頃には、佳奈かなが教師達を連れて現場に現れた。

 教師の登場で、いよいよ沢下達3人は現実感に襲われる。終わりへと向かうカウントダウンが始まった。


 小春は状況を教師たちに報告し、後を任せる。ここからは大人たちの時間だ。阿坂あさか先生が動いてる以上、鏡花の扱いは大丈夫だろう。後は彼女のケガの具合だけ。


(キョウ、大丈夫かな?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る