第28話 魔人族の戦略

 俺はあれからどのくらいの時間戦っているのだろうか・・・。

 魔王の一人、メルレイアと名乗った吸血鬼ともう何日も戦っているような錯覚に陥る。


「はぁ・・・はぁ・・・クソッ!勝てるわけねえ・・・」


 俺は片膝を付いてメルレイアを睨む。


「人間にしては強い方だったわね。まあ、殺そうと思えばすぐに殺せたけど」


 手の力が抜け、剣を地面に落とす。

 俺の体はもう限界だ、これ以上は戦えねえ・・・。

 結局俺は左腕にちょっと傷を付けられただけで、それ以降は一方的にやられていた。


「だ、だったら何故早く殺さなかった!?」


「ぎくっ!痛い所を突くわね。楽しかったからついつい遊んじゃったわ。早くザラス様を助けに行かないと!」


 メルレイアは赤い魔力を放出しながら近づいてきて、俺の首に剣を当てる。


「この戦場では私たちの勝利ね」


「はぁ?何言ってんだ?まだ第三騎士団は大勢いる。さすがにこの人数差で勝てるわけない、お前もここで死ぬんだよ!」


 メルレイアは呆れたように大きなため息を吐く。


「あなた、私との戦いで周りが見えていなかったようね・・・」


「それはどういう――、っ!!」


 俺は周りを見渡すと周りの人間は全員死んでいて、吸血鬼達は人間の死体から血を吸ったり、俺たちの戦いを遠くから見ていた。


「そ、そんな・・・嘘だろ!もう俺しか残ってないのか!?」


「長い間遊びすぎたみたいね・・・。さあこれで終わりよ」


 メルレイアは剣を俺の首に向かって振り下ろし、俺はそこで意識を失った。


 ◇


「もうこんな時間・・・反省しないといけないわね」


 メルレイアは首を切った人間を見下ろしながら言う。


「女王様、これからどうなさいますか?」


 一人の吸血鬼が近寄ってきた。


「まだ戦える吸血鬼はいるのかしら?」


「今回死んだ吸血鬼が約2000、まだ戦えそうな吸血鬼が約3000います。みな人間の血を吸って魔力が回復しています。残りは疲労で戦えないので街に戻した方が良いかと。再編成して次の戦場に向かいますか?」


