1章 第28話

 そろそろ4月の終わりが近付いて来た頃、鏡花きょうか達は今日も屋上でお昼を楽しんでいた。小春こはるの宣言通り、レジャーシートを3枚並べて敷いている。清掃が行き届いているとは言っても、ここが屋外である事は変わりない。無いよりもあった方が快適なのは間違い無かった。

 鏡花達が屋上に居るのだから、本日も当然ながら養護教諭の阿坂燈子あさかとうこも屋上でお昼休みを取っている。

 食べた総菜パンの袋を、コンビニの名前が書かれたビニール袋に入れ喫煙を始める。最近定着したこの光景を知っているのは、真上で爛々と輝く太陽のみ。



 鏡花が真にお弁当を作って来る様になったが、毎日は流石に食費を払うと言いだしたまこと。お礼だから気にしないで良いと主張する鏡花。

 意見が分かれたので話し合い、結局見送り役をする月水金の週3回だけ、お弁当を作る事に決まった。


 今日は金曜日なので、真のお昼ご飯は鏡花の作った弁当である。自分の分しか作っていなかった頃に比べ、鏡花が作るお弁当は結構豪華になっていた。

 昨晩残った夕食の余りを減らし、朝に新たに作る品目が増えていた。当然ながら真は、その事実を知りはしない。


 鏡花が作ったお弁当。作ったの前に、『だいぶ気合を入れて』と言う形容が入るのだが、その事実に気付いているのは昔からの親友である、結城佳奈ゆうきかなただ一人であった。相当気合いを入れている事に佳奈は気付いているが、あえて黙っていた。

 鏡花本人がどうしてそこまでしているのか、自覚がない様子だったからだ。これは自分で気付く必要がある、それが親友としての判断だった。


 鏡花はまだ気付いていない。純粋かつ熱烈な好意を向けて貰った事で、刺激された自身すら無自覚な欲求。歪なな家庭環境だったせいで、不足していたもの。

 それは。もうかれこれ数年間与えられ無かったお陰で、鏡花は愛に飢えていた。本人も気付かないうちに。


 本当ならこんな風に、真の様な相手と仲良くする事は出来ない。お弁当を作って来る、なんて言う積極性は発揮しない。真の様な男に手を繋がれたら、平然としていられない。それらは全て心の奥底、殆ど本能に近い衝動が関係していた。


 所詮はまだ高校生、愛を語れるほど成熟はしていない。ましてや真は恋人なんて居た事が無い。まだまだ青臭い好意に過ぎないが、それでも鏡花はそれが欲しい。

 この不器用な男の愛情を、無意識に欲している。知ってしまった温もりを求めて、こんな事をしている。

 だからこそ、自覚する必要がある。好かれる為にやっている自分に。自分が望む未来の形を。

 


 こんな事になるまでは、親友の佳奈と麻衣ですら気付けなかった事がある。それは、鏡花がちょっとだけ…………わりと中々に、重い女の子である事実に。

 葉山真が如何にして上手く、ちょっとヤンデレさんの素質を持つ鏡花を上手く扱うのか、それは彼の度量次第だ。






 人数が増えて新しくなった小春グループは、暖かな日差しを受けながら昼食を取っている。いつもの賑やかな会話の中で、小春がある提案を持ちかける。


「ね~今度のGWさぁ、皆で遊びに行かね?」


「ええやん!」


「俺は構わないぜ」


 小春の提案に即座に反応したのは水島友香みずしまともか村田恭二むらたきょうじの2人。彼女らは楽しい事最優先で動く傾向がある。この2人が即答でオッケーするのは当然だった。


「また急だな小春」


「いつ行くの?」


 どちらかと言えば突っ込み役に回る事が多い、葉山真と山下水樹やましたみずきは慎重派らしい反応を示す。


「待ちなよ村田。僕たちは部活との兼ね合いがあるだろ。」


「カナちゃんもだよね」


「うーん、そうなるかなぁ。」


 この中で部活動をしているのは3人居る。高梨翔太たかなししょうたの言い分は最もである。バレーボール部の恭二、ラクロス部の翔太。そして吹奏楽部の結城佳奈の3人は、そう簡単にイエスとは答えられない。


