第1話 ナインロイヤル、開幕②
異世界の人類生存圏の中で最大の規模を誇る大国、ヘクタール人王国。
一億四千万の人口を誇るその大国の地方部に存在する地方都市、イブラ。
全魔術師たちが集う巨大結社『
北に険しく深い森の山岳地帯、そこから流れるイブラ大河によって年は東西に分けられ、河口には栄えた港が大量の積荷を下ろしている。
都市としての歴史は長く、三百年前の大戦を経ても尚魔物の侵入を許さず、安全が保障された人類の重要拠点として栄えた。
都市西部には市庁舎や魔術大連監督府が置かれ、再開発の進み街道やインフラが整えられた人工的な美しさを感じさせる街並みが広がる。夜も高価な照明によって照らされ、重要な区画には小規模ながらも鉄道が走る。ガラスの煌めきと
一方、都市東部は昔ながらの入り組んだ路地と石造りの建物が並び、東北部には貧困層が暮らすスラム街も存在する。豊かさの恩恵は薄く、夜は暗く移動も不便である。
富と貧困、現代と歴史、光と闇。
相反するものが別離しながらも、同じ名を持つ都市として共存するその二面性こそ、ナインロイヤルの開催地として選ばれた原因であろう。
魔術大連本部から派遣されたイブラ総監督、僅か12歳の少年魔術師エルメイド・ディカツィリオは、ナインロイヤルの監督にあたって着任した新人の魔術師たちにこう語る。
「混じり気のない魔力が必要ッてんなら地脈を使えばいいんだ。だがな、ナインロイヤルに必要なのは魔力だけじャねぇ」
まだまだ発達途上の少年の上背は背伸びをしようと新人魔術師たちの胸元程度であり、同じ12歳の少年たちの中でもかなり小さい部類に入るだろう。男児にしてはやや長い髪、白い肌、翡翠色の瞳から伺える印象は『中性的な少年』に留まるだろう。
だが、彼より遥かに背丈も大きく逞しい肉体を持つ新人魔術師たちの態度に侮りや軽蔑はない。
ここで彼を下に見るような半端者など、人類の生存すら脅かされるこの世界では瞬く間に淘汰される。実力を正しく見極められる者だけが、この壮絶な儀式に足を踏み入れる資格を持つのだ。
発する魔力の圧、常人ならざる力。それらがなければ、ましてや監督など務まらない。
「"人間の魔力"であることが重要だ。人間がゴチャゴチャと生きてグチャグチャになッた地脈の魔力が、人間の、人間による、人間のための儀式に必要不可欠なのさ。幸い、この街には俺たちに守られた蒙昧な人間がわんさか生えてやがるからなァ。おあつらえ向きだッつーことだクソッタレども」
エルメイドの口調は粗雑だが、正確に儀式の心臓部を押さえている。
この世界において人間は脆弱だが、魔力を扱うことができる強大な種族でもある。ただ生きるだけでも僅かに魔力が溢れ、溢れた魔力は地脈に染み込み土地の性質を変えていくのだ。数百年単位の土地もなれば、もはや人間の土地として魔力そのものが変質する。
人間に適合した、不純なる魔力。それがなければ、儀式の中枢たる存在を呼び出すことができない。
エルメイドは言葉を介した魔術を用いて、新人魔術師たちに自身のイメージを直接伝えていた。
「この儀式において最も重要なのがこれ_____『魂の書』だ。儀式にまつわる全てを管理する神器だが、"書"だからといって本の形をしているわけじャねぇ。どんな形をしているのか、そしてどこにあるのかも、俺は知らねェ。でも、この街に存在はしていて、既に起動しているッてことは確かだ」
続いて見せられたのは、九名の人物の映像。いかなる観測方法をとっているのか、全ての人物の顔が克明に見えるようになっている。
その九名が誰なのか、知らぬ者はいない。
生まれも、力も、性別も、正体もバラバラの九名。
だが、一つだけ共通するものを持っている。
それは、強き意思。
殺し合いを厭わず、この世界を離れることを厭わず、己の勝利を信じ邁進する強さを持つ。
ある者は不敵に空を見上げ、ある者は傲慢に街を見下ろし、ある者は獣の如き目で前を見据え、ある者は全てを切り裂く眼光で背後を覗く。
ここに、闘争を恐れる者はいない。
「『魂の書』と契約を交わした九人の魔術師_____『シーカー』だ。以降、この九名にはそれぞれ番号を振って第一シーカー、第二シーカーと呼び分けていくこととする」
そして、一部のシーカーの横には連れそう人影がいた。
同じく性別も容姿もバラバラな者たち。だが、シーカーたちとは明確な違いを持った者たち。
新人魔術師の中には、彼らを見ただけで冷や汗が止まらなくなる者、震えが止まらなくなる者もいた。
遠くから観測するだけでもはっきりと分かるほどの、圧倒的な力。
内包する魔力の量は並の魔術師とは文字通り桁をいくつか超すほどの断絶がある。
だが、その挙動や面持ちは強き魔物や魔術師とは異なり、気迫が感じられない者が多い。
当然だ。何しろ、彼らが生きたのは魔力なき世界。
異世界の存在すら知らず、魔力に触れたことすらない人間たちが、突如として魔に満ちた世界に降り立ったのだ。
精神的な混乱は、想像するに余る。
「もう
力を知った新人魔術師たちは、即座に理解させられた。
覚悟を決めた九人のシーカー。
力を持たされた九人のアバター。
彼らが命の限り殺し合うとは、それはどれほど凄まじいことなのだろうか。
もはや魔術師同士で行う決闘の儀式という先入観は、認識を改めなければならないのかもしれない。
これは、戦争。
勝者が敗者の血を
巻き込まれれば、間違いなく街に被害が出る。魔術とは無縁な市民たちに、犠牲者が出ることも十分にあり得る。状況によっては、街そのものの存続すら危うい。
自分たちが管理役として参加させられる儀式は、かの大戦にすら匹敵する危険な者であると。
「俺たちの役目はシーカーとアバターたちの動向を常に追い続け、儀式を守ること。安っぽい正義の味方として、精々気張ッてやがれ」
その言葉の裏に感じ取れた、高位の魔術師のその酷薄に。新人魔術師たちの背が凍る。
この少年は、あるいは参戦したシーカーたちは、恐らく儀式の進行、己の勝利のために手段を選ばない。
例えそれが、取り返しのつかない被害を生むものであっても。
罪なき者が大勢死ぬことになっても。
「さァて。初戦は早ければ_____今日かもなァ?」
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