第3話 水族館ダンジョン1

東京23区の一つ江戸川区。

その江戸川区内にある葛西臨海公園内にあるダンジョン。

通称、水族館ダンジョン。

ダンジョン内にはたくさんの水場があり、出現するモンスターは水棲生物のみ。

同じ公園内に水族館があることから水族館ダンジョンと言われ休日ともなれば多くのプレイヤーに親しまれている。

ダンジョン構成は、上層5層、中層10層、下層15層の計30層。

上層ボスの推奨レベルは15、中層ボスの推奨レベルは30、下層ボスの推奨レベルは50とされている。

此処に出現する水棲生物系モンスターの特徴は、毒や麻痺と言った状態異常攻撃だ。

そのため、ソロは非推奨。

特に、純アタッカーの戦士や魔術師には厳しいダンジョンだ。


「でも、状態異常の回復手段があればソロでも美味しい場所なんだよね。特に中層ドロップアイテムの換金率が良いし」


なのだが、今の私にとって一つだけ問題があった。

未成年によるダンジョンアイテムの持ち出しと換金制限における法律だ。

未成年のプレイヤーにはアイテムの持ち出しと換金に制限が掛かるため丸儲けとはいかないのだ。


ほら、いつの世でも残念な親というのは居るのである。


特に、ダンジョンが出現して以降に生まれた世代はダンジョン世代なんて言われていて、ダンジョン適性が高いらしく、それ以前の世代よりもレベルが上がりやすい傾向があるそうだ。

結果、自分の子供を使って荒稼ぎ。なんて考えた親はそれなりに居たようで、10年ほど前に社会問題になった。

そのため、政府は未成年プレイヤーを護るためにかなり迅速な法改正を行ったのだ。


「それでもダンジョン収入は捨てがたいからね。それに、どうせ暇だし」


ちなみに東京都はダンジョンの宝庫で、日本にあるダンジョンの約12%が都内に存在している。

意外なことに、試される大地と何かとネタにされてきた北海道のダンジョン比率は日本全体の4%ほどしかない。

面積だけなら都道府県で最大を誇るのにね。

なお、これはダンジョンの発生する場所が人口の多い地域に集中し易いという性質があるからだ。

ダンジョンの発生メカニズムを解明しようと世界中の学者さんたちが研究した結果、統計的にそういうことが分かったらしい。

その結果、人口が一極集中している東京都が日本で最大のダンジョン地区になってしまったというわけだ。


「んー。やっぱりダンジョン直行バスが最寄り駅から出ているのは良いですね」


30分ほどバスに揺られて到着したのはダンジョン入り口前のバス停だ。

下車して、体をほぐすように伸びをする。

本日の装備は――といってもこの装備以外無いのだけど――動き易さ重視の軽装備と幻惑ローブ。

何故か? TSした際に愛用品を全ロストしたからね。

唯一残っていた防具が、女性向けデザインだからと箪笥にしまって忘れていた幻惑ローブだけ。

効果は装備者の存在を曖昧にさせ相手から認識させにくくするとともに装備者の違和感を無くすというもの。

13歳という割には小さすぎる身体を誤魔化すには最適な装備だ。

さらにフードも付いているので顔を隠しやすいという利点もあり、この身体になってからは愛用装備になっている。


「嬢ちゃん一人かい?」

「は、はい」


受付でライセンスカードを見せると職員さんから声を掛けられた。

他のダンジョンだと素通りだったので少し驚いて声が上擦ってしまった。

恥ずかしい……。


「脱出アイテムはちゃんと装備してるかい?」

「はい。この通り」


言われて手首に装着しているリストバンド型の脱出アイテムを見せる。


「OK。すまないね」

「いいえ。でも珍しいですね?」

「半年前に起きたモンスターパニックの影響でね。死者は出なかったものの重傷者は何名か出ちまった。それに、ソロで潜っていたプレイヤーが一時行方不明になってね。暫くの間はチェックを厳しくするよう通達が出ているんだ」

