ささくれ

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

「あ、高峰岸たかみねぎし君、爪ささくれてる」

 解剖のあと、お茶の時間。

「あ、本当だ…」

 前橋まえばし教授に言われて、己の手を見る高峰岸。爪の端が割れて、くるんと丸まっている。

「これって、でも、一回爪全はがれしないと治らないやつですよね。はげたらはげたで、物持てませんけど」

 そう言って、お茶を飲む菅沼すがぬま

「嫌なこと言うなあ…」

「まあ、事実だし。爪は、縦に割れやすいと相場が決まっているよ。高峰岸君、ニットの脱ぎ着に気をつけてね」

 沈黙が流れる。

「なんか、でも『ささくれ』って名前の小説ってありそうじゃないですか」

 菅沼が顔を上げる。

「え、私、読んだけど。教科書に載ってたよね」

 ショートケーキに夢中になっていたしろが応える。

「はあ?」

 大声を上げる高峰岸。

「ほら、老婆が死人からささくれ集めてるやつ。ゾッとしたね」

「髪の毛だよ。ささくれ集めてどうするんだよ。かつら作れないよ?」

 意味もなく、泣けてくる。

「あ、じゃあ、ほっこりしたお話をば」菅沼がしょんぼりした先輩の肩を叩く。「紳士が少年を助ける話でしたね。ああ、でも、太宰治からは、尿素入りのハンドクリーム渡して、それで神様になったつもりか。恥ずかしいやつだなとつっこまれていましたが…」

 それこそ恥ずかしそうに頭をかく。対照的、先輩は頭を傾げる。

「あ、西村京太郎のトリックにもあったよねえ」

 前橋教授も、ボケ始める。

「はい?」

「ささくれで、駅の時刻表ごまかすとはなあ。あれは、ひざを打ったね!」

「ですね。でも、金田一では、見合い相手の手にささくれさえなければね…」

 額に手をやる前橋教授。

「詳細は解らないけれど、京極夏彦が『ささくれ』書いたら、めちゃくちゃ怖そうではあります」

 真顔の菅沼。

「京極夏彦と言えば、万城目学に匣を贈っただけで、ニュースになったね」

「あ、私、ドラマで観たよ。女子校三つで、ささくれを取り合うやつ!」

 相変わらず、虚言癖の酷い城である。

「元ネタの夏目漱石は、原稿用紙の端に、ささくれを集めて貼っていたんだよね」

「鼻毛では」

 間髪入れず。

「でも、さすが森博嗣ですね。ささくれは、指から解放されたがっているのだと。よく森作品に恋愛要素はいらないのではと、初心者は思いがちですが。泣きました」

 みんなで、泣いた。


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ささくれ 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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