1章 第42話

「バーベキューの時間だ若人達よ!」


「お! 遂に晩飯か! 俺も焼くぐらいなら出来るぞ」


「いや、それすら出来ないのはヤバいだろ村田」


 誰でも出来る程度の調理法をもって自信満々な恭二きょうじに、翔太しょうたの冷静なツッコミが入る。


「はよ焼こうや〜! まあまあお腹空いたで」


 鏡花きょうかと大人組が準備をしている間に、レンタルのバーベキューセットがコテージの外に用意されていた。残ったメンバーで準備を進めていたのだ。


「あれ? さや姉が買った食材にハンバーグなんてあったか?」


「それは私が作ったんだよ」


「お! キョウのお手製か〜これは期待しちゃうな」


 鏡花がまことにお弁当を作る様になってから、小春こはる達もたまに鏡花の作った料理を食べている。

 正確に言えば、真がおかずを奪われていた。その関係で、ここに居る殆どの人間が鏡花の料理の腕を知っている。自然と期待は高まる。


水樹みずき、今日ぐらいは好きに食べなさい」


「ええ、そうさせて貰うわ」


 モデルとマネージャーの関係にある涼香りょうかと水樹は、食事制限の事を良く理解している。体型や肌艶の維持が重要となる職業だ。

 バーベキューの様な食事はあまり出来ない。だからこそ、こう言う時は自由にさせるのが涼香のやり方だ。

 ストレスもまた体型や肌に優さしくない。適度に解消するのもまた大事になる。所謂チートデイと呼ばれる、特別な日のお楽しみ。

 水樹はわりとジャンキーな食べ物も好む。たまにコンビニ弁当等も食べているのはそれが理由だ。



「じゃ、焼くわよ~。佐々木ちゃん、そっちお願いするわね」


「分かりました」


 思春期の男子を含む10人分の食材を焼くとなると、結構な面積の網が必要となる。今回鏡花達は、5〜6人用のコンロを2つ借りて居る。

 その為、焼くには最低2人は必要だ。最初は沙耶香さやかと鏡花が対応する。適当に交代しながら後は流れでローテーションする予定になっている。


「佐々木ちゃん、本当にありがとうね」


「え? 何がですか?」


「真の事だよ。あんなに元気になっちゃってまあ」


 沙耶香さんが向ける視線の先では、小春ちゃん達と騒がしくしながら、食事をしている真君が居た。


「あいつは、本当にサッカーが全てだったんだ。それしか知らなかったって言っても良い」


「そう、みたいですね。私は見たこと無いんですけど」


「最近まで話した事無かったんだもんね。仕方ないよ」


 そう、私は真君がサッカーをやっていた頃を殆ど知らない。見掛けた事ぐらいならあるけど、それもわざわざ彼を見に行ったわけじゃない。たまたまサッカー部の練習する姿が、視界に入った程度だ。

