1章 第36話

 1泊2日のキャンプに向かっている鏡花きょうか達一向。まことの従姉である竹原沙耶香たけはらさやかと、山下水樹やましたみずきのマネージャー、緒方涼香おがたりょうかの2人が運転する2台のワゴン車が山中を走り抜ける。

 鏡花達が暮らす美羽みう市は、山へも海へもアクセス出来る。ある意味で便利な土地柄だ。鏡花の様なインドアな人間には、殆ど関係ない事だが。


 真と小春の自宅から、2時間程走っただろうか。周囲はもう一面が緑に染まっている。山の中なんて、どこも似た様な風景かも知れないけれど、鏡花にとっては新鮮だった。こんな風に遠出なんて、殆ど経験がないからだ。


 両親の不仲は、鏡花が中学に入る頃には本格化していた。こんな風に車に乗って出掛けること自体が、そもそも久しぶりだった。

 友達と、そして好きになった男の子と一緒に居るのに、複雑な気持ちを抱いてしまのも仕方がない。

 でも、それは今出すべきものじゃない。鏡花は心の奥底へ、生まれてしまった苦い気持ちを仕舞い込んだ。


「あとはそうだな~真が8歳ぐらいの時かな、俺が小春を守ったんだって言うからさ」


「なあ! もう良いってその話は!」


 車内では竹原さんによって、真君の恥ずかしい過去の数々が暴露されていた。


「あぁ~あれか。懐かしいね」


「偉そうに何から守ったのかと思ったらさ、ただのチワワだったんだよね」


 うん、まあそれぐらい子供の頃だと、小型犬も大きく見えちゃうよね。でもそれで誇ってしまう真君、ちょっと可愛いかも。


「フフッ」


「真って案外カッコつけたがるよな」


「それな~ちょっと前までキョウの前では気取った喋り方してたし」


「やめろやめろ!」


 え、そうなんだ。あれはまだ、それほど仲良く無かったからじゃ無いんだ。てっきり私との会話に慣れて無かっただけだと思ってた。

 そう思って真君を見ると、恥ずかしそうに視線を逸らされてしまった。何だか可愛いなぁ。こんな対応をする事もあるんだ。

 前に真君が言っていた、色んな表情が見たいって言うのが、少し分かった気がする。



 そんな風に、主に真が弄られるだけの会話が繰り広げられている間も、2台の車は山中を進んで行く。

 市内は少し暑いぐらいの気温だが、山の中はちょうど良いぐらいの気温を保っている。開け放たれた車の窓からは、楽しそうな鏡花達の笑い声が木霊して行く。


 いつの間にか鏡花の中にあった、暗い気持ちは何処かへ消えていた。楽しい青春の思い出で、鏡花の抱える暗い部分が塗り替えられて行く。

 本来の佐々木鏡花と言う女の子は、そこまで暗い性格では無かった。複雑な家庭環境の影響で、明るい部分が鳴りを潜めてしまっただけで。

 真や小春達との出会いのお陰で、少しずつ本当の鏡花へと戻りつつあった。小心者な所は生来のものだが、こうして友人達と楽しく過ごす姿こそが、鏡花のあるべき姿なのだから。

