1章 第40話

「お帰り~お二人さん。お楽しみでしたか?」


「オッサンみたいな事言うなよ、さや姉」


「えっと、その、楽しかった、です。」


 何だかんだで結構充実した時間を楽しめたまこと君と私はコテージに帰って来た。こんな何も無い山の中でも、案外楽しめる事を知れて良かった。

 ただの散歩デートだったけど、結構楽しかった。


 以前までの私なら、こんな経験をする事無く大人になっていたのは間違いない。そんな事をして何が楽しいのかと、アウトドアに否定的な人はいるし私もそっち寄りだったけど、考えを改める良い機会になった。


 やってみないと分からない事は結構多いんだと、最近実感する事が多い。なんせ恋愛なんて興味が無かったのに、今やこの隣に居る男の子の事が愛おしく感じているのだから。

 知り合ってすぐ結婚する人達が全く理解出来なかったけど、今ならちょっと分かる気がする。


「まだ皆帰って来てないんですね」


 コテージには私と真君、そして竹原たけはらさんしか居ない。それなりに長い時間散歩してたんだけどね。


「そろそろ帰って来るんじゃない?」


「あれから2時間ぐらいか。流石に小春こはる達は帰って来るだろ」


 そんな事を言っていたら、小春ちゃん達サウナ組がコテージに戻って来た。サウナで2時間も過ごすなんてと不思議に思っていたら、どうやら水樹みずきちゃんのファンの女の子達に出会ったり、ナンパされたりと色々とあったらしい。


 そりゃ水樹ちゃん達は美人揃いだものね。注目されない筈もなく、ナンパだってされてもおかしくない。もしかして、さっきの二人組も彼女達にあしらわれた後だったのかも知れない。


「なぁなぁ、ウチらこんなん借りて来たやけど皆でやらん?」


 友香ともかちゃんがバドミントンを始めとした、素人でも簡単に遊べるスポーツ用品を持っていた。

 こう言うのもレンタルで借りられるらしい。私が思っていた以上に、今は手軽にキャンプが楽しめるみたいだ。

 これだけあれやこれやと現地で用意されているなら、誰でも簡単にアウトドアを楽しめるだろう。

 私の様にインドアと言う名の、半引きこもりみたいな人間でも楽しいのだから。


 それから私達は、色んなスポーツ用品を使って遊んだ。正式名称は分からないけど、ボールをキャッチし合う、ラケットみたいな道具を使う球技とかフリスビーとか。

 運動オンチな私は苦戦する事の方が多かったけど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 そうやって遊んでいるウチに、カナちゃん達もコテージに戻って来た。そろそろ日も落ちる時間だから、ちょうど良いタイミングだった。


 何と3人はそれなりの戦果を得ていた。ニジマスやヤマメなど数匹の川魚を釣って帰って来たのだ。高校生のお遊びとしては上々の成果と言える。

 キャンプ客を飽きさせない為にある程度、養殖の川魚が放流されている結果なのだが、そんな事は重要ではない。

 こうして釣果が出る事に、釣りの醍醐味があるのだから。


「やるやんアンタら、よう釣れたな?」


「いやそれがな、結城ゆうきが結構上手くてさ」


「ちょっとだけやった事あるだけだよ」


 そう言えば、カナちゃんのお父さんが釣り好きだったっけ。何回も海で釣りをした事があるんだよね。

 本人も嫌いじゃないって言ってたから、当然の結果なのかも。……私は絶対に餌の虫とか触りたくないんだけど、カナちゃんは慣れてるから平気なんだよね。私は絶対にやりたくないけど。

 


「勝手に持って来て悪いんだけど、佐々木さん川魚って捌ける?」


「多分、大丈夫かな。川魚はやった事ないけど魚料理は出来るから」


 海の魚とはまた違うんだろうけど、大体は同じだと思う。今はネットで調べれば、簡単に調理法が見つかるのだから問題はないと思う。

 カナちゃんだって、それを分かって持ち帰る判断をしたに違いない。


「ふーん、佐々木ちゃん料理出来る子なのか~。真ってそう言うタイプに弱いのね」


「なんだよ。良いだろ家庭的で」


 沙耶香さやか涼香りょうかは自立した大人の女性であるから、当然自炊ぐらいは出来る。ただ自炊が出来る事と、料理を得意とする事には大きな差がある。

 キャンプでバーベキューをする程度ならば、自炊が出来るだけの人間で十分だ。しかし魚を捌くとなると、知識と経験が必要になる。

 大して料理が出来る訳でもない人間が釣りをして、魚の捌き方が分からなくて失敗するのはわりと良くある話だ。


 それはそれで楽しかったりもするが、この集まりでは心配無用だ。かつて祖母に様々な調理方法を教わった鏡花が居る。

 共働きの両親によって、頻繁に母方の祖母に預けられていた結果がここで活きる。


 鏡花の祖母は、女性は料理が出来て当然とする世代だった為、当たり前の事として鏡花に料理を教えた。それこそ味噌汁の出汁から、魚の捌き方まで。

 現在は魚の三枚おろしなど、出来ない親も少なくない。そんな時代に生まれながらも、昭和の教育を受けた鏡花は大体の調理法をマスターしていた。

 教わっていた当時の鏡花は、誰かに食べさせる未来なんて想像していなかった。ただ、料理が楽しいから続けていた。


 結果から言えば、好意を抱いた男の胃袋を完全掌握するに至った。案外、大した理由もなく身に着けた技術が、思わぬ所で役立ったりする。


「アンタはキョウにお弁当作って貰ってるもんね」


「あらあら~? もう胃袋まで掴まれてるんだ?」


「さや姉だって食えば分かる。鏡花の料理は美味い」


 そろそろ弄られ慣れて来た真は開き直りつつあった。鏡花との関係を認めるなら、さっさと交際すれば良いのだが、恋愛オンチの真が変な拘りを持っているせいで停滞している。


 鏡花も鏡花で、積極的な接触を求めるわりには、自分から交際を申し出る勇気はない。

 何とももどかしい関係になってしまった。もう殆ど付き合っているのと変わらないが、当人達にはその自覚がまるでない。


 付き合い始める前の絶妙な関係性が、思いのほか楽しかったりするから。ついついそんな状況に、甘えてしまうのも無理はない。

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