1章 第35話

 GWに皆でキャンプに行こう。そんなプランが提示され、その提案に乗った鏡花きょうかだったが、出発する前から大騒ぎに巻き込まれた。

 巻き込まれたと言うか、騒動の中心人物であった。着飾った鏡花にまことが暴走してキスをしてしまうと言うまさかの事態。

 何とか収拾はついたものの、出発前からバタバタとしてしまうハメになった。


 道が渋滞していた為に、保護者組の2人と2台の車は到着が予定より押している。急いでいたので、初めて竹原沙耶香たけはらさやか緒方涼香おがたりょうかに出会うメンバーは、忙しない自己紹介になってしまった。

 そしてそんな慌ただしい出会いとなったのに、何故か鏡花は沙耶香の運転するワゴン車の、助手席に座らされていた。


 鏡花は強制的にこの位置に、沙耶香に押し込まれた。初対面の緊張で固まっていた鏡花に、ろくな抵抗なんて出来る訳がない。そのままあっという間に、2台のワゴン車は発進してしまった。


(な、なんで私が助手席に座ってるんだろう? 普通は真君か小春ちゃんじゃないの?)


 鏡花をここに座らせた本人、竹原沙耶香は非常に美しい女性だった。かつてモデルをしていただけあり、学校でトップクラスの美人である小春よりも更に上を行っている。


 髪型こそシンプルなミディアムだが、茶髪に入れた淡いブルーのインナカラーが良いアクセントになっている。大人の女性の纏う魅力と、クドすぎない華やかさが絶妙に合わさっていた。

 髪の隙間から覗く両耳に付けられたピアスは、有名な海外ブランドのロゴマークだ。ただ美しいだけでなく、収入もかなりあるのだろう。


 鏡花には分からないが、着ている服もきっと高価な筈だ。彼女が美しい故にそう見えるのか、そもそも高級品なのか。それとも両方なのか。

 いずれにせよ体のラインがハッキリ分かるピッチリとした白い七分丈のパンツと、真っ赤なジャケットが良く似合っている。

 身長こそ小春より少し低い様だが、それでも女性としては十分背が高い方だ。きっと小春が20代に突入する頃には、こんな風になっているだろう。


 鏡花にとっては正に理想的な大人の女性。いわゆるバリキャリと呼ばれるのはこう言う女性に違いない。

 両親に頼る事なく自立した大人になりたい鏡花は、彼女がとても眩しく見えた。そして同時に、自分とは違い過ぎてそこそこのダメージを受けた。


(こ、これが、大人の女性)


 す、凄い。何が凄いのか語彙力が足りなさ過ぎて表現出来ないけど、これが出来る大人の女。元モデルでファッション誌の敏腕編集。

 か、カッコイイ。こうなれたら良いけど、残念ながら持って生まれた素材が違い過ぎる。

 幾らメイクとファッションで底上げされたとは言え、元々が平凡で地味な普通のモブに過ぎない私では、ここまでカッコイイ女性にはなれない。

 けど、憧れるぐらいは許されるよね。こんな風になりたいなって。


 それは良いとして、何故自分がこうして助手席に座らされたのか分からない。今この車には、前の席の2人以外に真と小春、そして恭二が乗っている。残りのメンバーは緒方の運転するワゴン車に同乗している。

