1章 第4話

「あれ? 佐々木ささきさんじゃん? 珍しくない?」


佐々木ささきさんも買い物?」

 

 先に購買部まで来ていたらしい神田かんださんと葉山君はやまくんの幼馴染コンビが前からやってくる。2人は既にお昼をゲットした後らしく、戦利品を手にしていた。


「あっその、朝ちょっと、寝坊しちゃって……」


「なるほどね~。じゃあ早く行った方が良いよ! ゆっくりしてたら人気あるやつ無くなるから」


 神田かんださんはそう言って自分の戦利品を軽く翳して見せた。購買部の定番、美味しいと噂のサンドイッチを2種類買った様だ。確かに美味しそう。


「いやでも、その、私は後からで良いので……」


「?? あぁ。そうだよね。佐々木さん小柄だしね。ちょっとマコ!」


「え? なに?」


 神田さんは隣で見ていた葉山君に声を掛ける。やっぱりこの2人仲良いな~お似合いだな~などと思っていたら思わぬ展開が訪れる。


「アンタちょっと佐々木さんのガードしてあげなよ。あの中に入ってくの、無理だろうし」


「え? ああ、確かにそうだな。行こう佐々木さん」


「え?……え?」


 あっという間に私の手を取った葉山君が、体育会系男女がひしめく購買部のカウンターに向かって連れて行く。


 ひえぇぇぇぇナニコレナニコレナニコレどどどどどう言う??? 私葉山君と手を繋いでる?? 死罪ですか?? 市中引回しで許してくれますか?? 私の様なド陰キャモブ女がクラスのイケメンと手を繋いだ罪はどうすれば許されますか??

 などと鏡花きょうかがテンパりまくってる間にカウンターに到着してしまう。


「佐々木さんは何か欲しいパンとかある?」


「あっ、えっと、私は、購買部初めてで……」


「うーん、じゃあ俺のオススメでも良いかな?佐々木さんが嫌じゃなければだけど」


「そ、それでお願いします!」


 分かった任せてと言って葉山君は注文をしていく。その微妙な空白の時間が鏡花に現状を認識させた。


 おあああああああああああ近い! 近い近い近いイケメンの顔面が近い!!

 生徒達が密集している関係上、鏡花が埋もれない様に守ってくれている葉山との距離は必然的に近くなる。近くなると言うかほぼ抱きしめられた様な格好だ。


 ゔっっっっっっっ!! 死ぬ……死んでしまうこんな教室に沸いたカビの様な女はキラキライケメンに近付き過ぎて浄化されてしまう………。あっ、でも良く見たら葉山君まつ毛長いな……ちょっと色っぽいかも……しかもちょっといい匂いする……これがイケメンの香り…………はっ!? キッっっっっしょ!!! 今なに考えてた!? キモッ!! ヤバい女過ぎる。クラスメイトになんて失礼な。良し、死ぬか。自決しようそうしよう。


「佐々木さん」


「ひゃいっ!!」


「?? えっと、これでどうかな? 量多い?」


 ひたすらにテンパり続ける鏡花は忘れそうになっているが、今はお昼を買いに来ているのだ。


「あぁ、えっと……朝も食べてないから大丈夫だと思う。」


「そっか! じゃああそこで支払えば良いから」


 葉山君が示した先にはレジとレジ担当の女性が立っていた。注文と支払いが同じ位置だと手狭になり過ぎるから、少し位置を離しているようだ。この混雑具合を見れば納得の処置だ。


「じゃ、じゃ買ってくるね! ありがとう葉山君」


「俺はこの辺で待ってるから」


 そうして鏡花は初めての購買部で無事にお昼を購入出来たのだった。



「お、お待たせしました」

「いいよこれぐらい。じゃあ戻ろう」


 流石にもう手を引かれる事は無かったので、鏡花の精神は先程よりも落ち着いている。心のどこかで手を繋いでいない事を残念に思っているのだが、鏡花はその気持ちを自覚することは無い。


「おかー。買えたみたいだね……おやぁ?」


 離れた位置で待ってくれていた神田さんがニヤニヤと葉山君を見ている。なんだろう?


