第1話 ナインロイヤル、開幕④


■第八勢力


 第六までの勢力は、儀式の開始から数日でアバターの召喚に成功し、アバターの暴走による自滅などもなく、既に準備を完了させている。魔術大連によるシーカーの選抜は正確に機能しており、優秀なシーカーの選別に成功していると言っていい。


 だが、第七以降の勢力は第六までの勢力が召喚に成功した後も尚召喚に成功しておらず、戦いの準備においては大きく遅れを取っている。

 理由は明快であり、シーカーとして十分な素養を持つ者が十分にいないためである。今回の場合、監督役から見て選抜されるに値したシーカーは六名のみであり、残りの三名は最低限の素養を持つ者を見つけなければならない。

 しかし、過去に開催されたナインロイヤルに定員が揃わなかった会はなかった。

 いかなる因果か_____足りなかったシーカーはどこからともなく現れ、選ばれた者たちに劣らぬ素養を持って現れる。

 そうして現れるシーカーは『残鍵ギアー』と呼ばれ、何らかの引力によってナインロイヤルの開催地へと現れ、契約を交わすことなく『魂の書』によって強制的に参加者として選ばれる。


 此度のナインロイヤルにも、鍵は現れる。

 魔術師であり、そしてナインロイヤルに欠けたピースを埋める存在が、運良くそこに現れる。

 ナインロイヤルという残酷極める儀に選ばれし者。

 持ちうる才覚がもたらすのは堂々たる闘争か、さらなる混沌か。

 それはまだ、誰にも分からない。


「えぇっと……こう、でいいのかな?」


 ナインロイヤル第八のシーカーとして選ばれた青年、シン・カタリストは手のひらに浮かんだ紋様を眺め、少ない魔術の覚えを頼りに授けられた術の発動を試みる。

 学院の休暇期間中に訪れたイブラでの旅行を楽しんでいる最中、突如として『魂の書』に選ばれ、アバター同様に知識を直接脳に送られる形で自身が第八のシーカーとなったことを知ったシンだが、ナインロイヤルについては並の魔術師程度の認識しかない。

 九組に分かれて戦うこと、アバターと呼ばれる第七世界の住人を召喚することができること、そして最後に残った一組だけが第七世界へと転生する権利を勝ち取る、ということだけ。儀式の成り立ちも、どんな戦いが繰り広げられるかも、彼は何も知らない。

 だが、彼はシーカーとして選ばれてしまった運命を悲嘆するでも、殺し合いの運命に巻き込まれたことに恐怖するでもなく_____目を輝かせ、好奇心に目を晦ませた。


「アバターさんを召喚できたら……まずは式録って力を見せてもらおう! 昔の神様が持ってた力みたいだし、きっとすごい強いんだろうなぁ……! あとそうだ、第七世界のことも教えてもらわないと! 違う世界の料理のこととか教えてもらって……あ、この世界で第七世界料理でお店を出したら儲かるんじゃないかな⁉ すげぇ僕天才かも⁉」


 既にこの世界には第七世界からの来訪者_____中には過去のナインロイヤルにて勝ち残った元アバターもいる_____によって様々な料理、例えばハンバーガーやカレー、ケーキといったものが伝来しており、商店が大繁盛を遂げている事実を一学生に過ぎないシンは知らず、無邪気に想像を膨らませる。

 

「どんな人かな~? 魔物みたいにデカい人だったらどうしよう? 逆に小人の可能性もあるのかな? いや、一周回って空飛べたりとか? 角とか尻尾は生えてるかな~?」


 傍から見れば、それは無邪気にはしゃぐ若き青年の姿でしかない。実際、シンは周囲からも『年齢不相応のガキ』扱いされているので、テンションが高まることはよくあることである。

 

 だがそれは、あくまで魔術を知らぬ者から見た場合の話。

 魔術を知る者が今のシンを見れば、あまりの驚愕に目と口を閉じることができないだろう。

 異常極まるナインロイヤルに集った他のシーカーが仮にそれを目にしても、反応は同じであったことだろう。

 

