1章 第20話

 今日1日は大層注目されてしまうんじゃないかと、私は戦々恐々としていたけれど何事もなく。まるで何も無かったかの様に普通に1限目が終わった。


(もしかして……気にし過ぎだったのかな?)



鏡花きょうかが小心者であるが故に被害妄想が少々過ぎるだけで、実際はそれほど多くの生徒が気にしていた訳ではない。誰と誰がどんな交友関係を築いていたとしても、大体の生徒はそれほど注目してはいない。

 生徒同士で交際が始まったりすると、一時的に話題に上がる事はある。だが、結局は他人の話でしかない。どうでも良いし、興味もないと考える人間も決して少なくはないのだ。

 特に最近は、例え芸能人であろうとも結婚や交際に余計な口出しはするな、と言う風潮が出来つつある。そう言った状況も手伝って、鏡花とまことの関係性に何かを感じている生徒は少ない。


 もちろん葉山真はやままことに少なからず恋愛感情を抱いている者からすれば、心穏やかではいられないだろう。しかし、だからと言って嫉妬の感情をぶつけても、肝心の真に嫌われるだけ。

 その行為になんの意味もないどころか、むしろ逆効果なだけだ。それが分からないほど、彼女達も感情的に生きてはいない。


 そんな裏事情を知りもしない鏡花は、親友の結城佳奈ゆうきかなに問い詰められ……いや弄られていた。


「本当にキラキラヒロインルートになったね鏡花ちゃん」


「キラキラじゃないよ……あとモブの国のモブ子さんだよ」


「あんなに熱烈に愛されてるのに?」


「ち、違うって……」


「『爽やかイケメン男子に熱烈に愛されて困っています~私は平凡なモブで居たいのに~』を見せられてる気分だよ? 漫画化はまだかな?」


「出ないよ!!」


 カナちゃんと麻衣まいには暫く遊ばれてしまうだろうなぁ。もう見て聞いて楽しむ気満々だもん2人共。見世物小屋の豚になった気分ブヒ。


「まあでも良かったじゃない?」


「なにがー?」


「だって鏡花ちゃん、私と麻衣しか友達居なかったし」


「ふぐぅ!」


 そうなんだよねぇ……カナちゃんと麻衣は、それぞれ部活で出来た友人がちゃんと居る。でも私の得意な事と言えば料理ぐらいで、運動部は絶対に無理。音感あるから合唱部行けば? と2人には言われたけど、大勢の前で歌うのは恥ずかしいから無理。じゃあどうするかと言えば、本が読みたいから必然的に帰宅部に。

 そんな生活を中学の頃から貫いているので友達は特に増えず、そのままズルズルと高校2年生まで来てしまった。ギリギリぼっちではないと言う微妙な立ち位置。


「良い事だらけじゃない?」


「そうだけど~そうなんだけど~」


「爽やかイケメン男子だけでは足りぬと? ここらで昔一緒に遊んでた幼馴染の男子が転校して来て、恋のライバル登場が欲しいと?」


「要らないよ! て言うかそんな男の子居ないから」


 そんな男の子が居た過去なんてない。そんな経験があったら、もっと簡単に男子と仲良く出来ている。

 昔から経験がないから、男子に話し掛けられてもザ陰キャなリアクションしか出来ないのだ。


「じゃあ何が不満なの?」


「不満じゃなくて……ちょっと一気に、こう色々有りすぎて」


「一杯一杯って事?」


「うん……」


 良い事なのは分かっているんだけど。私にとっては、これ以上ない良い事だらけなんだけど。だからこそ湧いてくる不安? というか。

 こんなに上手く行っていいのかなぁ?……めちゃくちゃ悪い事が続く事もあれば、その逆もあるんだろうけど。こうも立て続けに起きると心の整理も付かないし。どうにも落ち着かない。持前のマイナス思考が、鎌首をもたげて来る。


「気にし過ぎなんじゃないかな?」


「そうなのかなぁ」


「大丈夫じゃない? 悪い様にはならないよ」


「うん……」


「大体さ、現実じゃあそんな山あり谷あり激しくないよ」


「それはまあ、そうだけど」


「もうちょっと肩の力、抜けば良いんだよ」


 そんな会話をしている間に次の授業が始まってしまった。確かに考えすぎ、かも知れない。カナちゃんが言う様な幼馴染の転校生登場!とかは起きないし。そもそもフラグが存在しないので。