 だから、どれぐらい必死だったかまでは分からない。あの日、河川敷で聞かされた内容が私の知る全てだ。


「だからまあ、酷いもんだったのよ。怪我をした当時は特にね」


「そうだったんですか」


「まだやれるって無茶をしては、倒れていたわ。とても見ていられ無かった」


 その姿だけは想像が出来る。なんせその状態を実際に見ているから。あんな事ばっかりやっていたなんて、今の私は聞くだけで胸が苦しくなる。

 あんな辛そうな顔を、ずっとしていたなんて。


 今更そんな事を気にしても何の意味もないけれど、その頃の真君を知っている沙耶香さんに、少しだけ嫉妬してしまう。

 そんな期間があったからこそ、今の関係があるのだから複雑な気分だ。


「そんな真があんなに笑っているんだから、やっぱり佐々木ちゃんの存在は大きいんだよ」


「だと、良いんですけど」


「あんまり同じ話するのもアレだけどさ、自信持って良いよ。あれで結構モテる男だからね」


「それはもう、良く知ってますよ」


 真君がとてもカッコイイ男の子なのは良く分かっている。最近は色んな真君を見れているけど、どの姿もカッコいいと思う。

 未だに何で私を、と思わなくもないけれど、でも彼が本気なのも知っている。そこに嘘偽りはない。

 自信、なのかは分からないけど、選んでくれた真君を裏切らないと決めたから。そして今は自分も、彼の事が好きだから。


「上手い事やんなよ。さっき教えたテクも使えば良いからね」


 缶ビールを片手に食材を焼いていた沙耶香さんは、いたずらっぽくウインクを飛ばして来た。


「あれは、その、最後の手段にします」


「鏡花、そろそろ代わろうか?」


「ほぁっ!?」


 タイミングの悪い事に、交代する為にすぐ近くまで真君が来ていた。例え話を聞かれていたとしても、何の事かは分からないだろう。分からないだろうけど、心臓には悪い。


「どうした鏡花? さや姉と何の話をしてたんだ?」


「なっ!?  真君はやっぱりエッチだよ!」


「なんで!?」


 私達を見て、沙耶香さんはゲラゲラと笑っているのだった。




 バーベキューも無事終了し、片付けも終わらせた後は温泉に行く事になった。なんとこのキャンプ場、温泉まであるらしい。

 それも当然、元が温泉だったらしい。キャンプブームに乗ってキャンプ場を作ったら、それなりに反響があり上手く軌道に乗ったそう。

 温泉旅館に泊まるも良し、キャンプがてら温泉に行くも良しの中々に豪華な所だった。


 もちろん今回同行している男性陣には、覗きをやろう等と考える不埒者はいない。お約束な温泉イベントなんて起きなかった。

 真が湯上がりの鏡花にドキドキしたり、翔太が佳奈かなのスタイルの良さに衝撃を受けたりしていた程度だ。

 普段バストが強調される様な格好を嫌う佳奈が、レンタルした浴衣を着ていたのだから、その破壊力は高かった。そして鏡花も、まだ大きくなる親友に戦慄していた。



 そんなこんなの後、コテージの2階で女性陣が、1階のソファーベッドで男性陣が眠りにつく事になった。

 修学旅行ではないのだから、朝まで恋バナ女子会になんてなる事はなく。それなりに疲れていた全員が、適度に会話を楽しんでから各々眠りについた。


 就寝から数時間後、ふとトイレに行きたくなった鏡花は、皆を起こさない様に気をつけながら1階のトイレへと向かう。


 鏡花が手早く用を済ませて2階に戻ろうとした時、ふと視界に入ってしまった。布団がずり落ちてしまったまま、眠りについている真の姿が。


(か、風邪引いたらいけないからね、うん)


 そんな言い訳を用意しながら、真のすぐ側にやって来た私だったけど、これはヤバい。真君の無防備な寝顔が、凄くこう、可愛いと言うか。早く布団だけ直して戻れば良いのに、つい見てしまうと言うか。

 やっぱりお母さん譲りなのかな、この造詣の美しさは。流石は大女優の息子、寝顔まで綺麗だ。


 いやいやいや、これは最低な行為では? 私だって勝手に寝顔を見られていたら恥ずかしくて死ぬ。見苦しい物をお見せしましたと、腹を切るしかない。

 そうは思っても、やっぱり気になってしまって。もうちょっとぐらい良いかなと、つい居残ってしまった。


 床に膝をついて、顔を覗き込む様にソファで眠る真君を見る。こんな綺麗な顔の持ち主に好かれているなんて、未だに恐れ多いのだけれど、結局私も好きになってしまった。

 それにもう2度もキスをしてしまっている。1回目は真君が暴走して、2回目は私自ら誘ってしまったから。


 いけないこんな事を考えるのは。そんなアニメみたいな、想い人が寝ている所にキスなんてそんな。ベタベタなヒロインムーブを私がやるのか!?

 いや、ない。それはない。幾らなんでもそれはキモくない? 身の程を弁えないとダメじゃない?

 好かれてるからって、やって良い行為ではないよ。いきなり友達にそんな事したら大問題だよ。


 そう友達、友達じゃないか私達は。だからそんな事は、やらないと思いたいのに、まるでもう一人の私が居るかの様に体が動かない。覗き込んだまま、真君の顔を眺め続けている。


『気が付けば他の女と』


 そんな緒方さんの言葉が頭を離れてくれなくて、そんな未来は嫌で、認めたくなくて、考えが纏まらない。

 本当にどうしてしまったんだ私は。以前の自分とは随分と掛け離れた行為をしている。その自覚はあるのに、体と意思が一致してくれない。

 あれから消えないのだ、もっとしたいと言う気持ちが。そんな関係じゃないだろうと分かっているのに、気付けば見ている。彼の唇を。


 相反する感情と衝動が、鏡花の中でせめぎ合う。鏡花の中に生まれた愛欲は、日々大きくなりつつある。

 本人の恋愛観が幼いせいで、その自覚が出来ていない。人間である以上は、無くす事が出来ない欲求を。

 鏡花とて、妙齢の女性である事は変わりない。少々芽生えるのが遅かっただけで、持っていて当然の気持ちなのだから。


 思い悩む鏡花は、1つの回答に至る。1回は勝手にキスされたのだから、こっちも1回までなら良いのではないか? と言うある意味鏡花らしい、ちょっとズレた回答に。


 未だに眠り続ける真へ、欲求に負けた鏡花が、口付けを落とす。既に日付けは変わっているので、同じ日ではないがキャンプに来て3度目となるキス。

 暫くそのままだった鏡花が顔を上げると、2人の目がバッチリと合った。真はわりと寝起きが良く、触れられたりすると気付く方だった。


「な、なあ……鏡花?」


「っ!?!?」


 まさか真が起きるなんて考えて居なかった鏡花は、何とか悲鳴を上げそうになるのを耐え抜き、急いで2階へと戻って行った。


「え? どう言う事?」


 その後、真は眠る事が出来なかった。目覚めたら好きな女の子にキスされていたのだから、年頃の男子としては落ち着ける筈もなく。あれはどう言う意味なのかと、悶々としたまま朝を迎えた。


 なお鏡花はと言うと、ワンチャン夢って思うんじゃないかなと、勝手な事を考えて普通に眠りに着いた。今回もまた、変な所で豪胆だった。

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