第30話 戦乙女の覚悟

「あれが・・・魔神・・・」


 私は門の上から戦場の様子を見ていた。


「ほ、本当にたった一人で来たんですかね?オリビア団長~」


 第三騎士団副団長のアイラが一人で戦場に来た魔神を見て、私に聞いてくる。


「わからない。しかしこの人数差だ、間違いなく勝てる!」


 こっちは5万人いる。それに対して相手はたった一人、負けるはずがない。

 私は思わずガッツポーズをする。


「あ!来ましたよ!魔神と交戦します」


「みんな!もし必要があれば遠くから支援するぞ!いつでも魔法を撃てるように準備しておけ!」


「「「はい!」」」


 北門の上にいる魔法使い達に声を掛け、引き続き戦場を見守る。


 しかし、そこから魔神の快進撃が始まる。

 人数差を物ともしない圧倒的な力に目が離せなくなる。


「な、なんて身体能力!」


「それだけじゃないです!あの魔力・・・、ありえない!あんなに魔力を放出してもまだ動けるなんて!」


 魔神の戦いを見て横にいるアイラも驚いていた。

 私達は魔神の戦っている姿から目を離せず、思わず呼吸を忘れてしまうほど自分の目で見た光景が信じられなかった。


 魔神が途中から魔法を使い始めた。

 魔法にあまり詳しくないが、素人の私から見ても、とてつもない魔法を使っている事くらいはわかった。


「あんな魔法を同時に何発も撃てるなんて・・・、ありえないです!やっぱり普通の魔物じゃない!!」


「アイラ、あれはあの魔法が何かわかるのか?」


「あれは【火上級魔法・メテオ】です。普通は複数人で協力しながら何分も掛けて構築する魔法です。それをたった一人で唱えています。いや、もしかしたら無詠唱!?」


「無詠唱?なんだそれは?」


「無詠唱は文字通り詠唱を破棄して魔法を発動することができます。メリットは二つ、一つは一瞬で魔法を発動できる事。そしてもう一つは相手にどんな魔法を使うかバレる前に発動できることです。世界に7人いる魔法を極めた賢者の中には中級魔法を無詠唱で発動できる人がいるそうです」


「だがアイラは今、魔神は上級魔法を唱えたと言っていたぞ!?」


「そうです、しかも同時に複数。それに攻撃しながら魔法を発動していました、やはり無詠唱なのは間違いないです!ああ、アイリス様。どうか私達をお助け下さい・・・」


 アイラは現実逃避をするかのように両手を組み、祈り始める。


「おい、アイラ!魔神の動きが止まったぞ!」


 戦場に無数の木が生えてきて、その木に大きな花が咲いた。

 そしてその花から胞子が出てくる。

 それに触れた人間は体が破裂し、物凄く勢いで人が殺されていく。


「な、なんなんだ、あれは!?アイラ、あれも魔法か!?」


「あ、あの規模と威力・・・まさか最上級魔法!?」


「最上級魔法だと!?あの伝説の偉人たちが使っていたと言われるあの魔法か!?」


「そうです。明らかに上級魔法とは威力が桁違いです。私も見るのは初めてですが、あれは最上級魔法に間違いないです。まさか生きている間に最上級魔法を見ることができるとは・・・」


