1章 第41話

「へ~ホントに上手いんだね、佐々木ちゃん」


「そうですか? あんまり自覚はないんですけど」


「十分よ。それだけ出来るなら」


 現在、鏡花きょうかは大人組の沙耶香さやか涼香りょうかの2人と共に夕飯の用意をしていた。キャンプに来たのだから、もちろんバーベキュー。

 簡単な作業は大人組が、ちょっと手の込んだものは鏡花が担当している。鏡花は今、ハンバーグを捏ねていた。

 しっかりとしたキッチンがあるコテージだからと、色々食材を買った沙耶香のお陰で色んな料理が可能だった。仮に残っても明日また食べれば良い。そんな判断から、ひき肉はハンバーグになる事が決定した。


 沙耶香は最悪、ミートスパゲティにでもすれば良いかと考えて居たが、思わぬ戦力の登場で方針を改めた。

 食材は大人組がお金を出しているので、余った食材は適当に2人で分ける算段だったが、無駄に余るとそれはそれで困る。

 残るぐらいなら盛大に消費した方が楽だ。特に肉の様に痛み易い食材は。


「佐々木ちゃんホントに良いわね。家政婦に雇いたいぐらい」


「本当よ。仕事してる間に誰かが家事をやってくれたら良いのに」


「……まあ、たまに代わって欲しい時はありますね」


 大人のお姉さん達の、どこか哀愁を感じる愚痴に同意しつつ作業を続ける。今は料理をそれなりに楽しんでやれているけど、働き出したらやっぱり違うのだろうか。

 バイトの日は確かにちょっと大変で、しんどい時はあるけど。毎日じゃないから多少の余裕がある。

 ちょっと前は購買の利用も考えていたけど、今は真君に食べて貰う料理を作っているのが楽しいから、以前ほど苦はない。

 お弁当を作らない日も、食べて貰う新しいメニューにチャレンジしたりしている。


「佐々木ちゃん、まことが『ご飯まだ?』とか言い出したらぶん殴って良いからね」


「え、えぇ?」


「そうね。作って貰えて当然と甘えさせちゃダメよ」


 それから大人2人に、こんな男には注意しなさいと言ったレクチャーを受けた。多分、2人ともそれなりの苦労をしたんだと思う。絶対モテるだろうから、それはもう色んな男性を見て来たに違いない。


 私は正直、真君ぐらいしか恋愛が成立するとは思わないし、必要無いとは思ったけど。だって真君みたいな物好きが、他に居るとは思わない。

 着飾ればマシになるとは言え、元が平凡で地味なモブ。下心がある人なら寄ってくる事がある、と言うのは分かったけどそんな人は嫌だ。


 純粋な好意を向けてくれる人が、他に現れる未来が想像出来ない。今だって、ただの夢なんじゃないかと疑う状況だ。目が冷めたら病院のベッドの上でした、なんて展開になっても不思議じゃない。

 多分きっと、私の人生の中で一度だけ訪れた物凄い幸運なんだと思う。寿命とか、代償に払っているのかも知れない。悪魔とかと契約した覚えはないけれど。


「で、実際どうなの? あんなんで大丈夫?」


「え、あっ、その」


 いつの間にか真君の話に変っていた。どうして陽キャって、こうも話をポンポン発生させられるのだろうか。会話が尽きる事がない。


「私は、その嬉しい、です。真っ直ぐ過ぎて、ちょっと恥ずかしいですけど」


「まあ、彼は手の込んだ事やれるタイプではないわね」


「真はそれしか出来ないからよ」


 大人の女性から見てそうなんだったら、きっとあれが真君なりの精一杯なのかな。正直私も恋の駆け引きなんて出来ないから、その方が助かるのは間違いない。

 遠回しな言い方なんてされたら、私はきっと理解出来ない。


「それで、何て告白したの? 真は」


「あ~。えっと、正式にはまだ、と言うか」


「「は?」」


 沙耶香と涼香には、理解が出来なかった。あれだけ好意を向けておいて、告白した訳では無いと。

 それにどう見てもこの少女も、満更ではなさそうだ。普通に考えれば、この2人は付き合いたての学生カップルにしか見えない。

 あのキスは、付き合い始めたからこそでは無かったのか。


「え? 待って? 真は告白したんじゃないの?」


「あ、いえ、それに近い事は。その、あの時は私も、中途半端な感じでしたから」


「いや、それはダメよ。貴女」


「そうよ佐々木ちゃん。そう言うのはちゃんとしないと」


 そう言われても、多分これが初恋な私には正しい形が分からない。付き合うとか付き合わないとか、全然全く分からない。

 最近恋愛モノの本も読んでみたけど、あまり理解出来なかった。そりゃもちろん最終的にはそうなりたいと思うけど、じゃあ何処からがそうなのか、とかタイミングとかどうしたら良いの?


 じゃあ付き合うか、になるラインが分からない。キスはもうしちゃったけど、これはもう付き合っている事になるの? それともならないの?

 真君は私が好きで、私も真君が好きで。現状に不満は、特に感じでいない。


「私は、そう言うの、あんまり良く分からなくて。今も十分楽しいですし」


「……うーん、これが今時の子の価値観って事かしら?」


「辞めてよ沙耶香。私達がオバサンみたいでしょ」


 世代の問題なんだろうか。単に私が恋愛初心者過ぎるだけだと思うんだけど。そんなにすぐ付き合うのも、何か変な気もするし。


「あんまり私達が首突っ込むのも良くないだろうけど、ちゃんとハッキリはさせた方が良いわよ」


「そうよ。気付けば他の女と、なんて事もあるから」


「ぇ゙っ!? そ、それはちょっと……」


 それは困る。そんなのは嫌だ。あの時は、キープじゃないって言ってくれたから、それで良いんだと思っていたし疑わなかった。

 もしかして、これってダメなんだろうか。何かもう、いつか自然とそうなるものだと思っていたから。

 知り合ってまだ1ヶ月ぐらいだし、ちょっとぐらい待っても良いと思っていた。


「二股出来る様な器用なヤツではないけどね、それとこれは別」


「曖昧にしておいて良くなる事はないわ」


「ど、どうしたら良いんでしょう?」


 どうやら良くないらしい事は分かったけれど、じゃあどうすれば良いのかが分からない。こう言う時は、普通どうするの? 世の恋人たちは、どうやって来たの?


「今すぐじゃなくても良いけど、長引く様なら自分から行きなさいね」


「そうね。あの様子なら楽勝でしょうし」 


「自分から、ですか。やり方がイマイチ……」


「ならお姉さんが教えてあげよう!」


 そうして教えて貰った方法は、少々口にするのも憚られる内容で、何て言うかわりとエッチな方法だった。

 要するに押し倒してしまえ、みたいな感じなんだけど。ただその持って行き方がこう、大人な感じで。私には相当ハードルが高い。


 バーベキューの準備と下拵えの最中にこんな会話がされている事を知らない真は、コテージの椅子に座って呑気に欠伸をしていた。

 大人の女性陣監修の思春期男子の落とし方が、真に奮われる日が来るのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る