1章 第18話

 これまでの陰キャモブ生活とはちょっと違う毎日を送り始めた、平凡で地味なモブ女子Bな私こと、佐々木鏡花ささききょうかは人生で初めてのバイト入門?に来ている。

 クラスメイトの美人ギャル、神田小春かんだこはるちゃんに誘われてやってきたのは『株式会社カトウ加工』と言う会社だった。そこで今回私は、DMの封入作業なるものにこれから挑戦する。


「じゃやる前に再確認ね~。左・中央・右の順番で三つ折りの山から1枚ずる取る」


「うん」


「取る時は左が1番下、右が1番上になる様に重ねる。そんでそれを封筒に入れる。 オッケ?」


「が、頑張るよ!」


「あ、ちょい待ってね。叔母さんこれ束100で良い?」


「おう」


 答えたのは小春ちゃんに似て高身長な、小春ちゃんの叔母さん。ツナギ姿とキツめの顔立ちから漂う姐御感が凄まじい。目力が凄いのであまり此方を見ないで欲しい。小心者の私にとっては、結構なプレッシャーだ。


「ピッタリ?」


「今んとこは」


「分かった!」


「と言う事だから、ミスったら見直しね」


「どういう事で!?」


 今の会話の何処にミスしたらやり直しになる要素があったんでしょうか!? ここに来てからはこんなのばっかりなんですが!?


「まんまじゃん? 入れる3種類の用紙は一束につき100枚ずつ。ピッタリって事は100通作り終わったら、全部が綺麗に無くならないとおかしい。どれか足りないとか、余ったりしたらミスった可能性がある。」


「あっ……なるほど」


「ぶっちゃけ最初は2枚入れたり、1種類入れ忘れたりやっちゃうもんよ。」


「そ、そうなんだ。」


「指サック渡すけど、付けててもやる時はやるからね」


 そうして渡されるオレンジ色の指サック。これ学校で先生が使ってるの見たなぁ。まさか自分で使う日が来るとは。………………おぉ、付けたらこんな感じなんだ、なんか新鮮。


「しんじゃやろっか! あ、キョウ右利きだよね? それなら封筒は左手側に置くと入れ易いよ」


「わ、分かった!」


 左、中央、右、入れる。左、中央、右、入れる。左、中央あっ中央取り損ねた。次は右、入れる。単純で単調な作業を繰り返して行く。…………おぉ~!? なんかこれ楽しいかも? 凄い地味な作業なんだけど、だからかな? 地味な女だからこそ地味な作業が合う、みたいな? 地味な作業と地味な女が奏でるハーモニー的な? ふっふっふ。楽しくなって来ちまったなぁ! どんどん行こう!




 それから鏡花は黙々と作業を続けた。自分でも出来る仕事に出会えた事が、鏡花には喜ばしかった。自分の未来はどうなるのか、と言う不安が鏡花の中にはあった。自宅で1人で居る時ほど、その事を強く意識させられた。誰にも相談出来ず、孤独に悩み続けた日々が終わるかもしれない。新しく出来た友人達のお陰で。









「あ、あれ??」


 やり切ったと思ったら、左の山が1枚足りない。あれぇ?? 私ミスったの? おかしいな。


「ま、最初だしこんなもんよ! はーいチェックしましょー」


「うぅ……」


 幸いにして封筒の封はしていないので、中を除き込めばチェックは可能だ。私が作業した分を確認していく。隣で小春ちゃんも見てくれる。ご、ごめんよぉ~。





「お? 多分これじゃね?」


「え?」


 今それ中身見てないよね? ただ持っただけだよね? 何で分かったの? エスパー小春だったの? スプーン曲げれるの?……あ、それ違う人か。


「あ~やっぱこれだわ。ほい」


「えぇ!? すご! 何で分かったの!?」


「ん~? 重さで分かんのよ」


「……嘘でしょ? こんな紙1枚の重さで?」


「キョウもずっとここの仕事してたら分かる様になるよ。慣れってやつよ」


「へぇ~~~」


 こんな三つ折りの紙1枚の重さを持っただけで気付ける様になるんだ~。凄い世界だよ。職人技ってやつなのかな? ハガキ職人、はまた違うやつだけども。


「で、どう? もうちょいやってみる?」


「う、うん! やってみたい!」


「いいね~やる気じゃんキョウ」


「ちょっと楽しい、かも」


「よっしゃ! じゃあアタシも付き合ってやろう」



 この仕事、結構好きだ。世の中にはこんな仕事もあったんだなって、知れただけでも収穫だった。これも社会勉強って事かな?…………真君と会ってから、本当に私の生活は色々と変わった。

