1章 第21話

 施錠され開いて居ない筈の、屋上のドアが開いて居る。まだ4月になって半ば頃。ちょうど良い心地良い暖かな空気が、屋上から校舎内に流れ込んで来る。

 開かれたドアの先に居たのは、美人で有名な保健室の先生。養護教諭の阿坂燈子あさかとうこ先生だった。

 真上から降り注ぐ陽光の下で立つ阿坂先生は、突然現れた私達を見て凄く嫌そうな顔をしている。


「チッ……またか不良生徒め」


「え~隠れて吸ってる教師には言われたくないな~」


「減らず口叩きやがって」


 どうやら阿坂先生と小春こはるちゃんは顔馴染みみたいだ。妙に2人は親しげというか、お互いに遠慮がないやり取りをしている。


「え? なんで燈子さんおるん?」


「どういう事?」


「あ~すまん、説明してくれ全然分からん」


「おい小春」


 何も知らない私達は、当然困惑するほかない。これはどういう状況なんだろう?


「ん? だから、阿坂先生はお昼密かにここでね、喫煙タイムしてんのよ」


「…良くそんな事知ってたね神田」


「阿坂先生ってタバコ吸うんだ」


「ビックリだね、鏡花きょうかちゃん」


 人気の美人教諭が、お昼休みこうして屋上で、密かに喫煙していた?またしても思わぬ展開を運んで来るなぁ小春ちゃん。と言うかなんで知ってたんだろう?多分誰も知らないハズだ。知られていれば今頃は、男子生徒が屋上に群がっているだろう。


「ったく。ぞろぞろ連れて、何しに来たんだ?」


 阿坂先生は美人な女性ではあるけれど、こうして男っぽい話し方をする先生だ。水樹みずきちゃんとはまた別タイプのクールビューティ。

 それがカッコイイと、女子生徒の中にもファンが居るらしい。私はあまり保健室に縁がないから良く知らないけど、確かにカッコイイ。声も低めで男役とか凄い似合いそう。


「先生の喫煙タイムを見なかった事にする代わりに、ここでお昼すんの見逃して欲しいなって」


「はぁ? 物好きな奴だな。……騒がず安全に使うなら、まあ良いだろ」


「さすが~! 阿坂先生は話が通じるねぇ!」


「電子タバコとは言っても、タバコはタバコだ。近くに来るなよ」


「分かってるって! てな訳でメシの時間だぜい」


「あ、ああ。てか、先に説明しとけよ小春」


「その方が面白いかなって」


 何か、阿坂先生って春子はるこさんみたいだ。そっくりではないけれど、似たタイプの人だと思う。それはともかく、あんまりゆっくりしていると、お昼食べそびれちゃう。

 喫煙タイムの先生からは、ちょっと離れた位置に陣取る私達。意外と屋上は綺麗にされていた。吹き曝しだからもう少し汚いイメージがあったけど、定期的な清掃はされているみたいだ。水道用の給水タンクとかもあるからかな?不潔だと不味いもんね。


「早く食べましょう」


「お~そうやね水樹。今日は何にしたん?」


「コンビニ弁当」


「鏡花は確か、いつもお弁当やんな?」


「う、うん。そう。」


「作ってるの?」


「そうだよ。ちょっと、面倒だけど」


「へぇ~やるなぁあんた。いい感じやん」




「ねぇマコ、次はレジャーシート持って来ない?」


「ここに置くのか? バレたら怒られるぞ」


「ならバレー部の部室に置くか? 俺の隣のロッカー空だし」


「それ採用! よろ~」


「おい小春、適当に決めるなよ」





「実は僕、結城ゆうきさんにちょっと用があったんだ」


「え、私? そうなの?」


「うん、西崎星来にしざきせいらって1年生が、吹奏楽に行ったでしょ? あれ妹なんだよ」


「えぇ!? そうだったんだ。」


「前に親が離婚してね。苗字は違うけど、ちゃんと血が繋がった妹でね。上手く馴染めたかな? って聞きたくてね」


「あぁ~そういう事。うーん……特に悪目立ちしたりもしてないし、大丈夫じゃないかな?」


 なんだろう、いつものお昼と違って、凄く賑やかな感じ。こんなに大勢で過ごすお昼ご飯なんて、小学校以来かも。中学からはいつもモブ友だけで食べてたし。…………なんだか、ちょっと楽しいかも知れない。小春ちゃんと真君の友達なだけあって、皆良い人達だ。いきなり紹介された時は、どうなる事かと思ったけれど。


 思いもよらない出会いから、毎日の様に日常が変化していく。変わろうとした結果が出ているんだろうか? もちろん皆のお陰であるのは大前提だけど、こうして実際に変化が出ているのを思うと、頑張って良かったと思う。変わろうとしなかったら、多分この関係には至っていなかったんじゃないだろうか?

