1章 第46話

 鏡花きょうかの新調した眼鏡を受け取った俺達は、早速ゲームセンターにやって来た。眼鏡を新調した記念と言う名目の、プリクラの撮影に来ている。

 昔は違ったらしいが、今は画像データがスマホで受け取れる様になっている。待ち受けにしたり出来るから便利だ。

 さや姉の時代だと、ケータイ電話の裏側とかに貼っていたと聞いた事がある。そんな所に貼ったらすぐボロボロになるだろうに。良く分からない文化だ。


「い、一杯あるね。プリクラの機械」


「そうだな。……どれが良いんだ?」


 複数の機械が並んでいる。小春こはる達によれば機械によって違うらしいのだが、何がどう違うのかがそもそも分からない。前に撮った時はどんな見た目だったか、あまり覚えていない。


「鏡花は、違い分かるか?」


「プリクラの? ごめん、分からない」


「なら適当に空いてるヤツで良いか」


「うん、それで良いよ」


 誰も使っていない真っ白な機械を選ぶ事にした。小春みたいな如何にもギャルって感じの女の子が、筐体に大きく描かれている。他の機械も似たり寄ったりだ。


「これにしよう。ちょうど空いてるし」


「わ、分かった。あの、ホント慣れてないから、期待しないでね?」


「良いって。誰かに見せる訳でもないし」


 SNSにアップするのが普通なのだが、俺にそのつもりはない。下手に鏡花が注目されてしまったら困るし、何より鏡花自身が嫌がるだろう。映えとか気にするタイプの女の子じゃないし。


 筐体の中に入るとアナウンスが始まる。お金を入れる様に指示された。こんな感じだったなと懐かしさを覚える。大体6人ぐらいまでは入れそうな空間に、撮影する為の機械が鎮座している。

 液晶画面のすぐ真上にカメラがついているから、確かそこを見れば良いんだったか。まあ、とりあえず硬貨を入れよう。


「じゃあ、始め……高くない? 800円もしたか?」


「えっ、うそ!? 500円ぐらいじゃなかったかな?」


「うーん、知らない間に上がったのかもな。まあ仕方ないか」


 ちょっと計算外だったが、まあ300円ぐらい構わない。1000円だとちょっと躊躇ったけど、これぐらいなら鏡花とのプリクラに払う対価として出せる額だ。


 まことと鏡花は知らなかったが、最近は800円程する若干グレードの高い機械が存在している。

 休日の真昼間にも拘わらず空いて居たのは、値段がちょっと高いからだ。


「半分出すよ。私も写るんだし」


「いやでも、言い出したのは俺だし」


「私はバイトしてるんだから、気にしないで」



 結局押し切られて折半する事になった。今時男が奢るもの、そんな考えは古いかもしれないが、何となくそう考えてしまう自分が居る。

 多分、さや姉の影響だと思う。こう言う男になるんだぞと、色々教わった事がある。そのうちの1つに、そんな教えがあった。

 一方で鏡花はと言うと、割り勘で普通だと考えている。だからデート中は全部割り勘になる。

 今となっては鏡花の方が自分で稼いでる分、俺よりも甲斐性がある。


 ちょっと前までは、恋愛なんて後回しだった。そりゃいつかは結婚なりする気はあったが、優先度は低くて。さや姉のレクチャーも話半分に聞いていた。

 こんな事になるなら、もっとちゃんと聞いておけば良かった。鏡花みたいなタイプは、どんな男が理想なんだろう。

 どんな風に振る舞えば、好意を持ってくれるんだろう。ここ最近ずっとそんな事ばかり考えているが、全然答えが出ずに迷走している。


(何か俺、本当にダメなヤツじゃないか?)


 小春の言っていた嫌な未来にまた一步近付いた気がして、焦燥感だけは高まって行く。一緒に筐体を操作する鏡花を見て居ると、徐々に暗い気持ちが沸々と湧いて来る。


「真君? どうしたの?」


「いや、その……鏡花は頑張っているのに、俺は全然何も出来てないなって」


「えぇ? そんな事ないよ。気にしないで」


 そうは言われても、俺が自分に納得出来ない。事実として、何の結果も出せていないのだから。小春に言われた通りだ。


「小春に言われたんだ。将来鏡花に相応しくない男になる可能性もあるって」


「そんなの……気にしなくて良いよ。私は何も不満なんてないし」


「だけど……」


 やっぱり気になってしまう。考えないなんて無理だ。俺はただ付き合えたら良いんじゃない、その先にだって進みたい。未来を鏡花と生きたいのだから。

 だからこそ、鏡花の顔を真っ直ぐ見れない。せっかくのデートなのに空気を悪くしてしまったのも申し訳ない。何か本当に、全然ダメだな。

 これじゃああの日、河川敷で出会った時に逆戻りじゃないか。そう思っていたら、柔らかな感触に包まれた。


「大丈夫だよ、。他の誰かを、選んだりしないよ」


 鏡花は俺を正面から抱き締めながら、そんな事を言う。……あの時と同じだ、あの時初めて知った彼女の優しさに触れた時と、体勢こそ違えど同じ温もりだった。

 いや、それよりも、今鏡花は……





「え? それって、その、鏡花は、俺を?」


「えっと……その、うん」


 少し恥ずかしそうに笑う鏡花が、とても可愛く見えて、あの時みたいに気持ちが晴れて行く。

 今なら分かる。小春が言っていた空気を読めと言う意味が。流石に恋愛初心者の俺でも、この空気だけはちゃんと読める。


 キャンプに行った時の、河原で2人きりだったあの時と同じ。今鏡花が何を望んでいるのか分かる。

 あの日初めて知った、鏡花の新たな一面。聞かなくても分かる、これが俺の気付くべき答えだった。


 抱き合った2人の距離は、どんどん近付いていく。真と鏡花の、4度目になる口付けは、お互いの想いを確認する意味もあって、そして2人の大事な記念の日で。

 決して忘れる事のない思い出になる。何故ならば




『次が最後の1枚だよ〜』



「「あっ……」」


 今2人は何処に居るかと言えばプリクラの筐体の中。お金を入れて適当に背景の順番を全部選んだ後なのだ。当然撮影は始まっている。2人だけの世界に浸っている場合ではない。


 何ともタイミングが良いと言うか、悪いと言うか。結局まともな撮影になったのは最後の1枚だけで。

 その1枚も焦りと気恥かしさでぎこち無い写真になった。結局プリクラにとして写ったのは、落ち込む真と、慰める鏡花。抱き合った2人がキスをしている物、そして最後の1枚となった。


 付き合う前からキスプリを撮影してしまうと言う、相変わらず締まらないオチがついた。

 そんな微笑ましい2人の関係を、大体の人達が歓迎していたし、今日まで平和だった。




 しかし、誰しもが納得したわけでは無い事を、思い知らされる日が近付いていた。ジワジワと背後から忍び寄るかのように。

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