「だーいじょぶよ。土日にするから。」


「ああ、それなら大丈夫だね。」


「私も特に問題はないかな」


 彼らが通うこの美羽みう高校は、土日に部活動をやらない学校だ。昨今問題になっている、教師の労働環境に関して配慮された結果である。

 土曜はともかく、日曜まで顧問の仕事があるのでは実質休みが無い様なもの。教員不足の問題もあり、労働環境改善が必要になったのだった。


「待って。私はマネージャーに聞かないと」


 水樹は読者モデルをやっている。当然自分のスケジュールは把握しているが、急な仕事が入る事もある。あまり勝手に出掛ける訳にもいかない。


「ああ、それも大丈夫」


「どういう事?」


緒方おがたさんも一緒だって」


「おい小春、まさか……」


「そだよーさやねえのお誘い」


「それなら私も問題ないわ」


 水樹と小春が仲良くなった理由、それは話が合うからだけではない。それぞれに共通する、とある知人の存在が関係していた。

 水樹のマネージャーである緒方涼香おがたりょうかは、小春と真に関係が深い女性、『あの人』こと竹原沙耶香さやかと同級生で友人だったからだ。


「どういう事だ?」


「あぁ、すまん。友香と水樹以外知らないよな」


「僕は心当たりあるよ。前に何度か見た事ある女性でしょ?」


「ああ、それで合ってる。俺の従姉で竹原沙耶香って人が居てな」


 真により従姉である事や、どういう人なのか説明されていく。10歳年上の女性で、真と小春が小さい時から面倒を見てくれた女性。

 正しくは真が遊ばれていただけで、若干苦手意識がある存在。小春にとってはメイクやファッションを教えてくれた姉の様な存在だ。


 沙耶香もモデルをしていた時期があったが、早めに引退してファッション雑誌の編集になった。今は若い女性向けのファッション誌の編集長をしている。

 そんな彼女がまだ学生だった時代、同じくモデルをしていた同級生が、水樹のマネージャーをしている緒方涼香である。2人は友人関係にあり、たまに水樹は沙耶香の雑誌に載る事がある。


 沙耶香の仕事に関係するからと、水樹もこうしてお誘いが受ける事があるのだ。沙耶香は新たなインスピレーションを求めて、こうして真達を連れて出掛けるのだ。

 その時々で行先は変わる。テーマパークだったり海だったり。そこで遊ぶ小春達を見て、新しい企画を考える人なのだ。                    


 一番スケジュール調整が難しい水樹でも、マネージャーが同行していれば話は変わる。水樹は沙耶香とも仕事で何度も顔を合わせていたし、小春や真と親交を深めて以来は、沙耶香とも親しくなっている。

 何なら次の企画で採用されるかも知れない。半分遊びで半分仕事みたいな状態だ。事務所もダメとは言わないだろう。

 そうなって来るともう障害らしい障害はない。これで決まったも同然、の筈なのだが。


「てな訳でGWはキャンプに行くぜい!」


「えっっっ!?」


「うん? どうした鏡花?」


「え、いや。だってキャンプでしょ?」


 そう問う鏡花の顔色は悪い。キャンプと言い出すまで普通にしていたのだが、様子がおかしい。


「そだよ。何か問題ある?」


「……あの、キャンプなんだよね? 現地住民を怒らせるっていう! 迷惑行為で有名な!」


「あんた何言うてんの?」


 鏡花の知識は、とても偏っていた。キャンプなんて、小学生以来まともに経験した事が無いのだ。だから鏡花の持つキャンプへのイメージは、ネット上で目にするもので固まっている。

 荷物やキャンプ用品を一切持ち帰らず、その場に捨てる様に放置して行く。そしてそんな客が複数居た事で、現地の住民は大層お怒りだ。

 そんな悪い奴らは大体友達な人々の、盛大な迷惑行為が鏡花の持つ印象だった。そんな事を熱弁した鏡花だったが。


「あのね、鏡花ちゃん」


「う、うん何?」


「そんな事、私達がやる訳ないでしょ?」


「……あっ」


「アハハ。キョウってホント変な事言うよね」


 佳奈の言う通り行くのは自分達なのだから、そんな事をやらなければ良いだけだ。未だに陽キャとパリピなイベントに対して、ネットの意見に影響されがちな鏡花であった。

 そんな頓珍漢な誤解は晴れ、学校にバイトとそれなりに充実した日々を送った鏡花は、ついにGWを迎える。

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