第7話 水族館ダンジョン5
鈴音さんのもとから逃げ――もとい離脱した後、中層をサクサクと攻略した私はボスフロア前に到着した。
先の見えない暗い階段を降りればそこにボスが居る。
時刻は16時前。
ここを攻略したら今日は撤収かな?
余り遅くなると仕事終わりに様子を見に来るだろう姪に怒られるし、暗くなると補導の危険性があるからね。
補導、怖いし、面倒だし……。
「ちょっと、休憩にしようかな」
このフロアには他のプレイヤーがいないことは確認済み。
なので、此処でのんびり休憩してもトラブルに巻き込まれることは無い筈。
近くの岩に腰かけて、ヒップバッグから水筒とお茶菓子を取り出す。
このヒップバッグには水筒とお茶菓子の他にも回復用のポーションとか毒消しとかも入っている。
ポーションは魔力切れ時の回復手段として以前は良く使っていたけど、今では自分用というより困っている人に分けてあげる用になっている。
なにせこの身体になってから結構な回数の魔法を使っても魔力が減っている気がしないのだ。
「羊羹美味しい。甘いものが沁みる」
コンビニで調達したパック入りのミニ羊羹を咀嚼する。
この羊羹、サイズとコスパが丁度良いのだ。
それをチビチビと食べる。
口が小さくなったのでTS前のように二口、三口でパクリとはいかない。
食べ終わるまで時間が掛かるのが難点だけど、その分満足感が得られるのは幼女化した利点かな?
実はこの体、とても燃費が良いのだ。
ダンジョン内ではレベルによって身体に補正が掛かる。
レベルが高ければ高いほど補正も高くなり、筋力、持久力、内臓機能などが上昇する。
内臓機能が強化されると消費カロリーも抑えられて燃費も良くなるらしい。
高レベルの上級プレイヤーになると少量の食べ物と水だけで数日ダンジョンに籠れるとかなんとか。
ちなみに、今の身体だと此処までで消費したカロリーくらいならミニ羊羹1本で十分賄えてしまう。
カロリー補充には羊羹。
美味しいし、日持ちするし、お茶に合うので三拍子揃っている。
最高です。
『キシャァァァッ!!』
と、リポップした半魚人が私に気付いて臨戦態勢になる。
隠蔽を使っているわけではないのでモンスターに近づかれると幻惑ローブでは気付かれてしまうのだ。
万能装備ではないのでこればかりは仕方がない。
『ギャギャッ!!』
『ギャ!?』
半魚人の奇声につられるようにして少し離れた位置にいたパワークラブとガードクラブがアクティブに。
「はむはむ(仕方ないですね」
ちょっとだけ残った――ただし一口では食べきれない量の羊羹を口に咥えたまま、半魚人向けてダッシュ。
トライデントの刺突を、背を低くすることで回避しそのまま懐へ。
「むッ!」
半魚人の顎を蹴り上げる。
『――ッ!?』
そのまま天井まで吹っ飛んでいった半魚人をしり目に、突進してくるガードクラブとその後ろに追随するパワークラブを迎撃。
パワークラブとガードクラブは中層後半に出現するモンスターで二体セットで行動している。
硬い装甲のガードクラブの後ろから、大きく発達した片腕で強力な攻撃を繰り出すパワークラブ。
阿吽の呼吸ともいえる攻防一体によってプレイヤーを苦しめるのだ。
特にソロにはキツイ相手だ。
「はむむッ(でも今なら」
突っ込んでくるガードクラブを回し蹴りで吹き飛ばす。
勿論、ガードクラブの後ろにいたパワークラブごと。
『『ピギャッ!?』』
吹き飛ばされた勢いで壁とガードクラブにサンドイッチされたパワークラブは敢え無く消滅。
ガードクラブもその装甲をボロボロにして崩れ落ち消滅した。
「はむ。――コクコク」
残った羊羹を口に入れ、水筒のお茶を口に含む。
「ご馳走様でした」
やっぱり羊羹とお茶の組み合わせは良いですね。
お茶だけだと苦いけど、羊羹の甘味があれば丁度良く感じる。
まぁ、それくらいに子供舌なんだけど……。
「さて、気を取り直して行きますか」
水筒をヒップバッグにしまいボスフロアへと続く階段を降りていく。
――チャッポン。
ボスフロアに足を踏み入れると水が跳ね足が沈む。
水深は30cmほど。