「お揃いっすか~抜け目ないね~カレシアピか~??」


「ふぇっ!?!?」


「違うから。佐々木さんが購買初めてみたいだから俺のいつものヤツにしたの」


 言われるまで全然気付けなかった。確かに良く見てみたら全部同じだ。焼きそばパンにミックスサンド、カレーパンとフルーツオレ。並んで歩いて居ると、まるでカップルが同じ物を買って一緒にお昼みたいな……違う違う違う! そう言うのじゃないって本人が言ってるから!!

 ちょっと優しくされたぐらいでその気になるとかビッチか?? 私もしかしてクソチョロビッチさんだったか?? まだ男子と手を繋ぐ事も…………キスすらした事ないド陰キャモブやぞ??


 昨日から鏡花には慣れない事が連続しており少し壊れ気味である。寝不足なのも原因の1つではあるが。


「あ~しまったな。昨日のお礼として俺が奢れば良かったね」


 その言葉が鏡花の意識を現実へと戻す。


「えぇっ!? そんなの良いよ!」


「ああでも……これじゃちょっと安過ぎるか。また今度ちゃんとお礼するよ」


「ほ、ホントに大丈夫だよ?」


 本当にたいした事はしていない。むしろちょっと、いやだいぶやらかしてしまった感が強いぐらいだ。

 うわコイツ汗臭いな、とか思われて無かったのか今でも不安である。かと言って本人にそんな事を聞く勇気は持ち合わせていない。


「マコさんや~やけに佐々木さんに絡むじゃん?」


「別にそんな事はないだろ。普通だ。」


「えぇ~~そうかなぁ? 今日めっちゃ絡んでるよね~佐々木さん?」


「えぇ!? ど、どうなんでしょう?」


 そんな会話をしている間に教室へと辿り着いた。つい会話の流れのまま3人で教室に入った事で注目を集めてしまう。


(やっっっば……)


 なんでアイツがあの2人と?? と言う視線が鏡花に突き刺さる。寝不足で警戒心が足りて居なかったせいで、3人で仲良さそうにしている所を見られてしまった。


「あっあの! それじゃあ友達待たせてるから!」


「おけ~また今度ね佐々木さん!」


「今度お礼するから」


 逃げる様に移動すると感じが悪いからと自分なりに丁寧に対応したつもりだったが、全然隠しきれないぎこちなさが見事なモブ感を醸し出した。なんでアイツが?と言う視線が強くなった気がしたのでそそくさと席に戻る。


「おぉぉお待たせカナちゃん!」


 微妙なぎこちなさを引き摺ってしまい、親友の前ですらおかしな態度を取ってしまう。


「……ねぇ鏡花ちゃんさ、絶対何かあったよね?」


「うっ…………」


「今日部活ないから、久しぶりにカラオケでも行こっか」


 その顔には書いてあった。もう何かあったのは隠しきれないんだから潔く全部お話しなさいね?と。


「…………はい」


 何だかバタバタしたお昼休みだったが、葉山君のオススメはどれも美味しかったのが救いである。


 その日の夕方、鏡花と佳奈カナは隣のクラスのモブともを誘ってカラオケに来ていた。昨年同じクラスだったが、進級と共に教室が分かれてしまった彼女の名前は小日向麻衣こひなたまい

 中肉中背で悪くもなく良くもない、少しソバカスが目立つ地味顔なラクロス部所属の女子高生。

 ラクロスは上手くもないが下手でもない。ちょっと間延びした話し方がまた没個性だ。実に素晴らしいモブ感が漂う彼女と佳奈は、小学生の頃から鏡花の親友でありモブ友であった。


