第5話 水族館ダンジョン3

それは、みのりが中層でソロプレイヤーの存在を知る前まで遡る。


「本日はソロで水族館ダンジョン中層を探索中です」


中層では、浮遊カメラの前で話す女性が一人。


<本日は、というか本日もだな>

<最近ソロはだいたいここだからなー>

<え? というか水族館ダンジョンってソロいけるの>

<お、初見さんか~?>

<野郎ども囲め囲めー>


彼女の名前は鈴音すずね

そこそこ名の知れた中堅の配信プレイヤーだ。

ほんわかとした性格で親しみやくルックスも良い。

それだけなら同じような中堅配信プレイヤーは多くいるのだが、彼女の属性の一つに貧乏がある。

もともと鈴音は資産家のお嬢様だった。だが、親が事業に失敗して会社が倒産。

鈴音が高等部の修学旅行から帰宅した時には既に親が蒸発。

多額の借金だけが残されていた。

その後、残った資産を売却し負債の整理をしつつ、高校だけはどうにか卒業した。

それからは配信プレイヤーとしてドロップアイテムと配信収入で借金を返済している。

そんな薄幸少女なのだ。


ダンジョン中層を進んでいく鈴音の手には彼女向けに調整された少し短めのハルバード、体には動きやすさを重視した軽装鎧と、その上に隠密ローブ。

ハルバードは打撃と刺突が可能で、隠密ローブはモンスターの察知能力を大きく低下させる効果がある。

ある意味でこの水族館ダンジョンの中層に最適化された装備だ。

なお、学生時代から薙刀を嗜んでいた鈴音の腕前は免許皆伝クラスである。


<え? 何どういうこと?>

<鈴音ちゃんは健気なんだよなー>

<そうそう>

<???>

<半年前に此処でモンスターパニックあったのは知ってるか?>

<あー。一時期ニュースになってたやつ? 確か重傷者と行方不明者が出たとか?>

<それよそれ>

<その時、鈴音ちゃんは脱出アイテム忘れたパーティメンバーに自分のを譲ってしまってな。で、そのあとモンスターパニック発生>

<立て続けのリポップでパーティが瓦解して気付けば鈴音ちゃん以外は全員脱出アイテム作動というね>

<あれはマジやばかったよな>

<そうそう。もうほぼ配信事故だったもんな>

<うへぇ…。よくご無事で>

<実際危なかったのよ。でも、老プレイヤーに脱出アイテム渡されて事なきを得る。と>

<え? なにそのイケオジ>


「はい。その方は私の命の恩人です」


鈴音は、あの時の光景を思い出す。

運悪くクラゲの麻痺と毒をもらってしまった鈴音はモンスターに囲まれて身動きが取れず死を覚悟していた。

借金返済のために始めたプレイヤー稼業とダンジョン配信。

最初こそ苦労はあったが、ダンジョン適性が高かった事と、増えてきた視聴者さんの応援などもあって、明るい兆しが見え始めていた。

だからか、借金返済後の人生設計もちょっと考えられるような。そんな余裕が顔を見せ始めていた頃だった。

故に、力も付いて来て少し調子に乗っていたのかもしれない。


――調子に乗った罰が当たったのかな?

