1章 第33話
幸いにも大人組が渋滞で遅れている為、まだ多少の余裕があるとは言えギリギリには違いない。
マネージャーと一緒に来る予定の
せっかく鏡花がいつもより可愛い恰好をしていたから、もっと見ていたかったのに。ついさっき、今日初めて会った時は正直ドキドキした。
多分小春と買い物に出掛けた時、アイツがコーディネートしたんだろう。ハッキリ言って悔しいが、俺のセンスでは鏡花をあんなに可愛くする事は出来ない。
悔しくとも認めるしかないが、同時に良くやったとも思う。鏡花の良さを上手く活かした姿だった。
素朴で目立たないが女子だが、決して劣っている訳ではない。ただ本人が小心者で自己評価が低いせいで、良い所を上手く扱えていないだけだ。
華やかではないだけで、女性としての魅力はちゃんと持っている女の子なんだから。
「なあ
「俺が聞きたいよ。何か分からんが小春の家に居る」
「葉山、また何かやったの?」
「おい人聞きの悪い事を言うな翔太」
この
「せやけど、あんたが何かやった時は大体小春と2人になるやん」
おいおい待ってくれよ。鏡花に何かあると、俺が何かしたと決めつけるのはおかしくないか?
俺はただ両親の話をしただけだぞ。翔太と言い
「あ、もしかして」
「なんだ
基本的に
気付けば2人を呼び捨てで呼ぶようになっている。醜い嫉妬なのは分かっているが、もし恭二が鏡花を名前で呼び捨てにしていたら、正直あまり気分は良くない。
アイツは多分、その辺を察してくれたのだと思う。ガサツな面は大いにあるが、気遣いが出来ない男ではない。
「多分だけどね。葉山君の両親が凄いから、立場の差を感じちゃったんじゃないかな?」
「そう言う事か。葉山、お前はもう少し配慮を覚えた方が良い」
「え、俺が悪いのか?」
「悪いとは言わんけどな。タイミングとかあるやろ」
「ま、そうだよな。初めて聞いた時は俺もビックリしたしな」
なんだよ、それ。そんなのどうしたら良いか分からない。俺の両親が有名人らしいのが原因だって言われても、そんなのどうしようもないじゃないか。
俺の生まれのせいで鏡花が落ち込むって言うのか? そんなの、どうしようもないじゃないか。それに立場って、大昔じゃないんだから。
「いやー悪いね。お待たせ」
ようやく小春が家から出て来た。どれだか待たされたか。小春が何の説明もしないで鏡花を連れて行くから、話がややこしくなったんじゃ、ない……か。
「どうよ、このキョウ。良くない?」
「きょ、鏡花ちゃん!?」
「へぇ~。鏡花って結構化けるやん」
「これは、僕も驚いたよ。神田が目を付けるだけはある」
「おお、結構いいんじゃね」
小春にメイクを施され、いつもとは違う装いの鏡花を見て全員が驚いている。美しいは作れると言うが、今まさに鏡花がそれを体現していた。
物凄い美人になったのではないが、十分な華がある。過剰な施しではなく、丁寧でナチュラルなメイクだ。
「きょう……か?」
真は生まれ変わった鏡花を見て、思考が停止していた。以前に見た様なごく普通の私服姿と違い、ちょっと大人っぽく見えるワンピースを着て来ただけでも、真には十分すぎる火力があった。
根性で喜び具合を悟られない様にしていたが、もし2人きりで会っている時なら危なかっただろう。また理性がゴリゴリと削られたのは間違いない。
そんなギリギリで耐えていた真の正気は、もう限界を迎えていた。メイクにより更に磨きが掛かった、いや初めて磨かれた原石が真の前に提示された。
鏡花と言う宝石は、葉山真と言う男を狂わせるには十分過ぎる輝きがあった。それに何より、直前の会話が不味かった。
親は関係ない。この女の子を、諦めたくない。そんな気持ちが、溢れていたから。
「あ、あの。どう、かな?」
固まって動かない真の目の前に来た鏡花は、躊躇いがちに感想を問う。だが、真はもう鏡花しか見えていない。
今自分が置かれている状況すら、考慮出来ない程に夢中になっていた。佐々木鏡花という、惚れた女の子に。突き動かされる衝動に真は抗う事が出来ない。
「えっ?」
大好きな女の子を優しく傷付けない様に、しかし同時に、欲望に支配された力強さも併せ持った絶妙な荒々しさで鏡花の腰を抱き寄せた。
以前と違い、今回の真はもう完全に我を失っている。幼馴染の異常に気付いた小春が止めようとするよりも早く、真はそのまま鏡花の更に可愛くなった顔に吸い寄せられた。
「んっ!?」
真は鏡花の唇を、今度こそ奪っていた。その場に居た全員が唖然とする中、10秒ほど交わされたキスは終わりを迎える。
唇に感じる柔らかな感触で、ようやく真が正気を取り戻したから。
「……あっ!? いや、ちがっ! ご、ごめん鏡花!! 俺、そんなつもりじゃ」
「…………あぇ?」
「はぁ~~~アンタさぁ」
何て事をしてしまったんだと自分の行動に驚く真。あまりの事態に思考が停止した鏡花。
そして幼馴染がこれほどの暴走をするとは、思っても居なかった小春は頭を抱える。何ともカオスな状況になってしまった。
「こんな朝っぱらから人前でキスするか? 葉山ってアホなん?」
「ハハハハハ! 真お前、がっつき過ぎだろ!」
「葉山……」
それぞれがそれぞれの反応を示す。佳奈なんて真っ赤になって固まっている。突然親友のキスシーンを見せられたのだ、さもありなん。
「ち、違うんだ! 鏡花がすげー可愛いくなってて、気が付いたら! わざとじゃないんだ!」
「……わた、しが、可愛い? ホントに?」
「あ、ああ! それは本心だ! 鏡花ごめん! こんな形でキスなんて、するつもりじゃぁ」
本当になんでこんな事をしてしまったんだ。この前のアレのせいか? 何にしろここは頭を下げる他ない。そう思って頭を下げた時だった。
「へぇ~。じゃあどのタイミングでするつもりだったの?」
今一番聞きたくない声が聞こえた。嘘だと言って欲しい。いや、分かっている。ここで待ち合わせをしていて、もうすぐ到着するのも分かっていた。
ただ、俺が正気を失ってこんな暴挙にさえ出なければまだ軽傷で済んだ筈なんだ。鏡花の事が好きだと、バレるぐらいならまだい良い。
だが、これは不味い。非常に、よろしくない。
「ほらほら、お姉さんに言ってみ? どういう感じでキスまで行くプランだったの?」
ああ、終わった。俺のこのキャンプは地獄になるのが確定した。突然俺の背後からした声に、全員が気付いて俺の後ろに視線を移している。
何で、こんな時に。こんな最悪のタイミングで来るんだ。
ギリギリと錆び付いたブリキの人形みたいに、ゆっくり後ろを振り返った俺の目に飛び込んで来たのは、昔からよく知っている、嫌と言う程知っている女性。
俺の従姉、
「さ、さや姉。い、いつから見てたんだ?」
「ん? 真がその子にキスする所からだよ?」
はい、終了。終わった。何が悲しくて身内に暴走してキスした所を、絶対に弄り倒してくる相手に見られないと行けないんだ。
俺が何をしたと言うのか。…………いや、してるな。付き合っても居ない女の子相手にキスしてるな。これが、その罰だと言うのか。
「さあさあ、キャンプはこれからなんだ。じっくりと、たっぷりと時間はあるよ真?」
とても楽しそうに笑う絶世の美女が、俺には地獄からの使者に見えた。
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