「そうね、なら戦える吸血鬼達は私と一緒にステラの元に行くわよ!」


「では、そう致します」


「ザラス様・・・、もう少し待っててね」


 メルレイアは主の事を思って呟く。


 ◇


 第一騎士団団長であるヴァルターと数人の団員達は大きな仮設テントの中で吸血鬼を待っていた。外では3万の団員が待機している。


「ヴァルターさん、吸血鬼はいつ来るんですかね?」


「知らん!全く、本当に戦争を仕掛けてくるとはな」


「し、失礼いたします!」


 一人の団員が仮設テントの中に入ってくる。


「なんだ?どうかしたのか?」


 ヴァルターがその団員に尋ねる。


「だ、第三騎士団が吸血鬼と交戦中です!セイン団長より第一騎士団に増援を要求して――」


「どうした?早く続きを話せ!」


 団員が話している途中で固まったように動かなくなる。

 すると団員の首が横一線、綺麗に斬れて頭が落ちる。

 首から下の胴体が前に倒れて、斬れた首の断面からドクドクと血が流れている。


「お、おい!どうなっているんだ!?」


「一体誰がやった!?」


「お、落ち着け!貴様ら!」


 ヴァルターはテントの中にいる団員に声を掛けても、団員は聞く耳を持たずパニック状態だった。

 その時、テントの中の明かりがすべて消え、真っ暗になる。


「こ、今度はなんだ!?一体何が起こっているんだ!?」


 予想外の出来事が連続で起こり、さすがのヴァルターも困惑する。


「ぐあああ!」


「ごほっ!うぁぁ・・・」


「あ、あっ・・・」


 暗闇の中から至るとこで団員の苦しそうな声が聞こえる。


「な、なんだ・・・お前ら!どうした!?返事をしろ!」


 遂にはヴァルターの声に反応するものはいなくなった。

 その代わりに聞こえたのは女の声だった。


「あなたが団長ですね。お覚悟を」


「女の声?お前は一体誰――」


 ヴァルターは言葉を全部言う前に後ろから短剣で首を斬られて絶命した。


「どれだけ強い人間でも隙を付けば一瞬で倒せますよ」


 テントの外から団員の声が聞こえてくる。


「おい!松明の火が消えたぞ!早く付け直せ!」


「ぎゃあああ!!」


「吸血鬼だぁぁぁ!!」


「ダメだ!明かりを全部消された!!何も見えない!!!」


 団員達の悲鳴が聞こえてくる。

 テントの中に一人の魔人族が入ってくる。


「ステラ様、明かりをすべて消しました。人間と違って魔人族と吸血鬼は夜目が効きます。これで戦況はこちらが圧倒的有利の状態です」


「手際が良いですね、さすがです。これは思ったより早く終わりそうですね」


 ステラはポケットから白い布を取り出し、持っている二本の短剣の血を拭き取る。


「人間、これが魔人族のやり方です」


 ◇


 メルレイアと吸血鬼達は飛びながらステラがいる戦場に向かった。


「何よ!もう終わってるじゃない!」


 メルレイアは戦場を上から見下ろしながら言う。

 ステラとアルカードの姿を確認して、その近くに降りる。


「ステラ!もう終わったの?早かったわね」


「あなたこそ遅すぎです。この戦争の先駆けとなったのはメルレイアですよ?」


「どうせ女王様はわざと手を抜いて、人間と遊んでいたのでしょう」


 アルカードがメルレイアを疑うような顔で見る。


「ぎくっ!そ、そんなことないわよ!ちょっと強い人間がいたから手こずったのよ・・・」


「わかりやすい嘘を付かないで下さい。私達と戦えるほどの人間は今回の戦争にはいませんよ」


「むぅ~」


 メルレイアは口では勝てないとわかったのか頬を膨らませてステラを睨む。


「はぁ~、もう説教は後です。とりあえずザラス様を助けに行きましょう。メルレイア、あなたの軍でまだ戦える吸血鬼はどのくらいですか?


「3000くらいよ。そっちは?」


「約7000です。女王様」


「け、結構いるわね・・・」


「上手く兵を使えばこのくらい大したことではありません。メルレイアの方こそ戦える吸血鬼が少なすぎです。どうせ何も考えずに全員で突撃したのでしょう。やはりメルレイアに軍の指揮を任せたのは失敗でしたね」


「ステラ様、次からは私が指揮するように致します」


「そうですね。次からはアルカードとメルレイアは2人で行動するようにしましょう」


「ちょっと!勝手に決めないでよ!」


「まあそれは一旦置いといて、とりあえず早くザラス様の元へ行きましょう。ザラス様が戦場に行ってからかなり時間が経っています」


「そ、そうね!こんな事をしている場合じゃなかったわ!行きましょう」


 ◇


 メルレイアとステラは吸血鬼と魔人族を連れて飛びながらザラスの元に向かっていた。


「そういえばメルレイア、ザラス様がオルブラッドに到着した時の失礼な態度の事ですが。戦争が終わったら罰が与えるので、覚悟してくださいね」


「はぁ?何でステラにそんなことされなくちゃいけないのよ!」


「既にザラス様には許可を頂いてますので」


「げっ!・・・う、噓でしょ?」


「いえ、本当です。楽しみにしていて下さいね」


 ステラは優しい笑顔で言ったが、メルレイアはその顔がとても恐ろしく見えていた。


「メルレイア!ザラス様がいました!早く行きますよ!」


 ステラが飛ぶスピードを上げて、地面に降りる。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 メルレイアもそれに続いて地面に降りる。


「ザ、ザラス様・・・」


「どうしたのよ、ステ・・・ラ・・・」


 メルレイアとステラはザラスの姿に驚いて、言葉が出なくなっていた。


「メルレイア、ステラ、来たのか・・・。だが少し遅かったな。こっちはもう終わってしまったぞ」


 メルレイアとステラが見たのは、返り血を浴びて真っ赤に染まっているザラスの姿。そしてその周りには数えきれないほどの人間の死体が地面に転がっている。


遠くには王国の大きな門の上に風に煽られてはためく大きな白旗が立っていた。

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