1章 第48話
どうやら小春に密告があったらしく、良からぬ事を考えている連中が居るらしい。3人組の女子生徒で、鏡花に危害を加えようとしているとの事だ。
流石に小春も3人相手に鏡花を守るのは厳しいと、俺を呼んだらしい。その判断をしてくれて良かった。俺が知らない間に鏡花が、そんな展開は一番嫌なパターンだ。
「こっちよ!」
学校の正門で小春が待っていた。鏡花の向かった先を知っているのは小春だけだ。俺は走り出した小春の背中を追う。
出来れば教師も呼びたかったが、面倒くさがって鏡花もまとめて喧嘩両成敗にしてしまう様な教師ではダメだ。
その点、
「あんま時間経ってないから、大丈夫だと思いたいけど、ぶっちゃけ微妙よ」
「まさかうちの学校にそんな馬鹿をやる奴が居たとはな」
「何があっても、アンタは我慢しなさいよ。流石に女子生徒を殴ったりしたら、ただじゃすまない」
それは、そうだろうが我慢しろと来たか。非常に難しい相談だ。今でもかなり腹が立っている。鏡花を傷つける様なヤツなんて、絶対に許せない。
「絶対ダメだからね。アンタが退学にでもなったら、キョウが傷付くよ」
「…………分かったよ」
鏡花を傷付ける奴らを見逃せなんて正直ゴメンだが、それで俺が鏡花を傷付けては意味がない。業腹だが、我慢するしかない。
「急いでくれ、俺なら大丈夫だから」
「頼むわよ」
小春の速度が上がる。経路的にこれは、校舎裏に向かっていると思われる。5分ほど走って来た俺達の前に広がっていたのは、考えられる中でも最悪の部類だった。
倒れ込んだ鏡花に、まだ追撃を入れようとしている女が居た。これ以上やらせてたまるか。
「そこまでだ!」
これ程までに腹立たしい経験はない。多分、これまでの人生で一番怒っている。これを我慢しろと言うのか。今すぐこの見ているだけでイライラする連中を殴り飛ばしたい。
「は、葉山君!?」
「ま、待って! こ、これは、その」
「黙れ。お前らに用はない」
今更何の言い訳を並べるつもりなのか。一目瞭然じゃないか。コイツらが何をしたかなんて。弁明なんて必要ない。聞きたくもない。
そんな事より鏡花だ。急いで倒れた鏡花に駆け寄る。
「鏡花! 鏡花! 大丈夫か?」
「……あれ?
「そんなのは良い……立てるか?」
「えっと、あれ?」
鏡花の反応がおかしい。良く見れば頭部に殴られたか、何かぶつけられたかの様な跡がある。
もしかしたら、軽い脳震盪でも起こしているのかも知れない。……これを見逃せと?
小春は中々に無茶を言ってくれる。本当にイライラする。何なんだコイツらは。何の権利があってこんな事を平気でやれるのか。
「待ってろ、俺が保健室まで運んでやるから」
「うん、ごめん、ね……痛っ!」
「す、すまん! 軽く触っただけなんだが、どこが痛いんだ?」
まさか、頭部以外にも殴られたのか。服の上からでは分からない。どうして鏡花がこんな目に遭わないと行けないんだ。
「えと、右肩の辺りが……」
「分かった。じゃあ、持ち上げるぞ」
「うん」
右肩と、殴られたらしい頭部を刺激しない様にして、お姫様抱っこの要領で鏡花を抱き抱えた。こんな形でやりたくは無かった。理想とは程遠いシチュエーションだ。
ここまでの流れで、鏡花を糾弾した3人は流石に理解した。今まで誰とも恋愛関係に無かった筈の彼が、まるで恋人にするかの様な対応をしているのだから。
佐々木鏡花は葉山真に近付こうとする勘違い女ではなく、葉山真に大切にされている女性なのだと。ならば、自分たちの行いがどう言う意味を持つのかも。
「あ、待って、眼鏡が……」
あまりの光景に怒り心頭だったから気付け無かったが、鏡花が眼鏡を外している。どう言う事だ。もしかして、取られたのか。
「鏡花、眼鏡はどうしたんだ?」
「あ、そこ、に」
まだ上手く体が動かせないのだろう。弱々しく伸ばした指が示す先には、鏡花の眼鏡が転がっていた。
この間に一緒に買いに行ったあの眼鏡。小春が選んで、鏡花がバイト代で買った眼鏡は、無惨にも左側のテンプルが壊れて取れてしまっていた。
もうそろそろ我慢の限界だぞ。俺はここまでされて、黙っていられるほど善人ではない。噛み締めた奥歯がギリギリと音を立てる。
「これも、お前らだな?」
3人の女子を、一切取り繕う事無く怒りを込めた目で睨みながら問う。最早殺意すら覚えるほどの強い怒りに焦がされている。
「あ、いや、その」
3人の内の1人が顔を真っ青にしながら、言葉にならない返答を返す。やはりコイツらで確定か。
どこまでも苛立たせてくれる連中だ。ここまで来ると、そう言う才能かもしれないな。クソの役にも立たない才能だが。
「正直、俺は今すぐお前らを殴りたいが、辞めておく。その変わり」
「ひっ……」
一番手前に居た鏡花を蹴ろうとしていた女が怯えているが、そんな事はどうでも良い。
「二度と俺達に関わるな」
直るのか分からないが、それでも良い。鏡花の眼鏡と外れたテンプルを拾い上げ、ポケットにしまう。
早く鏡花を先生に見せないと。阿坂先生がまだ学校に残ってくれていたら良いが、無人だったら最悪だ。
