Ep1

第1話 幼女とルーキーズ

ファンタジー作品の定番であるダンジョンが現実世界に出現してから四半世紀。

当初こそ人類はダンジョンという未知の存在に対し、どのように対処すべきか大いに混乱した。

だが、ダンジョンから産出される未知の資源はその混乱を上回るほどに魅力的なものだった。

結果的に、各国は軍を使って自国のダンジョンを掌握すべく攻略と管理を推し進めた。

日本も各国に追随して自衛隊によるダンジョン攻略並びに管理を実施しようとしたが人員不足により敢え無く頓挫。

しかし、時の総理の気まぐれか、それとも何らかの力が働いたのか、ダンジョン管理省なんてものを設立し、全世界に先駆けてダンジョンを一般へ解放したのだった。


――自己責任の名のもとに。


そして、プレイヤーと呼ばれるダンジョン探索者たちが競い合うようにして各地のダンジョンを攻略していく。

黎明期こそ少なく無い犠牲者を出しはしたものの、ダンジョン構造、出現モンスターとドロップアイテム、プレイヤーレベルや魔法が研究されていく。

遂には緊急時にダンジョンから脱出するアイテムが開発され、ダンジョンでの死亡率は著しく低下し、ものの数年でダンジョン黎明期が終了する。


これは、ダンジョンが比較的安全とされるようになり、中高生がアルバイト感覚でダンジョンに挑めるようになった時代のお話である。


「なぁ? 知ってるか?」

「ん?」

「なんだよ突然?」


三人組のパーティがダンジョンの薄暗い通路を進んでいた。

誰が見てもわかるような初心者ルーキー向けの武具を身に着けている彼らは、最近プレイヤーライセンスを取得した仲良し男子高校生ズだ。

既に何度かダンジョンに潜り、レベルもそこそこに上がった彼らは上層ボス挑戦を計画し、ただいまダンジョン行軍中。

そんな中、仲間の一人が声を掛けた。


「出るんだってよ」

「で、出るって何がだよ?」

「お化け?」

「ひィッ!?」

「ハハハ。ちげーよ」

「ち、違うのかよッ!? お、驚かすなよな。で? 何が出るって?」

「ん? なんかちっさい子? それがプレイヤーを助けてくれるらしい?」

「は? なんだそりゃ?」

「あー。SNSで噂になってるやつ? ――っと、前方にモンスター2体」


先頭を歩いていた一人が手を挙げて静止の合図を送る。


「オーケー」

「よし。任せろッ!」


それぞれが盾とハンドアックスを構えジャイアントアントに突っ込んでいく。

数分後、撲殺されたジャイアントアントがドロップアイテムを残し、光の粒子となって消えていった。


「ちょっと硬くないか?」

「ボス前の階層だし、モンスターのレベルも上がってるのかも?」

「でも、このくらいなら探知サーチ使いつつ行けば余裕っぽいな」

「マジ、ボスもやれそうだな」

「はじめてのボス撃破ってやつだ」

「ボスドロップってそこそこお金になるんだろ?」

「くあー。装備を更新するか。最新のスマホにするか悩むな」

「おいおい。捕らぬ狸の皮算用かよ」

「ハハハ。違いねぇ」


馴れた様子で雑談をしながら進む三人パーティ。

気付けばボスフロアの入り口に到着し、意気揚々とボスフロアへ突入した彼らは、しかし拍子抜けしていた。

なぜならボスが居なかったからだ。


「あー。これって誰かが倒した後ってやつか?」

「そうっぽいな」

「どうする? リポップまで待つ?」


リポップとはモンスターやボスモンスターが倒された後、一定時間で再出現することだ。

なお、ボスモンスターの場合、リポップ時間は30分ほどになる。


「待つのもなぁ~」

「なぁなぁ。中層行ってみねぇ?」

「いや、でも中層ってモンスターのレベルそれなりに上がるんだろ?」

「様子見だけ。様子見だけだって。せっかくここまで来たんだしさ」

「確かになー。ボスが倒されたばかりなら結構待ち時間あるだろうし」

「よーし、じゃあ行ってみっか」


それから彼らは中層へ続く階段を降りていく。

だが彼らは理解していなかった。

上層と中層における適正レベルの差を。

そして、彼らの行動がダンジョンに慣れてきた初級プレイヤーが陥り易い典型的な失敗事例であるということを。

中層へ降りた後、彼らは直ぐにその洗礼を受けることになる。

ケーブウルフの奇襲を受けたのだ。


「クッソッ!? 何がどうなってるんだよ!?」

「知るかよ。走れ! 絶対に停まるな!!」


奇襲で失神した仲間を担いで二人はダンジョンの通路を走っていた。

背後からはケーブウルフの群れが威嚇しながら追っている。

いくらレベルの恩恵で身体能力が向上していても、仲間一人を担いだ状態では速度が出せない。

徐々に、彼らとケーブウルフの距離は縮まっていた。


「うわぁッ!?」


仲間を担いでいた青年が地面に足を取られて転倒する。


「クッソォ!!」


倒れた仲間に飛び掛かるケーブウルフをもう一人の青年が盾で防いで弾き返した。

