1章 第10話

 葉山君はやまくんとの初デート中、クラスの陽キャグループと遭遇した。私の様なモブ女なんかと一緒に居たのを見られてしまったと、気落ちしていたら突然現れた神田かんださんに連れ出された。

 今は皆と、ちょっと離れたビルの陰に2人で移動している。


「ごめんね~急に」


「い、いえ」


 終わった。アンタみたいなクソド陰キャモブ女が、葉山君と一緒なんて調子乗んなよ的な事を言われるのだろう。これがケジメとかヤキ入れとかそう言うヤツなんだ。


「佐々木さんって~友達にはなんて呼ばれてんの?」


「えっ? その、鏡花きょうかとか、キョウとか」


「お~じゃあアタシもキョウって呼ぶね」


 距離の詰め方がエグい! めちゃくちゃ爆速で近付いて来る! これが陽キャの距離感!!

 何されんの!? この後私はどうなるの!? 妙にフレンドリーなのが余計に怖い!! も、もしかして、闇バイトとか、やらされる!?

 そんな風に身構えていると神田さんが笑い出した。


「アハハハハ! そんな緊張しないで良いって~。あ、アタシは小春こはるでいいからね」


「えと、あの……」


「アタシはキョウに感謝してんだ~」


「………………えっ?」


 きゅ急に何だろう? 私なんか、お礼言われる事したかな?……うーん……えと…………………全然思い当たる事がないんだけど!?


「マコの事。立ち直らせたのキョウなんでしょ? マコに聞いたよ」


「えぁっ!? その、あの」


「アイツ不器用で面倒で馬鹿だからさ」


「そう、なんですか?」


「そうだよ。だからアタシでは助けてやれなかった」


「……そんな事は」


「そんな事あるんだって。実際ダメだったから」


 そう言う神田さんは、何だか悲しそうに見えた。いつも明るい神田さんも、こんな雰囲気を見せる事があるんだ。

 

「私は、あれは、たまたまで……」


「違うよ。あれはョウだから出来たんだ」


「そうでしょうか?」


「そうなんだって! アイツはそんな偶然とかで、どうにかなるほど簡単じゃないんよ。面倒臭いよ~アイツ。」


「面倒、なんですか?」


 私はまだそれほど葉山君と一緒に居たわけじゃないから、全然分からないけど。付き合いの長い、幼馴染と言う関係性がないと分からない何かがあるのかも知れない。

 鏡花はまだ知らない事だが、真は結構気取った態度で接している。ちょっとでも良く見える様に背伸びをしている。だから鏡花はまだ、真のそう言った面を知らないのだ。



「そそ。って今はそれはどうでも良くてさ」


「はい?」


「キョウ、気にしてるんでしょ? 自分なんかがって」


「うっっっ」


 だってそうじゃないか。私みたいな冴えないモブと、あんなにカッコイイ男の子じゃあ差が有り過ぎる。隣に居て良い存在じゃない。

 でも、親交を深めようとしている真君を、拒否するのも失礼だし。


「だろうと思った。ちょっとマコにも聞いてたからね」


「だ、だって……」


「まあそうよね~マコはモテるからね~。狙ってる女子も多いし」


「ひぇっ」


 知ってはいるけど、改めて言われると怖い話だ。廊下ですれ違う時に、舌打ちされたりするんだろうか。……今のところはそう言った何かしらを、受けた事はないけれど。


「でも周りが何と言おうが、マコが選んだ女の子はキョウなんだよ」


「………………えっと、う、うっそ~とか?」


「今嘘つく意味ある?」


「ドッキリ大成功~とか?」


「アタシが一人でドッキリする意味なくない?」


「ら、Loveじゃなくて、Likeですよね?」


「LikeじゃなくてLoveなんだって」


 今ここで小春さんが嘘も適当な事も、言う必要性なんて無い。幼馴染である彼女が、真面目にこう言っている以上は本当なんだろう。


「…………やっぱり、そうなんですか。でもなんで私なんかを」


「そんな自信無さげにしなくても良くな~い? 恋愛なんて選ばれたヤツが勝者なんよ?」


「……恋愛経験ないので」


「まあキョウは恋愛経験無さそうだもんね」


 何をされてるんだろうコレ?公開処刑の一種か何かですか?恋愛弱者への折檻なんですか??