 メンバー的にどう考えても、ここに座るのは自分ではないだろう事は明らかである。一体なんの目的があってこんな配置にされたのだろうか。


「ねえ、あなた佐々木さんだっけ?」


「は、はい。そうです。」


「なんかゴメンね、アイツはまともに恋愛した事ないから、多分これからも変な事すると思う」


「い、いえそんな変だなんて。私も似たようなものですし……」


「お互い初めて同士って? 良いねぇ青春だねぇ」


 そんな風に言われると凄く恥ずかしい。真君の両親ではないものの、従姉であり親族である事は変わらないのだ。

 まだ付き合ってもないのに、キスしてる所を見られたのは中々に照れ臭い。あと、変な罪悪感も多少ある。

 悪い事をしたわけじゃないのに、粗相をしてしまったかの様な、不思議な感覚だ。


「おい、さや姉。鏡花に変な事言うなよ」


 先程まで後部座席で弄られまくっていた真君は、私と竹原さんが会話をし始めたのに気付いたのか、割って入って来た。

 まだ全然話し慣れていない相手なので、正直会話に混じってくれるのは助かる。


「変な事って? 真の初恋の相手が私とか?」


「だーーー!! 言うなって言っただろ!!」


「あんたねぇ。こう言うのは隠しとく方が後で揉める原因になるわよ」


「え、そ、そうなのか?」


 凄いさらっと、とんでもない事を暴露された。この女性が真君の初恋の人って。何で今、私の前でわざわざ言ったのだろう。

 大体あんな風にいきなりキスまでした癖に、私とは対極を行く様な美人が初恋の人だなんて。……この人にもそう言う事したのかな。

 そう思うと、ついジットリとした目で真君を見てしまう。


「ま、待て鏡花! 勘違いするな! さや姉とは何も無い」


「……まだ何も言ってないよ」


 気持ちを自覚するまで鏡花自身気付いていなかった事だが、実は結構嫉妬深いし独占欲も強いのだ。

 まともに恋愛なんてして来なかったから、露呈して来なかっただけで。家庭環境故の本能的な愛情への渇望と合わせて、結構面倒臭いのが佐々木鏡花と言う女の子だ。

 鏡花ちゃんに死ぬほど愛されて眠れない真君になってしまう未来が、もしかするとあるかも知れない。


「ま、コイツの言う通りでね。何も無いよ。と言うかあったら犯罪だし」


 そう言われたら確かにそうだ。10歳も離れているのだ。未だに未成年な真君と恋愛関係が過去にあったとすれば、普通にアウトである。

 両親の許可があればまた違うかも知れないが、余程の事がないとそんな許可は出さないだろう。


「初恋なんて言ってもね、小さな子供の単なる憧れだよ。お父さんと結婚する! みたいなやつね。」


「は、はあ」


「なあこの話もう良くないか? 恥ずかしいんだけど」


「あんたは黙ってなさい」


「はい……」


 む……何か親しげだな。従姉なんだから仲が良いのは当然かも知れないけど、何かちょっとモヤモヤする。

 小春ちゃんは2人で居るのを見慣れていたし、早々に友達になったからあんまり気にならなかったけど、私が知らない真君と仲が良い女性が、こうして存在するのは何か嫌だ。


 そんな事言っても仕方ないのは分かっているけど、気分的に喜べないのはどうしようもない。

 何も無いってのも、幼い子供の単なる憧れだと言うのも理解は出来るが、納得が行くかと言うとまだ難しい。

 隠さずに話してくれたのは感謝するけど、色々と複雑な気持ちになるのは変わらない。

 これがあれなのか、元カノの話が気になってしまうってやつ。竹原さんは元カノではないけど。


「ま、今は簡単には納得行かないかも知れないけどね」


「えっと、その」


 今まさにそんな事を考えていた事を言い当てられた。この人も小春ちゃんと同じエスパー?


「真がサッカー以外に本気になれたのは、貴女だけだよってのは覚えておいてね」


「……は、はい。」


 小春ちゃんみたいな事を言う人だ。いや、小春ちゃんが竹原さんみたいなのかな? 何でこんな話をしてくれたのだろうか。


「まあぶっちゃけさ~真みたいな運動馬鹿はね、女心なんてまるで分かんないからさ」


「馬鹿は言い過ぎだろ馬鹿は」


「なら真は女心分かるの?」


「いやそれは……」


 呆気なく黙らされる真君。大丈夫だよ、私も男心なんて全然分からないから。男子高校生はエッチな事ばっかり考えているって、そんなザックリとした知識しかないよ。……真君もそうなのだろうか?


「体育会系の男ってね、すぐどこまで行ったんだとか話合うんだから。良い迷惑よね」


「そ、そうなんですか?」


「酷い奴だと、誰とHしたとか自慢し出すからね。暴露された女子の気持ちなんて、何にも考えてないんだから」


「えぇ……」


 そんな事話すの!? 恥ずかしくないの!? 私なら、そんなのとてもじゃないけど出来ないよ?


 後部座席では、心当たりがあるらしいバレー部のエースが呻いていた。チラリと目線をやると、気まずそうに目を逸らされた。どうやら本当らしい。……男の子って、分かんないや。

 同じく後部座席に座っている小春ちゃんは、そうだそうだと言わんばかりに頷いていた。

 今更なんだけど、もう少し男子高校生と言うものを勉強した方が良いかも知れない。私の知らないとんでもない生態があるのかも。


「俺はそんな事しないぞ。何で他人に鏡花の事を教えないといけないんだ」


「そう言う話じゃないの、色々失敗するだろうけど、信じてやってねって話をしてるんでしょ」


「うっ……ま、まあ、そうかも知れないけど」


 それについては私も大して変わりは無いんだけどね。なんせ恋愛経験無しの彼氏居ない歴=年齢なんだから。……まだ真君と付き合ってはいないから現在進行形だ。先にキスだけしてしまったけど。


 でも、竹原さんの話も大事な事だ。竹原さんに小春ちゃん。友香ちゃんや水樹ちゃんと、真君の周りには美人美少女が沢山居る。それでも私を好きになってくれたと言うのは、確かに忘れてはいけない事だ。

 その事実に奢るのではなく、これから先も一緒にやって行く為に忘れないでおきたい。


 今更だけど、本当に物好きだよね? ゲテモノ食いの趣味がないか、今度聞いておこう。


「まあ出来は良くない弟分だけどね、真をよろしくね!」


 やっぱり小春ちゃんは竹原さんに似てるんだ。以前に小春ちゃんから言われた事と良く似ていた。こんな凄い人が身近に居たら、こんな風になりたいと思うのは不思議じゃない。


 友達のルーツを知れた気がして、鏡花は少し嬉しかった。そして従姉の竹原さんにも受け入れて貰えたみたいで、私はとても恵まれているのだろう。

 こんなにもあっさりと外堀が埋まって行く。至る所で歓迎ムードな幸運と、良い人達に囲まれた事に感謝しながら、鏡花はしっかりと頷きを返したのだった。

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