しかし、その隙に退路を塞がれてしまう。


「おい! どうすんだよ!? どうしたらいいんだよッ!?」

「知るかよッ!? つか、こいつらなんでこんな強いんだよ。攻撃が――うがッ!?」


飛びかかって来たケーブウルフを盾でガードし反撃しようとしたところで、別の方角から来たケーブウルフに武器を持つ腕を噛まれる。


「ぎゃーッ!」


激痛に悲鳴が上がる。


「クソォッ!!」

『ギャインッ!?』


何とか腕に嚙みついたケーブウルフを蹴り飛ばすも噛まれてボロボロになった腕の激痛から膝を着く。

その合間にも包囲網が更に狭まる。


「う、嘘だろぉ……。こんな、こんなことって――」


『『『ガァァァッ!』』』


一斉にケーブウルフが飛びかかった。


「う、うあああッ!?」


『――彼の者たちを守護せよ。聖封セイクリッドシール


『『『キャインッ!?』』』


突如発生した光の防壁が彼らを包み、襲いかかってきケーブウルフは壁に阻まれて弾き飛ばされた。


「へ?」


『――傷つきし者を癒せよ。聖域サンクチュアリ


淡い光が彼らを包み込み受けたダメージを癒していく。


「な? 何が、起きて?」


「てやぁぁぁッ!」


ちょっと間の抜けた声と共に飛び出した小さな影がケーブウルフたちの中央に着地。


――ゴウッ!


直後、着地点の地面が割れ、発生した衝撃波によってケーブウルフが吹き飛ばされダンジョン壁に激突する。

ケーブウルフは断末魔を上げることすら出来ずに一匹残らず消滅した。


「へ? 助かった、のか?」


男子高校生はポカンと口をあけながらヘナヘナとその場に座り込んだ。


「大丈夫ですか? 立てますか?」


目深に被ったフードから赤銅色の双眸が彼らを見つめていた。

フードで顔は良く見えないが、襟元から垂れた長いおさげ髪、高い声音から何となく女の子だとわかる。

それと、この女の子だが立っているにも関わらず、座り込んだ彼――高校生としては背が高い――と対面しているのに頭一つくらいしか差が無い。

つまり背が低い。


「あ、ああ。俺は大丈夫。――あッ、そうだ、こいつらを」

「ケガならさっき治療したので治ってると思いますよ? そちらの人は気を失ってるので頬をペシペシすれば起きるかと」

「ほ、ホントだ。俺の腕。治ってる?」

「おい。起きろ。起きろってば」


言われた通りに倒れている仲間の頬を軽く叩きながら揺らす。

と、小さな呻き声を発して目を開けた。


「ここは? 天国か? やっぱ、俺死んだのか?」

「ちげーよ。生きてるって、クッソ心配させやがって」

「そうだぜ。マジ心配したんだからな」


ヒシッ。と抱き合う男子高校生ズ。


「よかったですね」


何処か嬉しそうな声音。


「あ、でも――。お兄さんたちレベルいくつですか?」


不意に声のトーンが低くなる。

その言葉にドキリとする男子高校生ズ。なお、その大半を占めるのは、ヤベェ。という後ろめたさからだ。


「えと、俺が8で、後の二人は7かな」

「あー。やっぱり。そのレベルでよく上層のボスを倒せましたね?」


女の子に言われて、思わず目を泳がせる三人。


「もしかして……、リポップ前とかで素通りしちゃいました?」

「「「……(コクリ」」」

「ハァ……。――駄目、ですよ? このフロアの推奨レベルは15くらいです。推奨レベルマイナス5くらいならなんとかなりますけど、それ以上離れるとどうにもなりません。脱出アイテムには自動機能が付いてますけど、これって死なない程度のダメージを受けた時に作動するからすっごく痛いですよ?」

「「「はい。すみません」」」


小さな女の子に説教される男子高校生ズ。

逆の立場であれば事案になりかねないが、現状では微笑ましい光景だ。

ダンジョン内であるということを抜きにすれば。だが。


「お兄さんたち、今日はもう脱出アイテム使って帰還してください。そのレベルじゃ大ケガしますよ? わかりましたか?」

「「「はい……」」」


言われて男子高校生ズはそれぞれが脱出アイテムを起動させる。


「そだ。上層ボスの適性レベルはソロなら15。パーティなら10あればいけると思います。頑張ってください」


男子高校生ズが転送される直前、小さな女の子はそう言って手を振った。

口元に可愛らしい笑みを浮かべて。


***


某SNSへの投稿


【ダンジョンでクソ強い幼女に救われた】


【それな。座敷童かと思った】


【俺は気絶してたから説教されたところしか覚えていない。だが、天使だった】


【お前ら夢でも見たのか?】


この後、低レベルで中層へ立ち入ったことが発覚した彼らのアカウントが炎上することになるのはまた別の話。

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