「……よし! じゃあこうしよう! アタシ公認だ!」


「か、かんださ…………小春さん公認、ですか?」


 神田さんと呼ぼうとしたら睨まれたので、陰キャモブ最後の抵抗として小春さん呼びである。……いやまあ何の抵抗なのかも分からないけど。


「そう! マコ本人が選んで、幼馴染のアタシが公認。これで文句言う資格あるヤツ居る?」


「それは……」


「ま、親ぐらいよね。これで文句言えるの。他人には口出す資格なし!」


「……」


「だからさ、キョウは堂々とマコと一緒に居れば良い」


「えっ」


「それにさ~アイツ本当はお昼休みとかもさ、キョウと一緒に居たいんだよ」


 それは、考えた事が無かった。…………いや違う、考えない様にしていたんだ。私なんかと一緒に居たら迷惑だろうって、それを理由に遠ざけたから。だからその事からは目を逸らしたんだ。葉山君の意志はどうなのかを無視していたんだ。


「だからさ、関係ない連中は放っておいてさ、自由にしなよ」


「……良いん、でしょうか? 私なんかが」


「良いんだって! あとこれから『私なんか』は禁止ね! アタシ公認忘れんな~?」


「うっ……ハイ」


「キョウはさ~マコの事好き?」


「………………分かんない、です」


「じゃ一緒に居るのつまんない?」


「それは…………楽しい、です」


 そうなのだ。彼と一緒に居る時間を私は楽しいと感じている。イケメンで陽キャな真君と、平凡で地味でモブな私。正反対な私達なのに、何故か同じ時間を共有出来ている。何気ない日常を楽しめている。

 今の私がギリギリまで校舎に残っている理由が、家に居たくないからなのか、それとも2人の時間を求めているからなのか、もう分からなくなって来ている。


「ハイ決まり~! じゃあ一緒に居れば良いっしょ!」


「いや、でも」


「禁止って言ったっしょ? 良いんだよ。一緒に居て」


「……はい」


「あとさ、出来ればキョウがマコの事を好きになってくれたら、アタシは嬉しいかな」


「……どうして、そこまで」


 この人は本当にどうして、ここまでしてくれるのだろうか。最近まで殆ど話した事が無かったのに。挨拶すら交わした事があったか分からない。


「ん~まあ理由は色々あるけど……キョウってめっちゃ普通じゃん? 何もかも普通」


「ゔっっっ、そう、ですね」


「そんな女の子が一番アイツに合うんだなって、最近2人を見てて思った。」


 実はマコには内緒なんだけど、放課後の2人の事隠れて見守ってたんだ~と笑う小春さん。


「……そんな風に見える、かな?」


「めっちゃ見えたよアタシには。…………ほら、芸能人って皆が芸能人同士で結婚しないじゃん?」


「? まあ、そうですね」


「スポーツ選手が女子アナと結婚とかもあるけどさ、それもやっぱり全員じゃない」


「そうですけど、それとこれとは」


「うん、同じじゃないだろうね。でもさ、めっちゃ凄い人が、案外普通の人と結ばれたりする」

 

 恋愛弱者の私にはちょっと難しいけれど、言いたい事は何となく分かった。


「誰が誰を選ぶか、なんてのは本人が決める事で、他人が決める事じゃない。お似合いかどうかなんて、他人にゃ関係ないの。週刊誌かよ!ってね」


「……うん」


「だからさ、長くなっちゃったけど、キョウは気にせず自由にすれば良いんよ」

 

 学校で一番人気のギャル系女子高生。陽キャグループのトップ。それぐらいしか知らなかったけれど、かんださ……小春さんって今見せてくれている物凄く優しくて、周りの事も見ていてしっかりした考えを持っている。この姿こそが、彼女の本質なんじゃないかと思った。


 ここまで言って貰っておいて目立つのが嫌とか葉山君に迷惑が、とかもう言うつもりはない。

 だってそれは、葉山君が向けてくれた好意を無下にするから。これで逃げる方がよっぽど迷惑だ。こうして話してくれている小春さんにも失礼だし。

 葉山君とちゃんと向き合って、その気持ちへの誠意を見せないといけない。ただのド陰キャモブ女Bだけれど、それは不誠実である事の免罪符にはならない。


「まだ全然慣れないけれど、頑張ってみよう、かな」


「良いじゃ~ん! その調子でよろ~!」


「う、うん」


「そんじゃアタシらも友達って事で! グルチャやってる~? 交換しよ~」


「え!? は、はい」

 

 何だか勢いに流された感も否めないが、チャットアプリのIDを教え合った。ほんの数日で学校で人気のイケメンと、学校一の美人と連絡先を交換する事になった。ちょっと前までの私が聞いたら、何を馬鹿なと笑っていた様な状況だ。

 でも、陰キャ気質を改善し、脱陰キャを目指す私にとって、これは新たな一歩になると思う。葉山君が言っていた様に、小春さんの友人や葉山君の友人とも普通に会話出来る私になれる様に、これから頑張ってみよう。


「じゃあキョウ、アタシの幼馴染をよろしくって事で!」


「……はい!」

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