 どこかでまだ心の距離を作って、たまに真君と夕方に会話するだけ。それだけで終わっていたかも知れない。こう言う何気ない楽しい日常が増えて行くなら、これからも頑張ろうと思えた。……たまに急展開過ぎて困る事もあるけど。



「おやおや~? マコはキョウのお弁当が気になるのかな~?」


「い、いや俺は何も言ってないだろ」


「いや、アンタまぁまぁな感じでこっち見とるやん」


「うっ!」


「下手な誤魔化し。隠せてない」


「え、何が気になるの? 変だったかな? 失敗は特にしてないんだけど…」


「どれどれ?…………普通じゃねーか。何が気になったんだ真?」


「い、いや別に特には」


「葉山、それは無理があると思うよ?」


「うーん、いつもの鏡花ちゃんのお弁当、だよね?」 


 本当にどうしたんだろう?……彩が悪かった、とか? 確かにそこはあんまり気にしなかったからなぁ。昨日の残りと適当に卵焼きとか、簡単なもの作って敷き詰めただけ。もうちょっと考えた方が良いんだろうか?


「ほら~素直に吐きたまえよマコさんよ~」


「い、いやだから……」


「「「だから?」」」


「料理、するって聞いてはいたけど……実際見たら美味そうだったから。…………家庭的な、その、鏡花も良いなって」


「うぇっ!?」


 そんな理由で見てたの!? 変な声出ちゃったよ! やめてよ皆見てる所で!!……うぅ…恥ずかしい。


「ははははははは! なんだよ真そのリアクション!」


「ひーっ! アカンめっちゃおもろい! 腹痛いて!」


「アハハハハハハ! 可愛いかよ~ウケる」


「葉山さぁ。こっちが恥ずかしくなって来るよ、もう」


「ふふふ。葉山君って思ってたより普通の人なんだね」


「珍しい反応。レアね」


 皆それぞれ、今の真君が面白かったらしい。言われてみれば珍しい反応だと思う。いつもはもうちょっとスマートに答えるのに。……いやスマートに来られても困るんだけどね!? 恥ずかしい事に変わりはないから!!


「じゃあ卵焼きでも貰ったら~? マコは気になるんでしょ?」


「い、いやそんな。悪いだろそんなの」


「キョウはどう?」


「き、気になるなら……良いよ」


「くれるってさ! ホレホレ貰って来い?」


「おいやめろ小春! 押すな!」


「ほれ、お姫様はこっちやで~」


「おい友香ともかまで! なんだよお前ら!」


 そ、そんなに気になるんなら、うん。別におかずの交換とか、カナちゃんや麻衣ともやるし。うん、大丈夫。そ、それにこの前ラスク貰ったしね、そのお返し的、な?うんそう言う事だよ。これはただのお礼。交換と言っても良いよね。うん。


「ど、どうぞ」


 お弁当の蓋に乗せて卵焼きを1つ、差し出す。ここでまた『あーん』なんてやってしまう訳には行けない。私は学習する女! 黒歴史は積み重ねないぞ!!……あ、あんまり美味しく無かったらどうしよう?

 私的には、いつも通り作っただけなんだけど。……あぁ普通の味だな、とか思われないだろうか? 平凡なやつが作った平凡な味、とか思われない? くっ! もっと気合入れて作っとくんだった!!


「…………うん、ありがとう」


「……ど、どうかな??」


「す」


「す?」


 お酢は使ってないぞ? てか、何か真君固まったんだけど!? え待って? 何どういう事なの?? 思ってたんと違う的な?

 あれぇ普通だよね? 不味くはないよね? カナちゃんと麻衣には料理上手いねって言われてるから大丈夫なハズだよ?……もしかして、味覚にもモブ補正とか掛かる? モブには美味しく感じる内部補正でもある?

 実は不味いの? す、はどういう評価? 料理のさしすせそのす? 上からも下からも3番目だから普通ってこと? 動いて真君! どう反応して良いか分からないよ!?











「すっげぇ美味い! 毎日食べたいぐらい。鏡花ってこんなに料理上手いんだ!?」


「……え?」


「いやーマジで美味かったよ。こんなに凄いんなら他のも美味いんだろうな」


「あ、ありがとう。でも良かった。美味しいって思って貰えて」


 どうやら杞憂だったらしい。ちゃんといつも通り作れていたみたい。カナちゃん達の味覚も、私の味覚も正しくて良かった。一般的に見て私の料理は、それなりに良い出来と思っても良いのかな。こんなに喜んでくれているのだから。


「あら~? 皆聞いた?」


「毎日お前の焼いた卵焼きが食いたいって言うたな」


「あぁ。言ったな」


「ちょっ!? 待て待て違う! 俺はそういう意味では!」


「でも毎日って言ったわ」


「鏡花ちゃん永久就職決まっちゃったね」


「葉山ってこんな風になるんだね。霧島にも見せたかったよ」


「マコが付き合う前にプロポーズしちゃうなんてな~」


「いやだから! お前ら話を聞け!!」


 一気に友達が増えた日のお昼は、こんな風にとても賑やかに過ぎて行きました。私? 今度は私が固まってたよ。恥ずかしすぎて。

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