1章 第27話
翌日の火曜日。朝から
まだ教室には半分ぐらいの生徒しか登校して来ておらず、真と
「鏡花ちゃんどうしたの?」
「えっ!? いや、何でもないよ! うん大丈夫」
「……めちゃくちゃ挙動不審なんだけど?」
「そ、そんな事ないよー! いつもの私だよ! ほら!」
普段なら絶対に、こんなハイテンションで作り笑いをする事はない鏡花だ。当然そんな事を
「不審者もビックリの怪しさだよ」
「えぇっ!? そこまでじゃないでしょ!?」
「怪しいのは否定しないんだね」
「うっっっ」
「もう、今度は何なの? 昨日はバイト行っただけだよね?」
「そ、そう! いやー良い労働しちゃったよね」
そう、昨日は人生で初めての労働、社会に貢献した素晴らしき日である。それ以外に何もない。そう思いたい鏡花ではあったが、残念ながら一晩経っても忘れられ無かったのだ。
真に耳元で囁かれると言う、あまりにも衝撃的な出来事が。ASMR作品を楽しむぐらいだ、当然『囁きボイス』は鏡花の性癖に根深く突き刺さっている。
それを現実でやられてしまったのだ。簡単には忘れられない。それ故に、この妙なテンションの鏡花が出来上がったのだった。
「それだけでそうはならないでしょ」
「いや、もう本当にそれだけ! いやーもう24時間労働もいけちゃうよ!」
「そんな体力ないでしょ鏡花ちゃんは」
2人がそんなやり取りをしている間にも、地球は回っている訳で。時間と言うものは誰しもに平等。
無駄に過ごした時間は巻き戻らないし、心の準備をする時間は常に自分で作らねばならない。果たして鏡花はこれで心の準備が、出来ているのかは甚だ疑問である。しかし、時は無常。小春と真が教室まで来てしまった。
「あ! か、カナちゃん、ちょっとだけゴメンね!」
「えぇ!? もう何なの今日は!?」
親友の戸惑う声は今の鏡花には聞こえていない。これからやる事は結構な勇気が必要で、最近ちょっとだけ積極的になれた鏡花ならば、ギリギリ出来る範疇で。
変なテンションがそのあと押しをする事で、行動を起こす。……大体黒歴史を生産する時の、鏡花の平均的な状態である。
鏡花は、今日持って来たとあるモノが入った大きめの巾着袋を持って、真達が集まる小春の席へと向かう。
「み、皆おはよう!」
「キョウじゃん、おは!」
「おはよう鏡花」
「おう、おはよう佐々木さん」
それぞれが鏡花と挨拶を交わしていく。鏡花が妙にソワソワしている事に気付いている人間は、この場には居なかった。
小春と真は、多少の違和感を感じているものの、今日はやけに元気が良いなと言う認識だった。だからこそ、今回は珍しく真達が驚かされる側に回る。
「あ、あの! 真君これ、どうぞ」
「俺に? 鏡花、これなに?」
「なんなんそれ?」
「巾着袋、だねぇ」
鏡花が突然大きめの巾着袋を真に渡した事で、真達は困惑している。中身を知っているのは、今は鏡花だけだ。
その中身が少々問題であるのだが、そんな事は鏡花自身、自覚が無かった。昨夜からおかしなテンションが続いているので、全然頭が回っていないのだ。
「えっとね。ほら見送りして貰うのに、タダ働きも悪いなって思ってね」
「そんなの気にしなくて良いって」
「そうよ~マコをこき使って良いんだよ?」
そう言われても、小市民的な思考に肩まで浸かっている鏡花は黙って受け取れない。何らかの代償を用意しないと、気が気でならない。
「なんなん? 何かあったん?」
「あ、えっと、それはお昼休みにでも説明するね。」
鏡花はこのメンバーになら、見送り役の事を知られても良いと思っている。小春と真の友人達にまで秘密にする程の事でもないし、どうせ話す事になるだろうと思っていたから。
「お、お弁当作って来たの。私に出来るのって、これぐらいだから」
「……え? 鏡花が? これ、俺のって事?」
「うん、そう。昨日、喜んでくれたみたいだったから」
「い、良いのか!? マジで!?」
「見送りのお礼だから当然だよ」
鏡花が真へと出来るお返しなど、これぐらいしかない。料理以外に鏡花が得意な事は殆どない。だから今朝こうして用意して来たのだ。だいぶ気合を入れて作ったお弁当を。
「なあ、もうコレ昨日の答えちゃうん?」
「毎日玉子焼き、作ってあげるのね?」
「へ? あ、あああああ違う! 違うの! そういうのじゃなくて! これはお代みたいなので」
「そっか~キョウも案外やるねぇ」
突如出現したラブコメ時空に、クラスが包まれてしまった。相も変わらず鏡花はうっかりさんである。教室でこんな事をしたら、当たり前だが注目の的である。
微笑ましいものを見る視線が、鏡花と真に集まって行く。ちょっと壊れていた鏡花は、お昼休みまで待つとか、メッセージを送ると言った方法を取るだけの判断力を失っていたのだ。
鏡花と真の関係は、神田小春のお陰で揶揄し難いものとなったとは言え、元々そんな事をしていたのはごく一部の生徒のみ。
大半の生徒にしてみれば、こんなの面白イベントでしかない。特に元から2人の関係に好意的だった体育会系男子達は、面白いものが見れたと大騒ぎだ。
「おい葉山ー! 結婚式には呼んでくれよな!」
「披露宴の出し物なら任せろ!」
「くっ、女子の手作り弁当なんて! なんて羨ましい!」
「そうだぞー! 葉山爆発しろ!!」
「葉山はこっち側だと思っていたのに! 裏切者め!」
「お前ら好き勝手言いやがって!」
好き勝手騒ぎ始めたクラスメイト達への対応に追われる真が、普段は見れない様な姿だったからか、あちこちで笑い声が上がっていく。
最早ちょっとしたお祭り騒ぎである。体育会系の男子達からすれば、女子に興味がないと思っていた男が、急に興味を示す相手が現れたのだ。それだけでもう、十分面白いのだ。
どこまで行ったのか、などと聞くだけで盛り上がれるのだ。裏では2人がどうなるのか、賭けも行われていた。
少々現金な話であるが、男子達が2人を好意的に捉えていのは他にも理由がある。男子達からすれば小春と友香、そして水樹の三大美少女の誰とも真が付き合わないのであれば、自分にもチャンスの芽が残るからだ。
そりゃあ歓迎もすると言うもの。見ようによっては、最大ライバルが消えたとも言える。……まあだからと言って恋が実る可能性が、彼らにあるかはともかく。
一方で女子サイドはと言うと、やはり羨ましいと考える者も少なからず居るには居る。だが大体は、男子達と同じくエンタメとして楽しむ空気が広がっていた。意外にも普通の女子を選んだ葉山真。そして彼に選ばれた平凡な少女の恋愛。
そんな身近に起こったエンタメ性の高い恋物語は、実際良い話題のネタだ。シンデレラストーリーと言う程大げさな話ではないが、それでも中々に面白い見世物でもある。
それに頑張る健気な女の子を応援したり、恋バナのネタにする方が遥に楽しい毎日になるのだから。
より一層下世話な人間は肩身が狭くなる一方であり、もうこのまま自然消滅するしか無いだろう。
今更何かを言ってもこの空気では、殆どの者から白い目で見られるのがオチだ。こうやって日常の一部として認められた鏡花と真は、もう殆どクラス公認の状態と言えた。
ごくありふれた高校生同士の、微笑ましい青春の1ページが、こうして綴られて行く。
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