 目の前で人間が殺されていく様子を北門にいた私達は何もできず、その悲惨な光景を上から見ている事しかできなかった。


「く、くそぉぉぉぉ!!!」


 私は居ても立っても居られず、門の上から飛び降りようとする。


「団長!行ってはダメです!」


「だったらどうすればいいのだ!?王国騎士団の団長として仲間が殺されているのを黙ってみているわけにはいかない!」


「ですがもう・・・私達はあんな奴と戦うことは・・・」


 アイラに反論しようとした時、北門の下にいる団員がざわめき始めた。

 魔神がすぐそばまで来ていたのだ。


「どうした!!?人間共!もう終わりか!?自分の国を守りたければかかってこい!!」


 魔神の言葉に一瞬体が固まる。

 先ほどの戦いを見て怖くならない人間はいない。私も足が震えていて、戦意が喪失しかけていた。


『私は王国騎士団だ。王国を守るためならこの命、喜んで国に捧げよう』


 その時、思い出したのは愛する人の前で言った私の言葉だ。


「そうだ・・・、私は決めたんだ。愛する人の提案を断り、国の為に最後まで戦うと・・・。今のこんな姿はあいつには見せられない!」


「あ、団長!!」


 不思議と恐怖心はなくなっていた。

 私は飛び降り、団員の間を掻き分けて魔神に向かって歩いていく。

 そして団員達の一番前に出て剣を上に掲げる。


「全員、逃げるな!!最後まで国を守るために戦え!!私たちが負ければ自分の大切な人が殺されてしまう!大切な人を守るために戦うのだ!!」


 私の言葉に団員達が答えるように声を上げる。


「お前、名前は?」


 魔神が私に話しかけてくる。


「私は第二王国騎士団の団長、オリビアだ。何故名を聞く?」


「俺は魔神ザラス、これから戦う英雄に・・・一人の戦士として敬意を払う」


「魔物のくせに不思議な奴だな・・・、全員行け!!」


 魔神は背中に背負っている剣を構える。


「っ!全員しゃがめ!!」


 私は大きな声で叫ぶ。

 魔神が横に剣を薙ぎ払うと黒い斬撃が飛んでくる。

 私はギリギリ腰を落としてそれを躱した。


「そ、そんな・・・」


 回避が間に合わなかった大勢の団員や冒険者達の体が半分になって、地面に倒れる。


「貴様ぁぁぁ!!」


 私は剣を構え、魔神に向かって全力で走る。


「はぁぁぁぁ!」


 魔神の喉に向かって突きを放つ。


 ガキンッ!


 魔神は剣を振り、私の突きを弾く。

 そして素早い動きで私の首を掴んで持ち上げる。


「うぐっ・・・」


「弱いな・・・、王国騎士団の団長でもこのレベルか」


「は、離せ!」


 首を掴む力が徐々に強くなっていき、呼吸ができなくなる。


「このまま死――っ!!」


「【火中級魔法・ギガフレイム】」


 横から大きな火球が飛んできて、魔神の顔に直撃する。

 首を掴む力が一瞬弱くなり、私は魔神の体を押して距離を取る。


「大丈夫ですか!?団長!」


「ごほっ!・・・ごほっ!大丈夫だ。ありがとう、助かった」


 魔神を見ると何事もなかったように首を左右に傾けて骨を鳴らす。


「ギガフレイムを食らって無傷!?」


「まだまだこれからだ、アイラ。を使う。私達の連携を見せてやろう!」


「わかりました!支援します!」


【戦女神の祝福】


 私の周りに黄色のオーラが発生する。


「行くぞ!」


 距離を一瞬で縮め、剣を振り下ろすが魔神に剣で受け止められてしまう。


「そんなものか・・・。お前も期待外れだったよう――っ!!」


 私の剣が魔神の剣をグイグイと少しずつ押していく。

 

「まだまだ、こんなものじゃないぞ!【雷鳴剣舞らいめいけんぶ】」


 剣がバチバチと音が鳴る。素早く一回、二回、三回、四回と剣を振るう。

 それを魔神は丁寧に受け止めて、剣と剣がぶつかる瞬間に雷鳴と共に光が発生する。

 そして五回目の攻撃で魔神の剣を弾き、大きく体制を崩した。


「今だ!!」


 私はがら空きの頭に突きを放つ。

 魔神は顔を傾けてそれを躱し、後ろに下がり私から距離を取る。

 

「ん?」

 

 魔神は自分の頬を触る。よく見ると頬が少し切れてそこから赤い血が出ていた。


「ま、魔神が後ろに引いたぞ!!」


「この戦いで初めて後退した!!」


「さすが、オリビア団長だ!!」


 周りの団員達が私との戦いを見て盛り上がる。


【土中級魔法・グラウンドディグ】


「っ!!」


 アイラの魔法によって魔神の足元の地面に穴が開き、その穴に落ちる。


「アイラ!穴に落ちたぞ!一気に叩き込め!!」


「わかりました!!今です!撃て!!」


 魔法使い達は魔神がいる落とし穴に向かって一気に色々な魔法を撃つ。

 連続で何度も轟音が戦場に鳴り響く。


「もっとだ!!魔法の手を緩めるな!もっと魔法を撃て!!!」


 何百発の魔法が放たれ、砂埃が舞う。

 そして魔法が止んで、徐々に砂埃が落ち着いてくる。


「や、やったか!?」


 砂埃が落ち着くと、魔神のいた場所は無数の小さなクレーターがあり、魔神の姿はなかった。


「団長!!」


 アイラが笑顔で私に声を掛けてくる。


「いや、まだだ」


 魔神がさっきまでいた地面の岩が盛り上がっていき、そのまま空中に浮きだす。

 魔神の姿が少しずつ掘り起こされていき、全身が地面から出てくる。


「今のはいい作戦だ。俺じゃなかったら死んでいるだろうな」


 魔神はこっちに向かってゆっくり歩いてくる。


「そんな・・・あれだけの魔法を当ててもまだ生きてるなんて・・・」


 アイラが体を震わせながら魔神を見る。


 魔神は私達の前に立ち、上を見上げる。


「夜は長い・・・、もう少し遊んでやるとしよう」


 魔神は不気味に笑いながらそう言った。

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