1章 第45話

鏡花きょうか、荷物持つよ」


「え? あ、ありがとう」


 さっきの店ではだいぶ誤解された気がする。俺と鏡花の関係は、あの店員さんが思っている様なものじゃない。俺が一方的に鏡花に迫っているだけだ。


 最近は、それだけなのか分からない時もあるけど、概ね間違ってはいない筈だ。どうにかして鏡花に好かれようとアレコレ試しているが、いまいち振るわない。

 サッカーで活躍している所を見せろと言われたら、幾らでも出来たのに。今の俺にはそれが出来ない。

 小春こはるに教えられた事や、自分で調べたモテる男のスマートな接し方とか、色々実践してみてはいるものの、これと言った手応えはない。


「まだちょっと時間的に中途半端だな。早めのお昼にするか?」


「そう、だね。そうしよっか」


「よし、今回も鏡花が自分では行かない店にしよう」


 鏡花はあまり外食はしないタイプだ。だから、入った事のない飲食店が多い。鏡花にとって初めての体験を、一緒に出来るのは特別感があって良い。

 彼女が初めて経験する事は、出来るだけ俺が独占したい。多少小春に取られてしまった部分はあるが、あいつは同性同士だからまだ良い。でも、他の男に取られるのだけは面白くない。


 しかし、そんな嫉妬心を鏡花に見せるのは、何となくダサい気がするから言えない。醜態ばかり晒しているのだから、これ以上見せる訳にはいかないのだ。


「カレーとかどうだ? 前に入った事ないって言ってたよな?」


「そうだね。カナちゃん達とファミレスで食べた事ならあるけど、専門の店はないかな」


「よし、じゃあ良い店があるんだ。この近くだから行こう」


 たまに疑問に思うのだが、鏡花の妙に浮世離れした部分は何なのだろう。普通ならそれぐらいやった事有りそうな経験を、した事がないと言う。

 カレー専門店だってそうだ。ド田舎ならともかく、この辺りに住んでいたら何軒もあるのだから。

 もしかしたら、健康に気を遣う家庭なのかも知れないか。鏡花は料理が出来る訳だし、割高でバランスも悪い外食を必要としないのは当然なのかもな。


 ふとまことの頭をよぎった疑問は、この時点でちゃんと問うていれば良かった。そうすれば、鏡花の抱える問題を早期に知る事が出来た。

 しかしこの時の真は、彼女が結局どう思っているのか、自分はちゃんとアピール出来ているのかと言った問題の方が、よほど優先順位が高かった。


 知っていればもっと上手くやる機会があった。考える時間はもっと取れた。残念ながらあの時こうしていれば、なんて後から考えてもどうしようもない。

 人生には、リセット機能がついていないのだから。後からやり直しなんて、都合良く出来ないのだ。









「どうだった? 結構美味くなかった?」


「うん! 初めて食べたけど美味しかった。自分で作る時の参考にするよ」


 鏡花の作ったカレーだと? めちゃくちゃ気になる。と言うか自分でカレーも作るのか。本当に何でも作るんだな。それだけやれるなら自宅で十分だよな。


「カレーも作るのか。凄いな鏡花は」


「え、そうかな? カレーってそんなに難しくないし」


「いや本当に凄いよ。鏡花は立派だと思う」


 そう、本当に良い子だ。頑張ろうとする意思があって、きっと頑張ったから料理が上手くて。

 俺だってそうだったから。サッカーを始めた時なんて、酷いものだった。今思えば、とんでもない下手くそだった。

 努力を重ねて結果が出るまでの間は、随分惨めな思いをしたものだ。


 だから分かるんだ、鏡花は間違いなく努力を重ねて来た人間なのだと。そしてこれからも、そうやって生きて行くのだと。


 それに比べたら俺は、鏡花が嫌がらないからと、この関係に結局甘えてしまっている。何でもない日常を共に過ごせる。そんな贅沢に。

 依存してしまわない様になんて格好をつけておいて、見事に依存しているじゃないか。肩までどっぷり浸かっている。

 焦っても良い結果にはならないのも分かっているけれど、それでも焦燥感を感じざるを得ない。


 俺も何か、鏡花の様に頑張る目標を見つけないといけない。ちょっと容姿に恵まれただけのガキのままでは、隣に立つ資格がない。

 いつか小春が言った様に、俺よりも相応しい相手が現れる未来なんて、絶対に迎える訳にはいかないのだ。


「12時も過ぎてるから、もう眼鏡も出来てるかな?」


「あ、ああ。そうだな。取りに行こうか」


 せっかく鏡花とデート中なのに、余計な事を考えてしまった。そんな事は1人で居る時にすれば良い。

 今は眼の前の事に集中しなければ。今この瞬間だって、大切な時間なのだから。



 それから新しい鏡花の眼鏡を受け取り、会計を済ませた俺達は、少々手持ち無沙汰だった。

 もちろん新しい眼鏡をかけた鏡花は、すごく新鮮でこれまた可愛いのだが、それはそれ。この後の時間をどう過ごすかだ。

 浮ついていたから、またしてもノープランで来てしまった。本当に最近の俺は良いところがない。

 せめて何か、経験の乏しい俺にも出来る何かはないだろうか。小春達と過ごした経験から、何かないか?


「あ! そうだ」


「え? どうしたの?」


「せっかくだからさ、プリクラ撮ろう」


 以前、小春や友香ともかと撮った事があるのだ。女子は確か、そう言った物が好きだった筈。…………いや、鏡花はどうだろうか。ああ言った派手なタイプが好む文化に、多分馴染みは無いだろうし。


「えぇ!? 私、殆ど撮った事ないよ!?」


 幾ら陰キャで引きこもり気質とは言え、鏡花はギリギリぼっちではない。たまに佳奈かな麻衣まいと遊んだ時に撮る事もある。

 頻度はそう高くはないし、デコレーションのセンスもない。いつも2人に任せっきりだった。経験こそあれども、ほぼ初心者に近い。


「いや、まあ、それは俺もなんだけど」


 生憎と真も似たようなものだ。プリクラなんて女子がメインのコンテンツであり、体育会系のサッカー一筋だった男に、大した知識も経験もない。


 昔は男同士でも撮っていたらしいけれど、今はそんな文化は無い。そもそも女性と、女性の居るグループでないと入れない空間だ。

 ひと通り小春達に経験させられたが、大した興味が無かったからうろ覚えだ。こんな風に好きな女の子が出来るまで、完全に忘れていたぐらいだ。


「ほら、新しい眼鏡に変えた記念、みたいな感じでさ」


 それは建前で、鏡花と2人だけの写真を残したいだけなのだが、そんな事はわざわざ言わなくて言い。


「い、良いけど。落書きとか、私は下手くそだよ?」


「俺もそうだから気にするな」


 こうして真は、鏡花とのツーショット写真を撮る機会を得た。恋愛経験ゼロ同士の、まだまだ脇の甘い初心者デートは続く。

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