1章 第19話

 土曜日の夜、小春こはるに𠮟咤激励された俺は、もう十分な覚悟が決まっていた。葉山真はやままことは、佐々木鏡花ささききょうかが好きだ。そこに誰も口出しする権利なんて無い。そんな当たり前の事を、俺は示せずに居た。そんな中途半端な態度でいるから、大切な女の子を無意味に不安にさせてしまった。

 俺はもう間違えない。日曜日丸1日を使って、覚悟を決めて来た。まだ鏡花に告白する為のしっかりとした目標は、まだ見つけられていない。でも、意志を示す事は出来る。


「よっ! 準備は良いか? 男の子」


「小春…あぁ。もう十分だ」


「じゃ、行こっか」


 週が明けて月曜日の朝。俺が家の外に出たら小春が既に待っていた。いつものように2人で学校へと歩みを進めるが、今日の俺はいつもと違う。これから俺の大切な女の子と、その名誉を守る戦いが待っているのだから。



 教室に着いた俺たちは、目的の女の子がいる教室の一番後ろの奥側、窓際へと向かう。普段通り鏡花は既に席に着いていた。……ここからだ。もう、誰にも文句は言わせない。


「おは~キョウ! ちょっと良い?」


「こ、小春ちゃん!? おはよう」


 鏡花が小春と親しい関係になった。それが分かるには十分な会話だった。事前に何も知らされていない鏡花は、このタイミングで話しかけられるとは思って居なかったようで、結構驚いている。そのお陰で、鏡花が素のリアクションを返したのは有利に働く。

 大半の生徒が神田かんださんと呼ぶ小春を相手に、小春ちゃんなんて呼び方で接する事を許された相手。

 それが今、クラスメイト皆の前で示された。珍しくだれも遅刻せず、ちゃんと登校していたのも僥倖と言える。


「鏡花、ちょっと一緒に来てくれ。」


 な、なんで今その呼び方したの!? と言う表情をしているのは分かった。俺も鏡花の事が分かって来たんだなと、そう思うと悪くない気分だ。


「おは~! 友香ともか水樹みずき。最近キョウと友達になったんだよ。佐々木鏡花で、キョウ! よろ~。」


「お? 新入りか~? ウチは歓迎や」


「貴女はいつも説明不足。詳細教えて」


 俺と小春が鏡花を連れてやって来たのは、俺たちいつものメンバーが集まる席。小春の席が置かれた場所だ。そこに集まっていたのは4人の男女。小春の親友の1人である水島友香みずしまともか。彼女は中学の頃に、関西から引っ越して来た陽気なムードメーカー。背は鏡花よりちょっと高いぐらいか。美人系の小春と違って、元気系の可愛さがある。中学からの付き合いだから、俺もそれなりに親交がある。


 もう1人は山下水樹やましたみずき。女子ながら高身長な小春よりもまだ大きい175cmの長身で、スラリとしたスタイルの良い女子だ。読者モデルをやっており、たまに学校を早退する事がある。クールかつ物静かなタイプで、あまり口数は多くない。知り合ったのは去年、高校に入学してからだ。小春と同じ長身女子だったからこそ、お互いに悩みを相談している内に仲良くなった様だ。その関係で俺も親交が出来た。彼女もかなり美人なタイプであり、小春と並んでいるとかなり絵になると専らの噂だ。


 残りの2人は俺の友人。村田恭二むらたきょうじは男子バレーボール部のエースで、俺よりもまだデカい。この間190cmを超えたと言っていた。明るく豪快なタイプで、たまにうっとおしい時もあるが、悪い奴ではない。スポーツ刈りの良く似合うワイルドな男だ。小春と水樹の彼氏役その2である。コイツに睨まれれば、しつこい男も逃げて行く。恭二も水樹と同じく、高校で知り合った。


 最後の1人が高梨翔太たかなししょうた。コイツは中学からの友人で、昔は陸上部に所属していた。高校からは男子ラクロス部に転向し、現在は副キャプテンを務めている。どうも才能があったらしく、結構優秀な成績を上げている。背は小春よりちょっと低いぐらいで168cmだ。170台に乗らないギリギリラインなのが最近の悩みらしい。見た目は人畜無害で優しそうな見た目をしているが、割と言う事は言う男だ。見た目通りではない。



「また佐々木さん連れてるじゃん。付き合ってるなら言えよ水臭せーな」


「あ~まあそんな気はしてたけど、やっぱりそうなの葉山?」


「まだ付き合ってはいない。今の所は友達だ」


「ちょっ!? 真君!?」


 そう、最初からこうすれば良かった。俺が好きな相手は鏡花なんだ。それで良いじゃないか。こうしてこの友人達の前に、連れて来るだけで良かったんだ。それで文句を言うような奴らじゃない。

 それに、小春に言われて気付いた事が、まだ他にもある。それは俺の方が、鏡花より劣っていると言う事だ。俺はまだ、サッカーを失って燻っていた過去を、清算し切っていない。新たな目標は、まだ見えて来ない。それに対して鏡花はどうだ?

 自分の欠点をちゃんと理解し、直そうと努力している。しかもそれは大人になってから、社会人になる為にやっている事だ。昨日、バイトまで決めて来ている。そう、鏡花は未来をもう見ているんだ。未だこの身の置き所が、宙ぶらりんな俺と違って。


 人は外見だけが全てではない。小春の言う通り、今の俺は大した事は無い男だ。鏡花には、まだ追いつけていない。今釣り合いなんて考えても意味が無いのは分かっている。それでも、忘れてはいけない事だと思うから。



「ふーん、珍しいやん。葉山がそこまで女子に入れ込むん」


「結構本気なの?」


「ビックリっしょ? だいぶガチなんよ~応援してやってくれ者ども~」


「面白そうだ! 俺も乗るぜ」


「霧島の読みが当たったか~~~賭けは僕の負けか。」 


「そう言う訳だから、これからは鏡花ともよろしくやってくれ」


「オッケ~! あ、佐々木ちゃんさ~ウチも鏡花って呼ぶけど良いやんな?」


「オレこんな顔だけど、乱暴なタイプじゃなからな! 安心してくれ!」


 佐々木鏡花は神田グループの仲間であり、葉山真にとっては特別な相手である。それがもう伝っただろう。この会話は決して大声ではないが、しかし全員に聞こえる程度のトーンで行われていた。教室なんて大して広くない。イヤホンでもしていない限り聞こえただろう。

 これほど堂々と、しっかりと示された以上は、誰も文句は言えまい。神田小春が友人と呼び、葉山真が好意的に接している事が示された今、表立って何かを言う事は出来ないだろう。


 下手な事を言って、もし神田小春の耳にでも入ったら……あのグループに知られたら……そんなリスクを背負ってまで、触れる必要性のある話題では、もう無くなった。

 噂話は時に人を楽しませるが、それはノーリスクの場合だ。自分が大ケガを負う可能性があるなら、触らぬままで良い。

 この学校は進学校だ。自分の人生の為に、もっと有意義な時間を過ごす方が良い。下世話な話に、そこまで本気になるバカも居ない。人の噂も七十五日と言うが、そんなに掛からないだろう。


 少々脅迫染みた行いではあったものの、そもそも他人の恋路に口を出す方が無粋と言えよう。野暮な人間が、ちょっと釘を刺されただけだ。

 こうして葉山真は佐々木鏡花と共に居る自由を、勝ち取ったのだった。

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