「……お、起動できたっぽい?」


 魔術の原点は『祈り』である。

 神に、霊に、魔に『祈る』ことで大いなる力の借り受け、行使する。

 時代を経ることに次第に『祈り』の概念は薄れたものの、原理上の問題で『祈り』に寄せた儀を行わなければ、魔力があっても魔術は行使できない。

 じんげんしょう

 陣、すなわち術の形を組み上げる儀。

 言、すなわち神に捧し祈りの言霊。

 掌、すなわち陣と言を繋げる人の形。

 この三要素が揃わなければ魔術は行使できない。

 召喚術を作動させるには、『魂の書』から与えられた『陣』を方陣の形で展開した後、自身の思念を詠唱することで『言』を成立させ、それらを接続するために掌印を結ぶことで『掌』を行う。エナリスのような大魔術師であっても、この原則からは逃れられない。


 だが、青年はその一切を行わなかった。

 

 与えられた術を己の脳の中でのみ完遂させ、方陣を作ることも詠唱を唱えることも、掌印を結ぶこともなく魔術を発動させる。

 彼もまた、規格外・特異・異変が跋扈ばっこするこの闘争において一切の遜色のない、異常な才を持つ者である。

 地脈から汲み上げられた魔力が形を成し、召喚された魂を包み込んでいく。

 誕するは強きアバター。

 青年が望んだ、常識の外をいく_____


「_____ありゃ?」


 顕現したその姿に、シンは戸惑った。

 シーカーと共に戦う存在、アバター。戦う、というからにはきっと屈強な存在なのだろうと、筋骨隆々とした大男や、怪物じみた怪力を持つのだろうと想像をしていた。

 だが召喚するのは第七世界の住人。その中で、シーカーとの相性を鑑みてランダムに選ばれる。

 故にシンは想像をしていなかった。戦いとも魔術とも違う、一般的な人間が選ばれる可能性を、考慮していなかった。


「お、女の人……だよね?」


 召喚されたアバターは、一目で分かるほどに怪しい格好をしていた。

 秘境の奥地に住まうとされる魔女を、最初に連想した。

 身に纏う布は必要性のないほどに垂れており、そして黒い。黒い髪は長く、前髪で顔が隠れていた。

 隙間から見える口元と肌から、若い女性であることは理解できた。だが、身に纏う布地、整えられていないボサボサの髪が、一層彼女の怪しさを増大させていた。


(あれ、もしかして魔女を召喚しちゃった? 第七世界にも魔女っているのかな⁉︎ もしかして大当たり⁉︎)


 女性が放つ陰鬱なオーラを気にせず、シンは能天気極まる発想を脳内で繰り広げる。召喚後に真っ先に行うべきアバターに対する精神的なケアも忘れて、シンは勝手に脳内作戦会議を始めていた。

 だが、当の女性アバターは_____


「…………」

「あ、あの……ええと、俺があなたのシーカーらしんですけど……アバターの方、ですか?」


 シーカーとアバターの関係、そしてナインロイヤルの情報がアバターにないことも知らず、シンはしどろもどろになりながらも説明と対話を試みる。

 だが、当のアバターは周囲を見渡した後、声を上げるでも周囲を警戒するでもなく。

 懐から綺麗な石の玉を取り出すと、どこかへ歩いて去ってしまった。


「あれ? ちょっと、すみませーん!」


 声が聞こえていないのかと思い大声をあげたり、目の前に立って身振りそぶりでなんとか意思を伝えとうとするも、女性が止まる素振りはない。まるでシンが見えていないとばかりに、そしてここがまるで自分の世界だと言わんばかりに悠然と歩いていく。


(なんだ? 召喚をミスったのか? この人、本当にアバター?)


