いつも教室の隅に居る地味なあの子が気になって仕方ない

1章 第3話

「あれ？　鏡花（きょうか）ちゃんどうしたの？　珍しいねこんな時間に登校して来るなんて」

　佐々木鏡花（ささききょうか）の親友であるカナちゃんこと結城佳奈（ゆうきかな）が、ギリギリ遅刻ではない時間に登校して来た私を、不思議そうな顔で見上げる。

　姫カットと呼ばれる美少女がやると目立つ代わりに、ただのモブがやるとひたすらに地味になる事で有名な髪型と、平凡な顔立ちの鏡花（きょうか）のモブ友（とも）である。

　ただし鏡花とは違い泣きぼくろがちょっとチャーミングだし、実はスタイルが目茶苦茶良い。

　特にその恵まれた胸部は物凄い破壊力だ。前に一回だけ揉ませて貰った時の衝撃は忘れられない。

　めちゃくちゃフワフワしていた。何だあれは？同じ人間か？　私なんて平凡オブ平凡カップなんだが？？

　しかもカナちゃんは食べても太らない。いや、正確に言えば体重は増える。そう、まだデカくなるのだ。そう言うのってキラキラメインヒロインの特権じゃないの？　もしかして私がモブの中でも更に劣る存在なだけ？　くっ……殺せ

「鏡花ちゃん？」

「あ、ごめん。ちょっと寝不足で」

　席まで来たのに座らずに棒立ちだった私は、慌てて席に着いた。教室の一番後ろの窓際、まさに教室の端も端。目立たないモブ生徒にピッタリの位置である。

　そんな鏡花の席の一つ前が加奈（カナ）の席だ。仲良くモブ同士で並んでいる。目立たない位置だから鏡花はこの位置で良かったと常々思っている。

「何か今日変じゃない？」

「昨日ちょっと、中々眠れなくて……」

　そうだった。慌てて登校しちゃったけど昨日は大いにやらかしたんだ。ヤバいどうしよう？　妖怪汗臭（ようかいあせくさ）膝枕女（ひざまくらおんな）とか噂されたらもう学校に来れない……

「ちょっと、鏡花ちゃん？」

　席に着いたかと思えば顔を真っ青にして奇妙な動きを見せる鏡花を佳奈は訝しむ。そして苦悩する鏡花の頭が冷静さを取り戻す前に、さらなる追い討ちが襲い掛かる。

「おはよう佐々木さん。昨日はありがとう」

「へぁっ！？　ふぁっ！　ふぁい！」

「ハハハ、何それ！　佐々木さんて結構面白かったんだね。」

　今まで何の接触も無かったクラスの人気者、葉山真（はやままこと）が今日になってモブ生徒Bの佐々木鏡花に親しげに話掛ければどうなるかなど、言うまでもない。

「え？ 葉山君て佐々木さんと仲良かった？」

「そもそもあんな子居た？」

「どういう絡み？？」

　ザワザワと周囲が騒がしくなる。ヤバいどうしよう？　助けてカナちゃん！　助けを求めて親友のモブ友を見ると驚いて固まっていた。ダメだフリーズしている。そう言うトコはきっちりモブムーブするのやめて欲しい。

「あっ、その、えっと……」

　上手く会話が出来ずに困っていると、思わぬ助け舟が登場する。

「ちょっと！　アンタ何やってんのよ。佐々木さん困ってるじゃん」

　葉山真の幼馴染、神田小春（かんだこはる）だ。オシャレなギャル系の彼女は今日もキラキラ輝いている。うーん流石メインヒロイン。幼馴染属性なのもグッド。……などと思っている場合ではない。

「いえ、その、ちょっと寝不足で」

「あ、ごめんそうだったの？」

「ほら、アンタ無駄にデカくて威圧感あるんだから、自重しなさいよ。ごめんね佐々木さん！　コイツ気が利かないから」

「あっ、いえ大丈夫です」

　ほら行くわよと神田さんが葉山君を連れて席に戻っていく。正直凄く助かった。

「ま、まさか鏡花ちゃん！？」

　フリーズしていた親友がいつの間にか復活した様だが、何故かやけに顔が赤い。

「え？　なにカナちゃん？」

「き、昨日眠れなかったのって……」

「はい？」

　なんだろう？珍しく興奮している様だけれども、私はただ黒歴史のせいで寝付け……んん？　あっ！？

「ちちちちち違うよ！　昨日ずっと一緒だったとかじゃないから！」

　慌ててカナちゃんの耳元で囁く。とんでもない誤解だ。あんなキラキライケメン男子がこんな野暮ったいクソ地味女なんかとそんな……そ、そんな行為なんてやる訳が無い。美人で人気の女性を高嶺の花なんて言ったりするけれど、私はドブ川に生えた雑草だ。抜いてポイされるのがお似合いだ。

「で、でも葉山君が昨日って！　何かあったんでしょ！」

「いや、それは……」

「はぁ～～まさか鏡花ちゃんがモブ友を辞めてキラキラリア充ルートに行っちゃうなんて。遠い存在になっちゃったな……」

「何勘違いしてるの！　見たら分かるでしょこの通りクソ雑魚モブ感満載の女だよ私！」

　私がメインヒロインなんて、そんな訳がない。どこにでもいる様な一般生徒である。アニメだったら名前すらないちょい役として登場する存在だ。

「えぇ～でも葉山君と何か仲よさげだったし」

「あれは！　その、ただの挨拶だよ！　それだけ！」

「それだけじゃ無さそうだったけどなぁ？」

　親友のモブ友は中々信じてくれず、担任の教師が来てしまい弁解の時間は終わってしまった。まあでもまだまだ時間はあるからお昼にでもちゃんと話をしよう。そう考えていた私の考えは甘かったと後々思い知るハメになる。

　お昼休みになったので、私は購買に向かう事にした。寝坊してお弁当を用意出来なかったからだ。急いでいたからコンビニにも寄れていない。

「あれ？　鏡花ちゃんどこ行くの？」

　いつもの様に机をくっつけてお弁当タイムに入ろうとしていたカナちゃんが不思議そうにする。

「寝坊したからお弁当ないんだよ。ちょっと買ってくるね。」

　そう言い残して教室を出る。お昼休みに購買部に行くと、人混みが凄いから陰キャな私としてはあまり近寄りたくない。だからこそ毎日弁当を作って来ていたのだ。

　でも今日はどうにもならない。寝不足であまり元気でもないからこそ、朝とお昼の両方を抜くわけには行かない。

　平凡な体力しかない私はこの状況で朝昼抜きなんて無理だ。……あと授業中にお腹が鳴ってしまったら目立つし。

　寝坊した以上は仕方ない、この試練を受け入れよう。

「うっ……」

　いざ購買部に到着したは良いものの、既に結構な人数が集まっており気後れしてしまう。体の大きな体育会系男子や陽のオーラが満ち溢れる体育会系女子達がひしめき合っている。

(あ、これ無理だ)

　クソ雑魚陰キャモブな私にはこの荒波には耐えられない。残り物には福があるって言うからね、それで良いよね。

　初めての購買部ではあるものの、出遅れると人気の商品がなくなってアンパンぐらいしか残らないのは、前に聞いて知っているので覚悟を決める。まあ食べられない訳じゃないし良いか。

　そうやって諦めかけていた時だった。私のすぐ傍で聞いた事のある声がした。