第24話 父と娘

 私は公爵である父、トーマスの書斎を訪れていた。

 私は王国騎士団の寮に住んでいるので父とは別々で暮らしている。

 昨日、ロイドが教えてくれた魔神に対する情報を父にも伝えようと思っていた。


「お父様、今少し時間大丈夫ですか?」


「お~オリビアか!よく来てくれた!」


 お父様は私に気付くと眼鏡を外して、笑顔で答えてくれた。

 部屋の中は資料や本が散らばっていて、それを踏まないように気を付けながら歩く。


 お父様の書斎机の前に座り、父の顔を見る。

 私と同じ金髪を短く切り揃えていて、今年50歳になるのだが実際の年齢より10歳以上若く見える。


「王国騎士団に入ってもう4年目か・・・。いつかオリビアの訃報が来るかもしれないと私は不安だよ」


 お父様は苦笑しながら私の顔を見てそう言った。

 私は昔から剣を振って、戦うことが好きだった。それにこたえるように周りよりも突出した才能があった。

 それを活かすために父や親友のミアの反対を押し切って王国騎士団に入ったのだ。


「いつも心配かけてすまない。でも王国騎士団に入って毎日充実しているよ」


「そうか・・・。僕は今すぐにでも王国騎士団をやめてほしいが、オリビアがそう思うならこれ以上は言わないよ」


 お父様と話していると一人のメイドが部屋に入ってきて、珈琲が入ったティーカップを2個机の上に置いた。珈琲から白い湯気が出ていて、それが窓から入る日の光によってより白く見える。


「珈琲でございます。ごゆっくりどうぞ」


 メイドは綺麗に頭を下げ、部屋から出ていく。

 お父様は珈琲を一口飲み、ふぅと息を吐く。


「相変わらず、珈琲が好きなんだな。お父様は」


「ああ、僕はこのために生きていると言っても過言ではないよ。珈琲豆も高くなっているし、飲める内に飲んでおかないとな。オリビアは今も珈琲が飲めないのか?」


 私はカップを手に取り、少しだけ珈琲を口に入れる。

 ほろ苦い味が口の中に広がり、思わず顔をしかめてしまった。

 私の表情を見て、お父様は苦笑した。


「次からオリビアには珈琲以外の飲み物を持って来るように言っておくよ。ところで今日はどうした?ただ顔を見せに来たわけではないのだろう?」


 お父様は先ほどの優しい顔とは違い、神妙しんみょうな顔つきで質問してくる。


「例の魔神の事だ。私達、王国騎士団は魔神と吸血鬼との戦争で主戦力になる。生きて帰ってこれかはわからない」


「そうか、やっぱり魔神の話か・・・。王や一部の貴族の中では何者かの悪戯だと思っている物もいるらしいけどね」


「それ以外にもお父様にも伝えたいことがもう一つあるんだ。昨日ロイドと会って話をしたんだ」


「ロイドか、懐かしいな。彼は元気かい?」


「ああ、今のところ元気にやっているみたいだ。それよりもロイドから聞いたのだが、クロークス盗賊団はいち早く情報を掴んでいて、それによるとやはり魔神の言っていることは全部本当らしい」


「っ!やはり戦争は起こるのか。正直、私も嘘であってほしいとずっと思っていたのだが・・・。なんせ最後に戦争したのは人間同士で、100年以上も前の事だ。実感が湧かないよ」


「お父様は戦争の日、どうされるのですか?」


「魔物と戦うオリビアにはすまないが、妻と子供を連れて街から離れるつもりだ」


「それを聞けて安心した。家族のみんなには元気に生きていて欲しい」


「自分の子供より親が生きるというのも納得いかないけどね」


「それともう一つ、ロイドは魔神と戦ったことがあるみたいだ。手も足も出なかったらしい、話を聞く限りでは私が戦ってもまず勝てないだろうな」


「この情報を私から王に伝えても信じないだろうな。先代の王は頭が良く人格者だったが、今の王は甘やかされて育ち自分の私腹を肥やす事しか考えていない。政治や国民の事は自分には関係ないと思っているみたいだしね」


「王はクロークス盗賊団の情報は信じないだろう。やはり王国騎士団の偵察からその情報を伝えない限り信用しないと思う」


「戦争が本当に起こることが分かっても王の一族は別の場所に逃げると思うよ」


「そうですね。王はどうでも良いがミアには戦争に巻き込まれずに元気で生きていて欲しい」


「第二騎士団長様がそんなこと言ってもいいのかい?」


 お父様は笑いながら言うと珈琲を一口飲む。


「おっと本音が出てしまった。お父様の前だとついつい素の自分が出てしまうな」


 お父様の笑った顔を見て、つられて私も笑ってしまう。


「さて、私はそろそろ行くよ」


 私は椅子を引いて立ち上がると、お父様もティーカップを置いて立ち上がる。


「そうか、戦争の前にオリビアの顔を見られて良かったよ」


・・・かもしれないけどな」


「縁起でもないことを言わないでくれ、父としてどんな顔すればいいのかわからないよ」


「冗談だ」


 私は振り返り、部屋に入って来た時と同様に書類や本を踏まないように気を付けながら部屋のドアに向かって歩く。


「おっと、忘れていたな」


 2,3歩進んだ所で立ち止まり、来た道を戻る。

 お父様の机の上にあるカップを持ち上げて、メイドが出してくれた珈琲を一気に飲み干す。


「珈琲の美味しさが少しわかった気がするよ」


 私はまた顔をしかめながら言い、カップを置く。

 そしてまた部屋のドアに向かって歩き出し、部屋から出ていく。


 ◇


「珈琲の良さが分かっている人の顔じゃないな」


 トーマスは部屋の窓の前まで歩いていき、両開きの窓を開ける。

 窓の外から小さく見える教会を見る。


「神様、どうか娘のオリビアが無事に帰ってきますように・・・。まあ普段神を信じていないのに都合よくお願いしてもダメかな?」


 トーマスは無理やり笑いながら呟く。

 それに答えるように風が部屋の中に入ってきて、机の上に積み上がった書類が舞うように部屋の中に散らばった。

 トーマスは急いで窓を閉めて振り返り、部屋の中を見る。


「はぁ~、散らばった書類集めないとな・・・。まあ元々、部屋の中は散らかっていたし、前とあんまり変わらんな」


 ◇


 俺はオルブラッドの城の中にある作戦会議室に座っていて、横にはステラとメルレイアもいた。


「魔神様、連れてきました」


 アルカードが一人の手錠を付けた吸血鬼を連れて部屋に入ってきた。


「痛っ!ちょっとお兄ちゃん!なにするの!?」


 アルカードが連れて来たのは妹のカーミラだった。


「初めまして・・・ではないな。魔神ザラスだ」


「えっ?こ、こんにちは・・・」


「失礼だ、頭を下げろ」


 アルカードがカーミラの頭を掴んで無理やり頭を下げさせる。


「お兄ちゃん!さっきから痛いってばぁ!何でこんなことするの!?」


 カーミラが反抗するように頭を思いっきり上げる。


「お前は散々女王様に迷惑をかけたんだ。これはその罰だ」


「うっ」


 カーミラがアルカードの言葉を聞いておとなしくなる。

 俺はカーミラの顔を見てニヤリと笑いながら言う。


「カーミラ、お前には頼みたいことがある」


「へっ?」


 カーミラがきょとんとした顔をして、気の抜けた声を出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る