第25話 覚悟

 俺はオルブラッドにある城の客室のベッドに寝る。

 天井を見ながら俺はふと考える。


「そろそろ人間との戦争か・・・」


 森で人を殺したときは何も感じなかった。最初に殺した時のような吐き気や罪悪感もなかった。道端を歩いている蟻を殺したときと何も変わらない。


「次は戦争だ、大勢の人間を殺すことになる。そして仲間の魔物も大勢死ぬ」


 俺はここ何日か落ち着かない日々を過ごしていた。

 魔物にもっと良い暮らしをさせる為だとか、人間は悪だから死んで当然だとか色々頭の中で戦争する理由を探していたがいまいちピンとこない。

 結局は仲間を失う覚悟もないし、大勢の人間を殺す覚悟もないからだと思う。


「色々考えても無駄だな。さて、今日はゆっくり寝るとするか」


 ベッドの横にある魔力で光るサイドランプを消す。

 目を閉じると呼吸が深くなり意識が何かに沈み込むような感覚になる。


「ザラス様~もう寝ちゃうの~?」


 突然女の声が聞こえた。

 俺は驚き、咄嗟に上半身を起こす。

 すると俺の目の前にメルレイアの顔があり、今にも鼻と鼻がくっつきそうだった。


「メルレイアか・・・どうしたん・・・!!」


 よく見るとメルレイアは俺に覆いかぶさるように四つん這いになっていた。

 胸元がぱっくり空いた濃い赤色の薄いネグリジェを着ていて、大きな胸の谷間が見えていた。


「ザラス様と一緒に寝たくて来ちゃった!」


「そ、そうか・・・」


「うん!添い寝してもいい?」


「あ、ああ・・・」


 俺はメルレイアのあまりの可愛さについつい許可を出してしまう。

 俺はまた上半身を倒して布団の上に体を仰向けになると、メルレイアも俺の左側に来て添い寝する。


 やばい!ドキドキする・・・。


「ザラス様・・・腕枕して?」


「・・・」


 俺はメルレイアの頭の下に腕を入れようとすると、メルレイアは頭を上げて俺の胸の上に頭を置いてきた。メルレイアの甘い匂いと小さい息が俺の胸に当たる。


「なんだかとっても安心するわ・・・、それにザラス様に不思議と甘えたくなっちゃうのよね」


「そ、そうか?それは嬉しい・・・かもしれないな」


 俺は安心するどころかドキドキして眠れる気がしないわ!


「オルブラッドに来た時はいきなり戦うように仕掛けちゃってごめんね・・・。でもザラス様の鋭くて力強い攻撃を見て私、ドキドキしちゃったわ」


「そうか・・・」


 俺はメルレイアの柔らかい体と甘い匂いで集中できず、話を全く聞いていなかった。


「今もドキドキしてる・・・。でも全然嫌じゃないわ。ザラス様・・・こっち向いて?」


 仰向けのまま首を少し上げてメルレイアの方を見ると、頬が薄く赤くなっていて目がトロンとしていた。メルレイアの顔が少しずつ近づいて来る。


 そしてお互いの唇が重なりそうになった時、ドアをノックされて部屋の中に誰かが入ってきた。


「ザラス様、もうお休みになられました・・・か・・・」


 部屋に入ってきたのは角と同じ水色のネグリジェを着たステラだった。

 俺とメルレイアが添い寝している姿を見て驚いたのか、持っていた枕を床に落とす。


「メルレイア?ザラス様?ベッドの上で何をしているのですか?」


 ステラの体から水色の魔力が滲み出る。

 メルレイアはステラに気づいて、はぁ~とため息を吐く。


 ステラが怒っている!急いでメルレイアから早く離れねば!

 俺はメルレイアから離れようとして体を動かすが、メルレイアはそれに反抗するように俺に強く抱き着いてくる。


「全く良い所だったのに・・・。何って、見たらわかるでしょ?添い寝よ、そ・い・ね」


 ステラはメルレイアの挑発を聞いて水色の魔力を出して俺たちを威圧する。

 ステラの魔力に反応するように部屋の装飾や天井のシャンデリアがカタカタと震え出す。


「主であるザラス様と一緒の布団で寝るなんて・・・なんて失礼な事をしているのですか!不潔です!」


 メルレイアがステラの言葉に反応し、上半身を起こしてステラを睨みつける。


「はぁ?別にいいでしょ・・・ってステラもザラス様と一緒に寝る気満々じゃない!枕まで持ってきちゃって!」


「こ、これは違います!こ、この部屋の枕が大きかったのでザラス様がもしかしたらもう少し小さい枕の方が寝やすいかもしれないと思って持って来ただけです!」


「お、おい。喧嘩はやめ―」


 俺は2人を仲裁しようと声を掛けようとするが、メルレイアが俺の言葉をかき消すようにステラに反撃する。


「苦しい言い訳ね。何が不潔よ!私にザラス様との添い寝を先越されて悔しいだけでしょ?この腹黒メイド」


 メルレイアが赤い魔力を出してステラを威圧する。


「あ、あの喧嘩は―」


 またも俺の言葉はステラの言葉によってかき消される。


「は?あなたこそ、その下品でだらしない胸を放り出してザラス様を誘惑しようするなんて・・・。節操がないのですね、この淫乱売女が」


 2人の魔力が周囲を威圧して、今度は装飾だけではなく部屋全体ががたがたと揺れ始めた。

 ステラとメルレイアは今にも殺し合いそうな雰囲気だったので、俺は2人の魔力をかき消すほどの黒い魔力を放出する。


「やめろ」


「「ザ、ザラス様・・・」」


 メルレイアとステラが魔力の放出をやめて同時に俺の顔を見る。

 2人が落ち着いたのを確認して俺も魔力を止める。

 俺は一度目を閉じて少し考えた後、覚悟を決めて男らしく真っ直ぐ2人の顔を見る。

 そして俺はある解決策を伝える。


「よし、3人で添い寝しよう」


 ◇


「ステラ!もっとザラス様から離れてよ!ザラス様が嫌がってるでしょ?」


「は?メルレイアこそそんな無駄にでかい胸を押し付けてザラス様は不快に思ってますよ?」


「メイド如きがザラス様にベタベタくっついて誘惑しないでよ!」


?何を言っているのですか?それに誘惑しているのはメルレイアの方です!早く離れなさい!」


 俺の左側にメルレイア、右側にステラの3人で添い寝していた。

 俺は両手を広げて2人に腕枕しながら、両方から押されるように添い寝されていた。

 俺のそばで言い争っている2人の声を聞きながら、今日は眠れないなと思って大きなため息を吐いた。


 ◇


 俺は城の中にある鉄でできた部屋にある小さな椅子に前屈みに座り、頭を下げて目を閉じる。部屋の中は窓もなく真っ暗で、自分の深い呼吸の音だけが聞こえる。


 しばらくすると鉄の重いドアが床を引きずり、低い音を鳴らしながら開く。

 ドアの外から光が入ってきて俺の姿を照らす。


「ザラス様、時間になりました。そろそろ行きましょう、皆が待っています」


 ステラが俺に声を掛ける。

 俺は顔をゆっくり上げて、目を開ける。

 いつもとは違い、その黒い目は戦場に行く覚悟を決めた男の目をしていた。


「ああ、戦争を始めよう」

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