 いよいよシンが魔術を発動し、思念を送る魔術を使って対話を試みようとした時。

 女性が唐突にこちらを振り返り、髪をかき分け顔を見せた。


「……私…………は……オリヴィア…………オリヴィア・ペクラトル…………」

「え、なんて?」


 小さい声を聞こうとして、シンは女性、オリヴィアに顔を近づける。

 オリヴィアは小柄なシンよりも背丈が高い女性のため、必然的に顔を近づければシンがオリヴィアを見上げる形になる。

 見上げた先に覗いた顔は、狂気が佇んで……いるわけでもなく、ただただ無気力そうな表情が覗くだけであった。


「私……の……名前。オリヴィア…………と……呼んでちょうだい……」

「なるほど、オリヴィアさんっていうんですね! こちらこそよろしくお願いします!」

「元気な……明るい……人なのね…………。いいわ……私の話を……聞かせてあげる……」

「え、本当ですか⁉︎ 僕、第七世界……って言っても伝わらないのか……そちらの世界のことにもすっごく興味あります! オリヴィアさんは料理とかできますか⁉︎」

「それなり……なら…………そんなに……得意じゃ……ないけど……」

「全然いいですよ! そうだ、せっかくなんでカフェでも行きましょうよ。召喚祝いに、僕がご馳走してあげます!」


 底なしに明るく、底なしに得体の知れぬ魔術師、シン。

 底なしに暗く、底の知れないアバター、オリヴィア。

 お互い、もっともナインロイヤルの参加者として遠い位置にいる二人は、静かに、ただ確実にナインロイヤルの災禍に足を踏み入れようとしていた。



■そして……


 彼らは特異が集うこのナインロイヤルにおいては、最も平凡で、平凡であるが故に象徴的な存在であることだろう。

 魔術師としては平均的な素養しか持たず、知れ渡った才覚や実績を持つわけでもないシーカー。

 若さ以外に何ら闘争に起因する要素を持たない平凡なアバター。

 彼ら_____第七の勢力は召喚も遅れた上に他の陣営ほどの準備も取れておらず、第八の青年魔術師のような異常性を持ち合わせているわけでもない。

 だが残鍵ギアーとして選ばれたからには、この儀式を勝ち残る他に、生きる術はない。

 故に、戦い勝ち残らなければならない。

 この原則に最も忠実であるべきは、この二人であることは疑いようがない。


 術が起こる。

 じんげんしょう、魔術における一切の過程を省略せずに召喚術を発動させ、魔術発動の負担を最小限に抑える。

 そうでなければ、彼の脆弱な魔術基盤の容量に収まらない。

 召喚術は世界そのものに干渉する特異な魔術であり、大魔術師であっても単独の発動は不可能である。イブラの地に数百年かけて蓄えられた膨大な地脈の魔力を使うことで初めて可能となる、奇跡に近しい秘儀である。

 冷や汗を垂らしながら術を行使し終えた少年魔術師の前に、人影が佇む。

 アバター。外見から判断するに、少年と対して歳の変わらない少女である。


「これが、アバターか」

「……あれ? ここは……?」


 アバターの強大無比な魔力を前に興奮するでも恐怖を覚えるでもなく、保有する魔力の大きさを客観的な事実として受け止める。狼狽を隠さないアバターの少女を前にしても、一切の動揺を見せない。

 少年は、十六という年齢にしてはあまりにも落ち着いていた。決定的に、何かが削ぎ落とされていた。


「落ち着け」

「……え?」

「お前の命は保証されている。騒がず、俺の言うことを聞け」


 アバターは、魔術なき世界で生きた者を時代と場所に関係なく召喚される存在である。紛争続く地から召喚された者もいれば、生まれてから一度も闘争を経験したことのない者が選ばれることもある。

 故に、精神的に未熟な者が召喚されることもあり、シーカーにとってはアバターの精神状態を落ち着かせることが重要となる。この原則を理解していた少年は、優しくもしようともしていない、鉄のように固い口調で説明のみを続ける。


「ここは異世界だ。お前の世界とは違い、魔術が存在する。こんな風に」


 少年は手のひらの上に炎を生み出し、それを肥大化させた後瞬時に消して見せた。

 魔術を知らぬ者に理解させるには、これが一番手っ取り早いことを、彼は学んでいた。

 だが召喚されたアバターの少女は怯えるでも取り乱すでもなく、ただ黙り驚いた顔のまま動かない。表情に出すのが苦手なだけなのかは、少年には分からない。

 反応の薄さを感じた少年は説明を打ち止め、まずは冷静になるべき時間が必要だと判断した。


「俺が何を言っているのか理解できないのなら、しばらくそこに座っていろ。一人になる時間をやるから、今度はお前から俺に話しかけてこい」


 少年は、話すのが苦手だった。

 正確には、感情を交わすための会話をしようとしなかった。

 会話とはあくまで情報の交換であり、情動の動きを会話に混ぜるのは無駄でしかないと考えていた。

 召喚を行った一階の部屋を出て、拠点として定めたイブラ東部の廃墟の二階にて装備品の整備を行う。

 この世界ではまだあまり流通していない拳銃。幼い頃にもらったそれは、火薬を込めて弾丸を撃つものではない。魔術を発動させるための媒体でしかなく、火薬を込める機能はない。故に火薬の埃が詰まることなどもなく整備も最低限でいいのだが、少年はそれが金属の光沢を取り戻すまで磨き、何度も余分な点検を行う。