「そうですか。大変だったんですね」


他人事のように相槌を打つ。と言っても、それきっと私のことだよねぇ。


――実際、あの日は脱出アイテムを無くした子に自分のを渡してしまったから転送罠を作動させるしかなくなったわけで。

下手をすれば本当に死んでただろうし……。


そういうこともあってモンスターパニック事件以降は水族館ダンジョンを避けていたのだ。


「事前に下調べくらいはしていると思うが、状態異常には気を付けなよ。脱出アイテム発動ってのは相当痛いらしいからな?」

「はい。お仕事ご苦労様です。では――」


お辞儀をして、ダンジョンへ。


「――我に行く道を示せよ。探知サーチ


ダンジョンに入って直ぐに無属性魔法の探知を発動。

この階層の構造とプレイヤー、モンスターや罠の位置が頭の中に表示される。

以前は、範囲も狭く、効果時間も短かったけど、この身体になってからはフロア移動で再使用するだけで良くなった。とても便利な魔法だ。


「ふむふむ。パーティが二組、モンスターが点在と。平日だしそんなもんだよね」


軽くストレッチをしてからダンジョンを駆け抜ける。

プレイヤーが居ないルート。その最短ルートで次の階層の階段へ。

道中のモンスターは幻惑ローブの効果なのか近くに行くまで気付かないし、気付いた時にはこちらの間合いなので殴り倒していく。

何故殴るのか? 先に話した通り、お気に入りの武器は全部ロストしてしまったし、今まで使っていたクロスボウや拳銃なんかの武器は手が小さくて使えないのだ。

試しに素手で殴ってみたらなんか一撃で倒せたので以降は無手で戦っている。

とても経済的だしね!

とりあえず、こちらに気付いたモンスター以外は無視して進んでいく。

気付かれても攻撃を受ける前に倒せるので状態異常も怖くない。


「まぁ、状態異常になっても自己回復できますけどね――」


何せTS前は足腰にガタが出始めていたとは言えソロで中層まで行っていたのだ。

それくらいの対処は手慣れたもの。

次の階層も探知を使って駆け抜ける。

サクサク進んで上層のボスフロアへ到着。


「たしか此処のボスは――」


ボスフロアはドーム状の円形空間だ。

床は水で満たされていて、水深は10cmくらい。

水溜まりはそれだけで足の動きを邪魔するし、床もところどころヌメヌメしているのでとても滑りやすい。

つまり、足場がとても悪い。

そして、此処のボスはこの悪い足場をものともしない存在。


『キシャーッ!!』


咆哮と共に水面を割ってソイツが現れた。


「出たな半魚人」


半魚人は、人の体に魚の頭を持つモンスターだ。

身長は2mほど。

全身を硬い鱗で覆っているので物理攻撃に対する防御力が高く、手足にある水かきで足場の悪いこのフロアを縦横無尽に駆ける。


『シャァァァッ!!』


こちらを認識した半魚人は、手に持ったトライデントを構え攻撃態勢に入る。

水上を滑るようにジグザグ移動し速度を乗せてこちらへ近づいてくる。

加速した状態でのトライデントの刺突。

この攻撃は足場の関係もあって武器や盾で防いでも大きくノックバックしてしまう。

回避しても滑って態勢を崩しやすい。

ノックバックされるとこちらからの追撃が出来ない。かと言って回避すると足元を取られやすいこの環境では追撃出来ないし、逆に追撃を貰いやすい。

そのため半魚人は前衛1、後衛1で臨み、前衛が半魚人の攻撃を受け止めている間に後衛が攻撃するのがもっとも無難な倒し方と言われている。

では、ソロの場合はどうしたら良いのか?

これについては個々のソロプレイヤーのスタイルで対処法が異なるので、たぶん正解は無い。

以前は中距離を維持して攻撃喰らわないようにして飛び道具で倒していた。

でも今はそれが出来ない。


トライデントの刺突が眼前に迫る。


頭狙いかな? まぁ、身長差とか考えたらそうなるよね。


『キシャャャッ!!』


のけぞることで穂先を躱す。

そのままトライデントの柄を掴んで、鉄棒感覚でクルッと回って柄の上に立つ。


『――!?』


柄の上を走って。


「ていっ!」


私の小さな拳が半魚人の胸部を叩く。

メキョッ。と、音がして半魚人の胸部が沈み――爆ぜた。

半魚人は断末魔を上げることも無く、光の粒子となって消えてしまった。


「う、うーん。ちょっと力を入れ過ぎたかな?」


上層ボス程度ではオーバーキルが過ぎる。

とりあえず、ドロップ品は回収。

制限で換金率は低いけど、こういうのは塵も積もればなんとやら。である。


「さて、中層へ行ってみよー」

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