――だけど、ここで死んだら借金の事は考える必要無くなるんだよね。


そんな考えが頭を過った。

その時、一人の老プレイヤーがモンスターの包囲網を突破して現れ、鈴音の状態異常を治してくれて、脱出アイテムまでも融通してくれたのだ。

お礼をしようと声を掛けようとした鈴音だったが、自分は馴れているから大丈夫。と言って直ぐに立ち去ってしまい。お礼も言えず名前も聞けなかった。

後のニュースで行方不明者が出た事を知った鈴音は胸騒ぎからダンジョン管理省へ何度も何度も問い合わせをしたが、結局何も知ることは出来なかった。

数日後、ダンジョン管理省のホームページで行方不明者が無事だったことだけは知ることが出来たのが幸いだったが。

それからSNSや配信を通じて情報を求めてみたものの、時々そのフロアで見かけるソロプレイヤーということしか分からなかった。

だから、鈴音は時間を作っては水族館ダンジョンの中層へ潜っているのだ。

借金返済の傍らで、此処で活用できるソロ装備も揃えてしまう程度には。


<それ以降ソロの時はだいたい此処でそのプレイヤーを捜しているのよTT>

<ちょっと泣けてきたわ。@¥5000>

<まじええ子 @¥3000>


「あ、ありがとうございます」


視聴者からスパチャが入る。

それを見た鈴音はお礼をしつつ、前方に浮いているクラゲ×2体へ攻撃を開始する。

隠密ローブによりクラゲの感知エリアギリギリまで接近してからのハルバードによる刺突。

そのままクラゲの核を2体まとめて貫いた。


「あ!? 小瓶ドロップしました」


<おめ>

<おめめ~>

<え? 浮遊クラゲってそんな簡単に? 俺パーティ組んでてもめっちゃ苦労したのに>

<なんだ知らんのか? 刺突系武器で核を貫けば一撃なんだぜ。もちろん俺は出来ない>

<隠密ローブでギリギリまで接近できるとはいえ、浮遊クラゲは常に動いてるからなぁ>

<しかも、二体まとめてとか普通出来ん>

<待って、もしかしてこの子すごく強い?>

<今使ってるハルバードとか薙刀系の武器なら中級プレイヤーでも上の方に入れると思うよ?>

<まじかぁ(白目>


慎重にモンスターを狩りつつ移動していく。

そして、とある小部屋の前に到着した。


「部屋の中にクラゲ2体とクロスクラブ1体。――いけそうなので掃除します」


最初に刺突でクラゲ1体を倒す。

鈴音に気付いて飛び掛かってきたクロスクラブを薙ぎ払いでノックバックさせ、その間にもう1体のクラゲを処理。

再度突撃してきたクロスクラブの脳天をかち割る。


「ドロップを回収しま――」


ポン。ポポンッ。と続けざまに音が響いた。

この軽快な音はモンスターが出現する際のリポップ音だ。

鈴音はアイテムを回収する手を止めて、警戒モードへ移行する。


<え? リポップ?>

<鈴音ちゃん気を付けて~>


小部屋などの場合、一度モンスターを掃除すればしばらく安全地帯になるのが通説だ。

だが、タイミングによっては時間をおかずにリポップする事がある。

鈴音は新たに出現したクロスクラブ3体を視界に納めて、まずは近くの1体を落ち着いて処理する。

更に次の1体に狙いを定めたところで――。


ポン。ポン。ポポンッ。


鈴音の後方から立て続けにリポップ音が響く。


<またリポップ?>

<え? これ、ちょっと不味くね?>

<カメラに映ってないけど、音からして3か4は沸いたっぽい?>

<鈴音ちゃん。不味いよ。逃げてー>


「いったん立て直します」


音の方をちらりと確認したときに半魚人が1体居ることに気付いていた鈴音は直ぐに部屋からの脱出を実行する。

そして、煙幕玉を使った次の瞬間。


ポポン。ポンッ。


部屋の出口にクロスクラブがリポップするのが見えた。

不味いと思った鈴音は反射的に部屋の奥側――岩場が密集して姿を隠せそうな場所へと飛び込んだのだ。


「ちょっと不味いかもしれません」


緊張から鼓動の早くなる心臓。

それを静かにだが深く呼吸することで抑えつける。

落ち着いてから、鈴音は室内の状況を確認するために配信用カメラを少しだけ岩陰から出す。

配信カメラと連動しているスマホに映し出されたのはクロスクラブ5体、浮遊クラゲ3体、半魚人1体。


<流石にこれは…>

<半魚人と浮遊クラゲは鬼畜すぐる>

<適正レベルのパーティでもこれはキツイわ>

<ちょっとしたモンハウじゃん>


「何体か部屋の外に出てくれればいけそうなんですが……」


<ルームに出現したモンスターって自発的に外には出ないから(震え>

<誰か来ないかなぁ?>

<だが、平日の昼間だ>

<無理ぽ>


「すみません。今日はここま――」


状況から脱出アイテムでの撤退を表明しようとしたところ――。


<ちょっと待って、入口に誰かいる?>

<ホントだ。え? でも小っちゃくね?>

<え? 子供? こんな時間に?>


いくつかのコメントを見て鈴音も入り口の人影に気付く。


<いや、でも此処中層だぞ。あり得るのか?>

<じゃあ、これに映ってるのは?>

<幽霊?>

<水族館ダンジョンにゴーストは出ない。人型系は半魚人かセイレーンだけだ>

<どっちもあんな小さくはないよな?>

<もしかして、これ、噂の座敷童?>

<座敷童って実在すんの?>

<あれってSNSで話題作りのための都市伝説じゃ?>


(あの子が何体か引き付けてくれれば――。いけない。いけない)


と、一瞬浮かんだ考えを払う。

自分より小さな子に頼るなんてプレイヤー失格だ。

むしろ、あの子が危ない目に合わないようにしなければ。と、鈴音はハルバードを持つ手に力を込める。

覚悟を決め、岩陰から鈴音が飛び出そうとした――直後。

鈴音が動くよりも早く、その子が室内に踏み込んだのだ。

そして、繰り広げられる一方的な蹂躙。

勿論、蹂躙されるのはモンスター側だ。

だが、モンスターも一方的に倒されているわけではなかった。

クロスクラブが倒されている間に半魚人が呪鎖カースチェインを破壊し、その子の背後を取る――


「危ないッ!!」


思わず鈴音が叫ぶ。

次の瞬間、半魚人のトライデントを鉄棒代わりにしたその子は柄の上を軽々と走り、半魚人を掌底一発で撃破してしまったのだ。


「うそぉ……」


<うそぉ…>

<うそぉ…>

<うそぉ…>


その瞬間。配信者と視聴者が過去一番の一体感を醸し出したのであった。

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