 拠点として定めた廃墟は、吹き荒ぶ風から守ってくれるほど整備されていない。

 故に、下の階からバタりと音が鳴った時も、風に煽られた窓が打ち付けられた音だと勘違いをしてしまった。

 気づいたのは、シーカーとアバターの間に生まれた縁_____アバターの肉体を維持するための魔力の流れに、距離が遠のいたことによる乱れが発生したことが原因であった。


「あいつ……逃げたのか!」


 アバターの身体能力は、魔術によって肉体を強化する魔術師のそれを遥かに上回る。肉体の中に漲る膨大な魔力に肉体が破壊されぬよう、無意識で身体強化魔術を発動させるためである。

 仮にアバターの少女が逃亡を図った場合、どれだけ魔術を駆使しようと追いつく術はない。魔力のパスが途切れるほどにまで離れれば、魔力を制御できず肉体が崩壊し、そのアバターは自滅する。

 勝利を目指すシーカーとしてそれは避けたい。少年は廃墟を飛び出し、捜索を始めた。


 少女は、街を自由に駆け抜けていた。

 身長の三倍近い高さの柵を軽いジャンプで飛び越え、街に灯りをもたらすための灯台に軽々と飛び乗り、建物の屋根を次々と踏み越えていく。

 飛び回る度に、少女の髪が、スカートが優雅に靡く。丁寧に磨かれたローファーが擦り切れるまで、少女は走っていく。

 

「……ははっ」

 

 思わず、笑顔が溢れる。

 凄まじい速度で移動することで吹き付ける風を全身で浴び、跳び上がった先にある異世界の空中を、照り出してきた月に見せつけるかのように自由に舞った。

 行きたいと思えた場所には簡単にいくことができ、登れない崖も越えられない壁もなくなった。

 その、自由さに。

 その、心地よさに。


 少女は、歓喜した。


「あははははっ!!!!!」


 少女は、眼鏡を捨てた。

 身体強化によって、自動的に視力も補正される仕組みを反射的に理解し、意識の力のみで無理やり視力を補正する。

 制服として身に纏っていたネクタイとブレザーも脱ぎ捨て、さらに自由に、異世界の街を少女は跳び回る。

 女子高生として生きた世界を否定するかのように、少女はこの世界を歓迎した。


「すごい……すごいすごいすごい! 私、今ならなんでもできるわ!」


 街にいくつもそびえ立つ灯台の中でも一際高いそれに飛び移り、屋根の上で月を背に優雅に舞う。

 かつて習ったバレエや舞踊の、どれにも当てはまらないスタイルで、型もなくただ感情に身を任せて。

 まるで、翼を得たかのように。

 彼女はこの時、最も自由であった。


「おい」

「あっ」


 息を切らしながら屋根によじ登ってきた少年のアバターを見て、少女がバランスを崩す。重心が揺れ、華奢な体が屋根から落ちる。

 まさに足が屋根から離れようとした瞬間、少女は声も上げずに手を伸ばし____  

 その手を、少年が掴む。

 屋根のへりで奇跡的にバランスを保った少女は、僅かに見上げた場所でこちらを見下ろす、月に照らされた少年の瞳を見た。

 月明かりの白光が、影を落とす。

 この街に、手を取り合う二つの世界の少年と少女を映し出す。

 

「あなたの_____」


 少年に腕を掴まれ、その瞳を見上げたまま少女は口を開く。

 

「あなたの、名前は?」

「……ゼン。ゼン・オルテオラ」


 灰色のくすんだ髪の、緋色の瞳のシーカー、ゼンは名乗る。

 腕を引き上げ、黒い髪と黒い瞳の少女に、ゼンは問う。


「お前の、名前は」

朔夜さくや西織朔夜にしおりさくや


 ここに、第七勢力が手を取り合う。

 本当の意味で、彼らの戦いが始まる。

 

 第七のシーカーとアバターの出会い。

 それが、ナインロイヤルの開戦の狼煙となった。

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