1章 第34話

 あれ? なんだろう? 私は今何をしているんだっけか。確か、キャンプの約束をしていたから、カナちゃんと一緒に真君の家に来てるんだよね。

 あ、そうか。まこと君のご両親が凄い人で、尻込みしちゃって泣いてたんだ。それで、真君の事好きなんだなって分かって。

 小春こはるちゃんにまた励まされて、メイクして貰ったんだよね。その後は、何だっけ? 思い出せないや。


「……ちゃん…………もう、鏡花きょうかちゃん!」


「はっ!? 私は一体……」


「もう、しっかりしてよね」


「か、カナちゃん私は、一体どうしたんだっけ?」


 途中までは思い出せるんだけど、何か一部にモヤが掛かったみたい。重要な事があった筈なのに、どうしてだろうか。また以前みたいに、衝撃的な何かがあった?


「ホント大丈夫? 葉山はやま君とキスしてから変だよ?」


「あ、あ~そっかそっか。真君とキスね。…………真君とキス!?!?」


「ちょっと、どうしたの? さっきしてたじゃない」


「え、え!? そうだっけ!? 私そんな事した!?」


 ば、バカな。この私が? このド陰キャモブ女が真君と、キスなんてする訳がないよね!? ……あ、そうか今メイクしてて、服装も小春ちゃんコーディネートだ。

 それで、何だか信じられないぐらい見た目に変化が出て。真君に見せようみたいな流れになったんだ。

 皆が凄い褒めてくれて、それで真君に感想を聞きに行ったら、行ったら…………ああああああああああああ!?!? してるよ! キスしてるよ!!

 な、なんでか真君がついやっちゃったみたいな感じで、か、可愛いくてついみたいな。ぬわぁぁぁあぁぁぁぁあぁ!!!! は、恥ずかしすぎる!!


 鏡花は衝撃のあまり、一時的に意識が飛んでいただけだ。何も覚えていない訳では無い。抱き寄せる真の力強さと、優しく抱き留められた感触を覚えている。

 以前に似た様な雰囲気になった時と同じ表情をした、物凄く真剣な真の顔を覚えている。そして、そんな真の顔が近付いて来て。

 鏡花がいきなりの事に驚いている内に、自然にキスをされていた。


 当然の事だが鏡花はこれがファーストキスである。今まで一度もそんな経験はない。だからこそ、衝撃的かつ刺激的過ぎた。

 やっと手を繋ぐ事に慣れて来た、小学生の様な恋愛感覚の鏡花だ。良くてせいぜい、中学生程度の感覚しか持ち合わせて居ない。


 真と交流し始めて、まだギリギリ1ヶ月経って居ない程度の期間。その間にも色々と刺激的な事はあったが、それでもキスまで行ったのはあまりにも急だった。

 そう、鏡花にとって急な展開だったが、同時に鏡花の持つ愛を求める欲求は、より高まっている。

 真への好意を自覚する、と言う点においては非常に子供っぽい面があった。しかしそんな幼稚さとは裏腹に、鏡花の中には強い愛欲が芽生え始めていた。

 年相応の欲求として。恋愛経験に乏しく、知る機会が無かっただけだ。肉体的接触を伴う、愛情表現を。




「鏡花ちゃん落ち着いた?」


「な、なんとか。真君の顔見れないかも」


「まあ、それはね。仕方ないかもね」


 自分が真君を好きになったと、気付いたのはついさっき。それなのにもうキスまでしちゃうなんて。

 GWに真君とキスするよって未来の私に言われても、昨日までの私なら絶対信じないよ。

 まあ、でも、ちょっと嬉しくもあるのは間違いない。だって、初めて好きになった男の子だよ。その男の子が、メイクで綺麗になった私を見て、衝動的についやっちゃった。嬉しくない訳がない。

 平凡で地味なモブ女とて、そう言う事に憧れが無い訳じゃない。


 あの学校でも人気のイケメン男子が、真君が私を求めてくれた。何だか凄くフワフワして来る。暖かい気持ちで溢れかえっている。

 キスされるのは全然嫌じゃない。むしろ、もっとしてくれて構わない。そう、。もっと、もっと、もっと。あぁ……


「へへへ……ふへへへ。うひひ」


「鏡花ちゃん壊れちゃった」


 佳奈は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、鏡花がおかしくなった気がした。だらしなく笑い出す直前だ。

 同性にも拘わらず引き込まれてしまう様な、普段の親友とは別人の様な妖艶な表情をした気がして。


(……うん、気のせいかな。それより、この壊れた鏡花ちゃんをどうしよう?)






