1章 第29話

 5月と言えば先ず最初に来るのはGWだ。鏡花きょうか達は高校2年に進級して、最初の大型連休を迎えていた。

 大型とは言え、学校はカレンダー通りなのでそれほど長期の休みではない。何だかんだで進学校ではあるのだ。校則が緩めで自由な部分も多いが、そう言った部分は甘くない。

 浮かれてないで勉強自体はしっかりやれ、と言わんばかりの通常授業を乗り越えた鏡花。特に問題もなく無事キャンプの日を迎えた。

 祝日はバイトも休みになる為、特に気兼ねなく出発する事が出来る。外泊する事は母親に伝えてある。大人の女性が引率するので、これと言った反対は無かった。



 今回のキャンプでは、大体の道具がレンタルだ。キャンプの経験など殆どない鏡花でも、道具類の心配する必要は無い。おまけに宿泊はコテージだ、寝袋も必要がない。必要なのは着替えぐらいのもの。

 キャンプだからこそテントで、と考える者も多く居る。しかし、こちらは年頃の女性が5人も居るし、引率するのも女性だ。

 しかもその殆どが美人か美少女と来ている。残る鏡花と佳奈かなにしても、軽薄なナンパ目的の人間であれば可能性はある。

 嘆かわしい事だが、キャンプに来た女性客を狙う事例は複数ある。安易にテントで宿泊など、出来る訳がないのだ。


 そんなわけで、キャンプではあっても荷物は最低限で良い。体力がない運動音痴の鏡花でも安心だ。

 アウトドアにしては身軽な装いで出発した鏡花は、最寄り駅で佳奈と合流する。鏡花と佳奈、そして麻衣は小学校の頃からずっと一緒だ。

 住んでいる地域は同じであり、3人の最寄り駅も同じだ。本当なら今日、麻衣まいもここに呼びたかった鏡花と佳奈だが、残念ながら予定が合わなかった。

 同じラクロス部である高梨翔太たかなししょうたと親交があるらしく、ちょうど良いと思われたが仕方ない。

 今回は縁が無かったと言う事になったが、屋上メンバーに麻衣が追加される日も遠くないだろう。


「何か久しぶりじゃない?」


「え? 何が?」


「ほら、鏡花ちゃんって大勢で出掛けるの、苦手だったじゃない?」


「あぁ~~~うん。そうだね」


 そう、佳奈や麻衣と違って鏡花は引っ込み思案な所がある。小春こはるまこと達の様に、最初からフレンドリーなタイプなら何とかなるが、そうでない相手とはあまり上手く行かないのが鏡花だ。

 その為、こう言った『皆でどっか行こうぜ!』系のイベントは大体参加しない。小学生の頃はギリギリ参加していたが、中学からは学校行事でもない限り不参加だった。


「だからちょっと懐かしいなって」


「そう、だね。確かに久しぶりかも」


「やっぱり葉山君が居るからなの?」


 それは、どうなんだろうか。こうして聞かれるまで、何も考えていなかった。いざ改めて考えてみると、真君の存在は大きいと思う。

 でもそれは、小春ちゃんだって同じだ。もちろんカナちゃんが来てくれるのも大きい。どちらかと言えば、誰が居るかよりも、心境の変化じゃないだろうか。


「うーん、多分私がちょっとだけ変わった、のかな?」


「変わったって言えばそうだね。最近の鏡花ちゃんは、前より積極的だよね。」


「え? そ、そうかな? えへへへ。私成長してる?」


 脱陰キャ計画を進め始めて1週間と少し。以前の自分では不可能だった行動を、色々とやって来た。周囲の人間に恵まれた結果だが、成長出来ているなら嬉しい限り。


「1歩ぐらいは、前に出れたかもね」


「た、たった1歩だけ」


「葉山君が絡む時だけ10歩ぐらい進むけどね」


「そ、そんな事ないよ!!」




 いつもの様に雑談しながら、駅の階段を昇っていく。集合場所はバイトの時にいつも降りる駅。真と小春の地元である中山なかやま駅である。

 2人は予定していた通りの時刻に電車に乗車した。流れて行く風景を眺めつつ、他愛のない雑談を続ける。最近観た動画の話だったり、サブスクや配信で観た映画やアニメの話だったり。