 ちょっとずつ成長を続ける平凡な女の子は、陽の光を浴びながら心から笑っていた。





「と言う事で到着だ若者達よ! 男子達は重い荷物を任せる!」


 予定より少し遅くなってしまったけれど、無事キャンプ場に到着した私達。山中に用意された駐車スペースに車を停めて、様々な荷物を運び始める。

 それほど大荷物ではないけれど、食材なんかは結構な量がある。大人と男子高校生を含めた10人分。重量もそれ相応だ。


 鏡花達女性陣は、無理のない範囲で荷物を持って移動だ。鏡花はこの中で一番貧弱なので、残念ながらあまり貢献は出来ない。

 適当に持てるだけ調味料や食材の一部を運び出す。


「私たちが使うコテージは、あの赤い屋根のコテージね」


 竹原さんが指差したのは、結構な大きさをした木造の建物。大人と高校生で10人ともなれば、それだけ大きな建物が必要になる。

 このキャンプ場は、そう言った大人数でも利用出来る点が売りらしい。見た目は簡素な作りではあるけれど、2階建てのしっかりとしたコテージだった。

 10人で泊っても狭苦しくはないだろう。


「あなた、大丈夫? 無理しないでね」


「だ、大丈夫です」


 小柄で如何にも貧弱そうな鏡花を心配して、水樹のマネージャーである緒方涼香が声を掛けた。

 華やかな沙耶香とは違い、少し長めの黒髪をポニーテールに纏めている。マネージャーとして同行しているので、彼女は今もスーツ姿だ。

 水樹に似て、彼女もまたクールな印象を受ける女性だ。鏡花は挨拶した時、社長秘書とか似合いそうだと思った。


「せやで鏡花、こう言うのは脳筋共に任せたらエエ」


「僕は脳筋じゃないんだけどね?」


 たまたま近くを通った高梨たかなし君が一言申して行く。中学時代から付き合いのある友香ともかちゃんとは、気の知れたやり取りがいつもの様に繰り広げられる。


「細かい事言いなや。ほれほれ、がんばれ」


「鏡花、片方持つわ」


 私が無理している様に見えたのだろう。水樹ちゃんが片方のビニール袋を持ってくれた。

 重量的には問題なかったのだけど、持ち手の紐が腕に食い込んでて痛かった。正直、結構助かった。


「ありがとう。て、水樹ちゃん凄いスタイル良いね……流石モデル」


「これ、維持が大変よ」


 私服の彼女は初めて見た。乗った車も別々だったし、出発もバタバタしたし殆ど姿を見れていなかった。

 こうして改めて見ると、小春とはまた違った美しさがある。丈の短いシャツを着ているからお臍周りが見えている。

 露出した細い腰のくびれは、同性の私から見てもセクシーだ。どうやったらあんなウエストになるんだろう。


 下はシンプルなジーンズだけど、足が細くて長いから凄く映える。キャンプだから普通のスニーカーで来ているけど、ヒールの高い靴なら更にカッコいいだろう

 。こんな風になれたらなぁと憧れはするものの、この体格差はもうどうにも埋まらない。


 私の体型的に友香ちゃんが近いけど、あの明るいムービーメーカーっぽさは出せない。

 そんな彼女は、カジュアルな恰好だった。ダボっとしたズボンに、ピンク色のパーカー。

 確か、ストリート系って言うんだっけ。小春ちゃんに最近教えて貰った。元気で明るい彼女に良く似合っていた。


「小春ちゃんに聞いたよ。私には無理そう」


「痩せたくなったら教えてあげる」


「なんやダイエットか? 鏡花は瘦せるほど肉ないやろ」


「うひっ!?」


 横から現れた友香ちゃんにお腹を揉まれた。いきなりはびっくりするから辞めて欲しい。


「ほら全然やんか。むしろ、肉付けなアカンのとちゃう?」


「それ、別の友達にも言われたよ。私って細すぎなのかな?」


 ちょっと前、似た事を麻衣にも言われた。太ってはいないから、あまり気にしてはいなかった。

 いや、まあ胸のサイズぐらいはね、気にはなるけどね。カナちゃんが凄いから。


「大丈夫だと、私は思うけれど」


「甘いで水樹、男ってのはなぁ~肉付きエエ方が好きやねんで」


「はぁ。どうでも良いわよそんなの」


「太い方が良いって事? えぇ……男の子って分かんないよ」


 そんな会話をしながら荷物を運んでいく私達。この作業は女子よりも男子向きだ。3人が3人共体育会系の男子だ。

 サクサクと沢山の荷物を運び入れている。ちょうど次の分を取りに戻って来た真君と鉢合わせになる。


「なぁ、葉山もやっぱ肉付きエエ方がエエんやろ?」


「は? なんだ急に。何の話だ?」


「女の体型の話や。どうなん?」


「はぁ!? 何でそんな話を俺に聞く!?」


「ど、どうなの真君!?」


 それはちょっと気になる。太い方が良いって言うなら、私頑張るよ。頑張って太るぞ!

 まあ、私太り難いタイプだから、そう簡単にはいかないかも知れないけど。鶏肉を食べると大きくなると聞いた時は、毎日3食唐揚げを食べてみた。

 結果、何も変わらなかった。ついでにマッサージとかもしてみたけど、私の平凡なバストはそのままだった。

 脂肪が付き難いんだから、そっちも増えるハズが無かったのだ。……いや、今はそんな事どうでも良い。真君はどうなのかが大事。


「鏡花まで。いや、まあそれは」


「ほれ、はよ白状せーや」


「俺は、その。今の鏡花が一番好きかな」


 真君は、それだけ言うとそそくさと車に向かって行った。


「はぁ~。いっちゃんおもんない返ししよって」


「逃げたわね」



 そして、言われた張本人である鏡花は、照れ照れだった。チョロイン鏡花ちゃんである。聞きたかった事は何も聞けていないと言うのに。

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