「え~? マジ~? キョウちゃんリア充じゃん裏切り者~~」


「違うってば!! リア充要素ないでしょ私に!」


「モブはクラスのイケメンに膝枕なんてやらないよ鏡花ちゃん?」


「ゔっっっっっっっ」


「キョウちゃんてたまにメインヒロインムーブするよね~」


「ぁ゙っっっっっ」


 カラオケに来たにも関わらず、ひたすらに鏡花の異端審問が行われていた。


「ち、違うんだよ……何かあのまま放っておいたらダメな気がしたんだよ~~」


「だからって膝枕はやらないよ私なら」


「キョウちゃん自分がおかしいって自覚ある~?」


「いや、だって…その、何か体が勝手に…」


 本当に他意なんてないのだ。何となくそうするのが良い様な気がしたから、ついやってしまっただけだ。特に意味なんて無い。


「はぁ~これがメインヒロイン様ですよ無意識にやっちゃうんだよ~」


「私達の知ってる鏡花ちゃんはもう居ないんだね…」


「だから違うってぇ!!」


「顔とスタイルでは勝負出来ないから、男子高校生の肉欲を直接刺激して勝ちを得るなんて強い子に育って……うっうっ」


 麻衣まいが大人になった娘の成長を喜ぶ母親の様な演技を始める。


「言い方ぁ!!そんなに、肉欲なんて刺激してないよ! 見てよこの色気の欠片もない脚を!」


 そう言って鏡花はスカートを少し捲って見せる。そこにはめちゃくちゃ普通で平凡な太ももがあった。


「まあ、普通よね」


「お母さん的にはもうちょいお肉が欲しいわ~」


「誰がお母さんよ…」


 何だか非常に疲れるハメになってしまった鏡花である。まあ実際にやった事は中々に攻めた内容であるが故に、こうなるのは仕方なかった。


「2人とも真面目に聞いてよ~。何か急に距離詰められて困ってるんだよ?」


「え、ごめ~ん自慢かと思ってた~」


「鏡花ちゃんは葉山君と付き合いたいんじゃないの?」


「なんでそうなるの……」


 どうやら鏡花の思いは、2人にちゃんと伝わっていないらしい。こんなに必死に説明したのに。


「だって鏡花ちゃんの話だと、凹んでたイケメンを慰めて立ち直らせたら好かれちゃったって話じゃない?」


「私もそう思いま~す」


「えっ、そんな認識なの2人とも」


 いくら何でもそれはないだろう。このモブ感満載で平凡な私のどこに好きになる要素が有ると言うのか。いや、ない。まず有り得ない話だ。


「『モブ令嬢の私がイケメン公爵様を慰めたら溺愛されて困っています』みたいな話でしょ?」


「良くあるやつ!!……ってそうじゃないってば! そう言う作品のモブはモブを名乗りながら美少女でしょ! 私は全然違うじゃん!」


「ま~キョウちゃんは確かに普通よね~」


「それはそうだけど、でもイコール不細工ではないじゃない?」


 特にそんな事は気にした事が無い。鏡をみても、ごく一般的な普通の日本人がそこに写っているだけだ。綺麗ではない。可愛くもない。まさに平凡と言う表現が相応しい。

 どうしようもないほどに劣った容姿では無かった事が、唯一の救いとしか言いようがない。その程度の存在だと思う。多分だけど。恐らくだけど。希望的観測かも知れないけど。


「えっと、どうなんだろ?……私って普通、よね?」


「うん普通~」


「不細工ではないよ。普通だね。」


 実際に鏡花は普通としか言えない外見をしている。素朴な顔と言うのが一番近い表現と言える。何なら体型も普通だ。上から下まで平凡。

 この3人を簡単に表すならば、平凡なスポーツ女子タイプの麻衣、吹奏楽部所属でちょっと胸が大きめで平凡なタイプの佳奈、特筆するような事はない文学少女タイプの鏡花、と言う感じである。


 全員パッとしないが、恋人が出来ない程劣ってもいない、どこまでも平凡な女子高生達である。

 同窓会で、へぇ~◯◯さん結婚してたんだねふ~ん。で話題が終わるぐらいのポジションである。


「って! 私が平凡なモブ顔してる事の再確認はどうでも良いよ! 葉山君とどう接したら良いかだよ!!」


「え~別にそのまま仲良くなれば~?」


「葉山君の方が鏡花ちゃんに近付いて来てるんだから良いんじゃない? 葉山君が気にしてる人に何かするお馬鹿さんなんて、まあ中々居ないよ。下手したら神田さんまで敵に回すんだし」


 カナちゃんは時々腹黒さを垣間見せる時がある。でも確かに言う通りかも知れない。現状鏡花側には何の落ち度もないし、探られたくない腹もない。調べた所で平凡オブ平凡なモブ生徒Bである事が分かるだけだ。変な過去だってない。

 治安が著しく悪い土地柄でもないし、普通の進学校である。小学生みたいな嫌がらせをする様な人が居るとも思えない。ただ……


「それって結局、黙って見世物になれって事?」

「「うん」」

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