 趣味に関する部分は、やはり佳奈と麻衣の2人が鏡花には合う。逆に小春や真達とは、趣味が結構違う。ギャルや体育会系の集まりだ、合わない部分が出るのは仕方ない。


 特に鏡花はそうだ。書籍やアニメの話なら出来るが、女子校生らしい事はさっぱりだ。佳奈はわりと何でも、バランス良く嗜む傾向にある。

 メイクやファッションについても、多少なりとも知識がある。麻衣は元から身体を動かすのが好きだ。この集まりにもすぐ馴染むだろう。


 それが最近の鏡花の、ちょっとした悩みである。鏡花から提供出来る話題が無いのだ。芥川賞に選ばれた本の話題なんて、この集まりでは殆ど伝わらない。

 ライトノベルの話題なら、佳奈だけは分かるが、他のメンバーはやはりダメ。ゲームもやっぱり佳奈だけ。他に出来るのは料理の話題ぐらいだ。


 では料理の話題は、と言うとこれまた鏡花と同レベルに出来るメンバーが居ない。そんな訳で何とか馴染めはしたものの、まだ少し距離があるように思っている。

 だからもう少し、皆と仲良くなりたい。そう言う意味では、このキャンプは良い機会になるかも知れない。

 自分にキャンプなんてまともに出来るか不安はあるが、同時に期待感も持っているのだ。



 鏡花と佳奈が電車で揺られる事15分ほど。目的の中山駅に着いた2人は、改札をでて正面にあるロータリーへと向かう。

 約束の時間は午前10時。今は9時53分で少しだけ早い到着だ。早過ぎたかたと思った鏡花だったが、既に待っている人物が居た。


「おはよう鏡花、結城ゆうきさん」


「おはよう葉山君」


「お、おはよう真君」


 どうやら電車で来る2人を待ってくれていたらしい。確かに到着予定はチャットで伝えていたが、まさか待ってくれていたとは。


「いつから待ってくれてたの?」


「今さっきだよ。ウチの家から近いからな」


「あ、そっか。5分ぐらいって言ってたっけ」


 アルバイトの帰りにしている雑談の中で、そんな話をした事がある。小春ちゃんと真君の家は、駅からすぐの場所にある。ちなみに幼馴染の定番通り、2人の家は隣接している。


「そう言う事。鏡花それ重いだろ? 俺が持つよ」


「え? あ、ありがとう」


 アウトドアへ行くにしては軽装とは言え、それなりの重量だ。鏡花は旅行用のボストンバッグを真に渡す。


「結城さんのキャリーも運ぶよ」


「あ、大丈夫だよ。中身はそんなに入れてないから」


「そう? それなら行こうか」


「うん」


 鏡花に自覚はないが、ここ最近一緒に居る時間が増えた事で、2人の物理的距離感はかなり近くなっていた。つまり、どういう事かと言えば。




「……ねぇ、2人とも付き合ってないんだよね?」


「「え? そうだけど(そうだよ)」」



「いや、その距離感で言われても。ナチュラルに手まで繋ぐし」


 今結城佳奈の目の前で行われた光景は、どう見てもカップルのそれである。真が自然に空いている方の手で鏡花の手を握り、鏡花は鏡花でそれを受け入れている。

 その上肩が触れ合うぐらいお互いの距離が近いのだが、まるでそれが当然と言わんばかりの態度であった。


「えっ、へ、変だったかな?」


「変じゃないけどさ、あまりにも自然だから」


「俺、いつもと何か違う?」


「うーん。……いつも通りだけど」





「……あ、そう。さっきのは忘れて。気のせいみたい」


 結城佳奈は、考えるのを辞めた。どう見ても恋人同士の距離感なのに、2人の中ではまだ付き合っていない状態なのだ。

 これは中々のバカップルになるに違いないなと、佳奈の直感が告げていた。これまでプライベートと学校内では、対応を分けていたのだろう。恐らくは真の方が。


 佳奈の想像は大体当たっていた。真は学校内では普通の距離感を保っている。しかし今はプライベートだ。今日なんて特に、学校の人間と会う可能性は著しく低い。自重する必要はない。

 鏡花の方は、深層心理にある愛への渇望。葉山真と言う男への甘えと安心感が、羞恥心を麻痺させている。

 何だかんだ言いつつ、鏡花は真と手を繋いでいる時の温もりが気に入っている。その結果がこの光景なのだ。

 バイト帰りの逢瀬が重なり、2人ともこの距離感が当たり前になっていたのだった。本人達の中では、ただ仲が良い友人のつもりで。


 佳奈は内心で思った。もう付き合えよ、と。そして同時に戦慄した。幼馴染と言って良い親友は、実は魔性の女なのかも知れないと。

 鏡花に対する結構な好意を、彼が持っているのは理解したつもりだった。しかし実際はその程度ではない。

 この2人が纏まっている雰囲気は、かなり甘いモノがある。と言うか彼が、明らかに鏡花にのめり込んでいる。彼ほどに女性に恵まれた男性が、こんな風になってしまうのだから驚きだ。


(鏡花ちゃん、葉山君を完全攻略してるよ)

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