小春が探しても見つけられなかったと言っていたし。トイレに行っていただけ、そんなオチであってくれ。
「悪いな鏡花、ちょっとだけ揺れるぞ」
「うん、ありが、とう……」
鏡花の負担にならない程度に、小走りで駆け出す。保健室まではそんなに離れていないのが救いか。
「あとはアタシに任せな」
「悪い、頼むぞ小春」
この場は小春に任せて離脱する。教師への説明とか、馬鹿3人への対応とか、そう言うのは全部小春に任せる。
どうせ俺にはスマートなやり方なんて出来ない。やったら一発退学モノの対応しか思い付かないから。
「ごめん鏡花、俺がもっと早く着いてたらこんな事には」
「真君のせいじゃないから……気に、しないで」
違うんだ鏡花。結局この状況だって、俺が招いた様なもの。鏡花の好意に甘えて、今日までハッキリさせて来なかったから。
モタモタしてないで付き合っていれば、こんな事にはならなかったかも知れない。絶対に防げたかは分からないが、それでも可能性はあった。
小春からの電話で聞いた限りでは、あの3人は鏡花が俺に纏わりついていると、そう思い込んでいたらしい。とんだ勘違いだ。真実とは真逆じゃないか。
あの3人にも腹は立つが、こうなっては自分の不甲斐なさにも腹が立つ。もうこんなのはごめんだ。ちゃんと、どう言う関係か示さないと。
だが、それは後だ。今は鏡花の怪我の具合が心配だ。目の前の事に集中しないと。
「あ、葉山やん! 小春見てへん、か? って、どないしたん鏡花!?」
「馬鹿やった連中が居てな。鏡花が怪我した」
「はぁ? なんやそれ」
一気に
「保健室開いてるか、見てくるわ」
「すまん、助かる」
幾ら俺でも鏡花を抱えたまま、負担を掛けない様にしている以上、走る速度に限界がある。身軽な友香が先行してくれるのは有り難い。
「葉山!!
30mほど先にある保健室の前から、友香が叫んでいる。良かった、先生は居るらしい。早く診て貰わないと。
「阿坂先生! 鏡花が!!」
「相変わらずお前らは騒々しいな。廊下は走るなと……おい、佐々木はどうした?」
入り口を振り返れば、ぐったりとした鏡花を抱えて居る俺が居るのだから、何かがあったのは直ぐに理解してくれた。
「そこに寝かせろ」
「分かりました」
阿坂先生の指示に従い、保健室のベッドの上に鏡花を寝かせる。
「多分、脳震盪だと思うんですけど……」
「ふむ……呼吸はあるな。おい、葉山」
「はい」
「これ、誰にやられた?」
見ただけで分かったらしい。勝手なイメージで申し訳ないけれど、この人は殴られた跡とか、すぐに分かりそうな印象があった。そう言う事に詳しそうに見えるから。
「名前は知りませんが、3人居ました。小春が校舎裏に残って、見張ってます」
「そうか、分かった。とりあえず怪我の確認がしたい。服を脱がすから、葉山は廊下に居ろ。
「鏡花を、お願いします」
俺は先生に頭を深く下げてから、保健室の外に向かう。阿坂先生の任せておけと言う返事は、凄く心強かった。
保健室の外に出て待って居たら、見知った顔の女子生徒が廊下を歩いて来た。
「あれ? 葉山君? どうしてここに?」
「
「うそっ!? ど、どうして!? 誰に!?」
結城さんに隠すのも変かと思って話したのだが、衝撃的だったらしく、驚いた顔をしている。当然の反応か。
「あまり気分の良い話じゃないんだがな」
鏡花と一番仲が良いのは、彼女と
またこんな馬鹿な事をやる奴が、出てくるかも知れない。警戒してくれる味方は多い方が良い。
「はぁ……信じられない。そんな事をする人が、この学校に居るなんて」
「残念な事に居たらしい。腹立たしい話だがな」
いじめだとか暴力だとか、そういった事件には最近めちゃくちゃ厳しくなっている。下手な事をすれば、大学入試や就職にだって響く可能性がある。
それが常識で、普通はこんな事をしない。だからこそ、防げなかったのかも知れない。まさかやるわけがないと言う、先入観があったのは確かだ。
そんな話をしていたら、ガラガラと保健室のドアが開いた。
「葉山、念の為に病院に連れて行く。私の車まで佐々木を運んでくれ」
「分かりました!」
言われるまでもない。鏡花を運ぶのなら俺がやる。他の誰かに譲る気などない。肝心の鏡花は、未だに意識がハッキリしていないらしい。ぐったりした鏡花を、先程と同じ様に抱き抱える。
「結城と水島、職員室への報告と、まだ現場に居るらしい
阿坂先生が次々と指示を出して行く。この人には世話になりっぱなしだな。屋上の件もそうだ。口調こそキツイ印象があるものの、とても頼りになる人だ。
「小春んトコはウチが行くわ」
「じゃあ私は職員室に行くね」
後の事は2人に任せて、俺は鏡花に専念しよう。見た目ではそれほど大きな怪我ではない様だが、実際どうかは分からない。頼むから何事もなく終わってくれ。
「行くぞ葉山、着いて来い」
「はいっ!」
俺は抱き抱えた鏡花を連れて、阿坂先生の後に続いた。
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