 もしあの時会って居なかったら、私の人生はもっと微妙なものになって居たんだろう。こんな風にバイトなんてやる勇気が無くて、カナちゃんと麻衣ぐらいしか友達が居なくて。真君は私に助けられたと思っているみたいだけど、私だって真君と小春ちゃんのお陰で助かっている。


 前よりもちょっとだけ前向きになれたと言うか、積極的に何かをする様になったのは確かだ。少し前までは、ここまで積極的じゃ無かった。たった2週間ほどで随分変わったものだと自分でも思う。脱陰キャしないと、と心の何処かで焦っていた。自分の家庭が、いつ崩壊しても可笑しくないから。

 出来るだけ早く、独り立ち出来る様になる必要があった。でも私一人では、全然前には進まなかった。そんな時に最高のタイミングで機会を得られたのは、幸運だったとしか言えない。

 もっと色々出来る様になったら、真君と小春ちゃんにも恩返しがしたいなって、心から思ったのだ。












「そこまでにしな。」


 小春ちゃんの叔母さんからストップが掛かる。ちょうど今やっていた100通が終わった所だった。完璧なタイミングだったのを思うと、結構見られていたのかな?

 いや…………良く考えたらバイトとして相応しいか試されてたんだよね? 相当見られてたのでは? 私何か変な行動とか、取ってないよね? 地味な作業にハマり始めて、意味不明な踊りとかしてなかった? 大丈夫かな?


「叔母さん、キョウはどうだった?」


「あぁ、まあ向いてんな。黙々とやれてたしな」


「そ、そうでしたか?」


「ただ速度はまだまだ足りてねぇな。精度はまあ合格ラインだが、もうちょい伸ばせるな」


 そう言いながら、小春ちゃんの叔母さんは私をジロリと見る。ひぇぇ……目力が半端じゃない。視線だけで人を何人か始末出来そうな威圧感がある。

 これ私大丈夫かな? 本当にこんな単純作業するだけのバイトにありつけるんですか? 気合が足らん! とか言われて走らされたりしない?


「問題は、小心者過ぎる事だな。これは鍛え甲斐があるじゃねーか」


「やっぱ叔母さん、キョウの事気に入ったか~」


「え? えっ?」


 き、鍛える? え? 私なにさせられるんでしょうか!?…しゅ、修行とかさせられるんだろうか? 主人公キャラならともかく、こんなモブ女子を鍛えても覚醒イベントとか起こりませんよ!?


「コイツは中々やれそうだな。良いの見つけて来るじゃねぇか」


「でしょ~! やっぱアタシの見る目は正しいんよ」


「えっと、結局どうなった感じでしょうか?」


「採用だ。基本は月水金の週3で、16時から3時間労働だ。土日祝は休みで良い。テスト期間は学業に専念しろ。学校の長期休みは、出来るだけ来て欲しい。他に質問は?」


 えぇ~?? 何か凄いあっさり決まったんですけど!? 面接してないのでは? 履歴書とか無いよ?? しかも条件的には結構良いし。とんとん拍子で進み過ぎて怖いよ! あ、それに私まだ学校に許可貰ってない。


「あ、えっと、ウチの学校の許可はどうしたら?」


「あぁ、それなら心配いらないよキョウ」


「え? どうして?」


「ウチは。つまりお前はウチの作業場に来て、内職して帰るって扱いになる。」


「ウチの学校は内職の許可を必要としてないんだな~。つまり、ここで働くのに許可は不要ってわけ」


「えぇ? 裏技みたいだけど良いのそれ?」


「大丈夫だよ? 繫忙期にはアタシとかマコとかもやってるし」


「ま、建前さえしっかり用意してりゃあ何とかなんだよ」


 なんだか凄い強引な理由付けな気もするけれど、結局はそのまま私のバイト先が、想像以上にあっさり決まったのだった。…………小春ちゃんが絡むと何でも急展開になるなぁ。

 ちなみに小春ちゃんの叔母さんは、加藤春子かとうはるこさんと言うらしい。普段は春子さん、来客時などは社長と呼ぶのがここの定番だそうで。そんな使い分けが私にちゃんと出来るかなぁ?

 不安な事はまだ沢山あるけれど、ここの仕事は私に合っていたから、明日また来るのがちょっと楽しみでもあるんだよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る