 確信もないのに悩んでも仕方ない、かな。この前そう言われた所だしね。いちいちマイナス思考になるのは私の悪い所だ。前向きに生きるのは、思うよりずっと難しいなぁ。






 結局平穏なまま昼休みになって、もう皆お昼ご飯モードだ。私もお弁当を出しますかね。

 

「ね~キョウも一緒にお昼食べない?」


「へ?」


 いつの間にやら小春ちゃんがすぐ近くまで来ていた。


「えっと良いけど、どこで?」


「良いトコ知ってんだよね~広くて静かなんだよ」


「そんなトコあるんだ?」


「そ。さっきのメンツと一緒に行くよ」


 これはせっかく紹介して貰ったクラスメイト達と親交を深めるチャンス。……わりと最初からフレンドリーだったけど。

 ただ、それには問題があって。


「あ、でもカナちゃんが」


「私は別に1人でも大丈夫だよ?」


「ああ、いつも2人だもんね。じゃ結城さんも来たら良いじゃん」


「「え?」」


 相変わらずの即決即断、即行動である。そろそろ慣れたいけど、まだまだ付き合いが足りて居ないみたい。小春ちゃんの行動力はちょっと羨ましいけど、私はこれほど行動的な人間にはなれそうにない。少し分けて貰うだけで陰キャの陰成分が浄化されそう。それぐらいのバイタリティ。

 結局カナちゃんも込みで、お誘いに乗る事にした。と言うよりほぼ強制だけど。そんな私達は小春ちゃんの席に向かう。


「マコまだ帰って来てない?」


「まだやね。もうちょいちゃう?」


「あれ? そう言えば真君は?」


「葉山は購買だよ。神田の分と一緒に買いに行ってるんだ」


「アタシはその間にキョウを誘う役って事」


 なるほど。確かにどっちか残ってないと、私がカナちゃんと食べ始めてしまうもんね。


「あ、そうそう結城さんも一緒だけど良いよね?」


「おう! 構わねぇよ」


「私も別に良い。」


「お邪魔させて貰います。」


 真君を待っている間に軽く雑談をしていたら帰って来る彼の姿が見えた。


「悪い遅くなった! 途中で卓也たくやに捕まってな」


「ああ霧島きりしまか。なら仕方ないね」


「よっしゃほな行こうや!」


「そんじゃアタシに着いて来な~」



 中々に賑やかな感じになった。いつものカナちゃんと2人だけのお昼休みとは随分と違う。私はまだ大人数に慣れないけど、カナちゃんは割と普通そうにしている。陰キャではないからね。私と違って。

 モブ友とは言っても、陰キャで若干コミュ障気味なのは私だけで、カナちゃんと麻衣はそうではない。元から人付き合いはそれ程悪くない。


 自分1人だったら、もっと緊張していただろうけれど、付き合いの長いカナちゃんと、最近仲良くなった小春ちゃん、そして真君が居る。何とか耐えられそう。脱陰キャ計画の一環であった、2人の友人とも仲良くなると言う課題も頑張るぞ!

 小春ちゃんに着いて行った私達が向かった先は…………ここって、屋上の扉だよね?鍵閉まってるんじゃ?


「小春が言うてたん屋上なん? 鍵開いてへんやろ?」


「それが違うんだな~! ほら!」


「開いてる? どうして?」


 小春ちゃんがあっさりドアを開けて見せる。友香ともかちゃんと水樹みずきちゃんの疑問は最もだ。屋上は施錠されている筈。生徒なら皆知っている。だからここには私達しか居ない。ここまで来る理由が、特にないから。

 でもそんな閉まってるハズの屋上のドアは開いている。どういう事だろう?


「小春お前、鍵勝手に持ち出したのか?」


「そんな訳ないでしょ?」


「元々開いてるって事? 僕はそんなの聞いた事ないけど」


 なぜ開いているのか、それは当然の疑問だった。鍵を持っていないのなら、尚更開いている訳がない。元から開いていない限り。


「俺も知らないな」


「知ってた鏡花ちゃん?」


「ううん、私も知らなかったなぁ」


「答えはあちらにございまーす」


 小春ちゃんが指し示した先にはなんと意外な人物が居た。無造作に一纏めにした長い黒髪と、白衣がトレードマークの美人な養護教諭。阿坂燈子あさかとうこ先生が屋上のフェンスに寄りかかっていた。

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