 そんな風に鏡花が壊れたり魔性の片鱗を開花させ初めて居た頃、真は従姉の竹原沙耶香たけはらさやかに弄り倒されていた。

 それはもうたっぷりと念入りに。それはそうだろう。沙耶香の目線からすれば、弟分の真は生き甲斐であるサッカーを失い、絶望の淵に居たはずだった。

 その苦しみを本人は隠せているつもりの様だが、沙耶香や小春にはバレバレだった。全く吹っ切れておらず、溜め込んだ苦悩を抱え続けていた。姉貴分として何とかしてやりたかったが、こうして久しぶりに会ってみればあの有様だ。


 気晴らしに良いかとキャンプに誘った当日、待ち合わせ場所の真の自宅に行ってみれば、見知らぬ女の子とキスしている。

 何を見せられているのかと思った。小春達に異性としての興味を見せなかった真が、あれほど夢中になる女子が居たとは驚きだ。

 しかも、見た所はそれほど容姿に優れている訳ではない相手だ。可愛いのは可愛いが、普通の範疇だ。

 小春や友香、水樹には及ばない。そんな子を選んだのは少々意外であったが、案外そう言う恋愛は多い。


 まあ、ちゃんと恋愛出来ている様だからそれは良かったが。自分と幼い頃から一緒だったから、とんでもない高望みをする様になってはいないか。

 沙耶香にはそんな懸念が、多少なりともあったから。


「で、あの子の何処が好きになったの? 見た目は、可愛い方よね」


「小春みたいな事聞くなよ」


「って事は答えたんでしょ? 私にも教えてよ」


「ぐっっっ」


 小春に聞かれたのなら、真は答えた。答えさせられただろうと、沙耶香は確認を取るまでも無く把握する。


「最近はさや姉が2人居るみたいでキツイよ」


「それは初恋の女相手に言って良い言葉じゃないよ? キツイは酷いなぁ」


 沙耶香はニヤニヤと笑いながら真の反応を楽しむ。暫くこのネタで弄る気満々であった。


「ねぇもうそれ引っ張るの辞めない? 鏡花の前で絶対に言うなよ」


「俺、さや姉と結婚する! って言ってた頃の真は可愛かったのにな」


「やめろやめろ! 鏡花に聞こえるだろ!!」



 そう、竹原沙耶香は葉山真の初恋の相手だ。とは言っても、幼い頃の話。恋と呼ぶには程遠い、憧憬に近い感情だ。

 姉の様に構ってくれる、美しい女性にちょっと憧れただけの話。今の真が鏡花に向けている感情に比べれば、雲泥の差である。

 そう言う意味で言えば、初めて真剣に恋をした相手である鏡花もまた、初恋の相手と言える。

 別物ではあるが、憧れと恋は似ている。葉山真が初めて愛した女性と言う観点では、その相手は鏡花になる。異性として意識した相手と言う意味では、沙耶香になる。


 真にとっては複雑な気分だ。鏡花とのキャンプは非常に魅力的だったが、この女性も一緒と言うのはデメリットであった。

 保護者兼運転手として最有力候補である以上は、こうして甘んじて受け入れるしかないのだが。


「で、決め手は何なの?」


「それ答えないとダメか? 小春に聞けば良くない?」


「本人に聞くから意味があるのよ」


 結局真は、洗いざらい吐かされるのだった。まるで取り調べにあった犯罪者かの如く。もちろんカツ丼なんて優しさは皆無だ。

 これから出発だと言うのに、真にとっては先が思いやられるスタートとなった。半分ぐらいは自業自得なのだが。

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