この身体だと膝下くらいに水面がきてしまう。
これだけ深いと移動阻害としては十分な効果だよね。
そして、ここのボスは――
ザパァン。と水面を割って巨体が起き上がる。
現れたのは巨大なイカさん。
つまり、クラーケンだ。
10本の触腕による縦横無尽の攻撃と水魔法。
それから、体は柔らかく弾力が有り表面がヌメヌメしているので斬撃や打撃攻撃は効果が薄い。
刺突攻撃であればダメージを与えやすいが斬撃、打撃よりましという程度だ。
故に、前衛からは嫌われている。
特に女性陣からのヘイトが凄い。
ヌメヌメだからね……。
TS前に一度だけパーティを組んで挑戦したことがある。
その時の私の役割は、後方からバフとデバフを行うことによる支援だったので攻撃を行うことは無かったが前衛は相当苦戦していた。
倒すことは出来たものの前衛の殆どが疲労困憊で、それ以上の攻略を断念したのは苦い思い出だ。
ま、当時のレベルだとむしろ中層ボス撃破でもよくやったほうだけど。
「でも、今なら……」
スッと目を細める。
10条の筋が水面を裂いて近づいてくる。
全てクラーケンの触腕だ。
グッと脚に力を込める。
――直後、水面から2本の触腕が飛び出してきた。クラーケンの触腕の中では一際長くて太い2本。
「――今ッ!」
タンッ。と前に飛び2本の触腕をすり抜ける。
直線的に私に向かってくる攻撃は前に出ることで簡単に回避できる。
次の触腕、さらに次の触腕、さらにその次の触腕、それらを前へ前へ飛ぶことで回避する。
気付けばクラーケン本体まで数mの位置に来ていた。
――と、足元に魔力反応。
「――魔より我を守護せよ。
足元に魔盾を展開。
直後、周囲の水中から打ち出された
水しぶきを目くらましにしてクラーケンの懐へ。
「てやぁ!」
ベチンッ!
弾力のあるヌメッとしたものを殴った感触。
「うひゃッ!?」
『ピギャッ?』
思わず変な声が出た。
前者は私で後者はクラーケンの悲鳴。
クラーケンはそのまま吹っ飛ぶと壁面にベチンとぶつかる。
「うう。ヌメヌメする」
クラーケンを殴った手には半透明のどろりとした液体がベッタリと付いていた。
「ばっちい……」
パッ。パッ。と手を振って粘液を払う。
――落ちない。
うん。これは女性に不評なわけだ。
むしろ中身が爺さんな自分にも不評だ。
触腕に絡みつかれたらと思うと、ちょっと鳥肌が立った。
洗濯も大変そうだし……。
「うん。もう殴るのはやめよう」
ヌメりが付いていない左手をローブのポケットへ突っ込む。
『ピキャァァァッ!!』
クラーケンが甲高い咆哮を上げて触腕を振るう。
今度は直線的な攻撃ではなく横薙ぎを混ぜた面での攻撃。
こうなると回避は難しい。でも――
「ていッ」
左手の親指を弾く。
パァァァン。と、音を立てて触腕が爆ぜた。
次々に襲い来る触腕も親指を弾くことで爆散させる。
これは、指弾だ。
無魔法にも
そちらは魔力を消費して魔力の塊を撃ち出すのだけど、いま使ってるのは小石を指の力で弾いてるだけだ。
なお、小石はその辺に落ちているダンジョン産。
『ピギャッ!!』
全ての触腕を失ったクラーケンはバチャバチャと千切れた触腕で水を叩きながら距離を取る。
そのまま魔力が集まり
水槍は威力も弾体も水弾を大きく上回る。
射線上に複数のプレイヤーが居るとまとめて脱出アイテム作動なんてことが起きる。
いわばクラーケンの奥の手。
「でも、弾速が遅いからね」
本来なら触腕との搦め手で撃ってくるので回避が難しいけど、頼みの触腕は既に無い。
単発の水槍なら回避は簡単だ。
発射された水槍をあっさり回避する。
「これでお終いだよ」
左手から打ち出した石ころがクラーケンの眉間を撃ち抜く。
『ピキャァァァ』
断末魔を上げたクラーケンの身体が崩れて消滅した。
「イカ墨げっと」
これも秘薬の材料になるとかで、クラゲの小瓶と合わせて高額換金アイテムなのだ。
今は最低換金率だけど……。
「ふぅ。今日はここまで。さぁ帰ろう」
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