第8話 圧倒的強者

「目の前にいるのはだってことだけだ」


 夜空に浮かぶ満月が暗い森の中をわずかに照らす。

 俺たちの前にいるのは黒い目と角を生やした男。


「ふっ。か?俺もお前らと姿はそんなに変わらんだろ?」


 俺も奴も同じ人型だが明らかに存在感が違いすぎる。

 奴は俺たちを嘲笑うかのように言いながら、周囲を威圧する。全身から奴に対する危険信号が出る。俺は親父から戦闘のセンスがあると言われているし、自分でもセンスは多少なりともあると自負している。だがこいつには勝てるとは全く思わなかった。


「お前何者だ?魔物か?」


 俺はなんとか恐怖を押し殺しながら奴に問いかける。


「気になるか?だがこれから死ぬお前らに答えて何の得がある?」


「俺はこんなところで死ぬわけにはいかねえんだよ。今までいくつの修羅場をくぐってきたと思ってる」


 俺は子供の頃から死にかけることは日常茶飯事だった。その経験からなのか俺は奴を目の前にしても冷静でいられるのかもしれない。


「ほう。それは楽しみだな、人間。だが他の奴らはどうだ?」


 周りの部下を見ると俺以外の全員が圧倒的強者に対して闘志の欠片も感じられなかった。

 くそっ!これじゃ部下は使い物にならねえな。

 どうにか策を考えていると


「お前以外はこれ以上生かしても意味がないようだな。なら一瞬で殺してやろう」


【闇上級魔法・死神の狂宴デス フィースト


 奴の立っている地面に大きな紫色の魔法陣が描かれる。


「なっ!また呪文詠唱なしで!?しかもこの魔法陣の大きさは上級魔法か!?まずい!全員奴から離れろ!」


 俺は奴から距離を取り、声を張り上げて言うが俺以外全員その場から動けずに奴の魔法を見ていることしかできなかった。

 奴のすぐ後ろに半透明の3mぐらいの黒いフードを被った骸骨が出てきた。正に死神というに相応しく恐ろしい見た目だった。

 その死神がこっちに来いと言わんばかりに大きな左手で手招きをした。


「えっ?足が勝手に!」


「なんだよ、これ!?行きたくないのに足が!」


「ロ、ロイド!助けてくれーー!!」


 部下たちが死神に向かって足を引きづりながら一歩一歩進む。まるで何かに引っ張られるようにゆっくりと死神に近づいていく。

 そして部下全員が死神を囲むように集まる。死神は左手を降ろし、右手に持っていた鎌を両手で持つ。そしてその大きな鎌を振り上げる。


「嫌だ!!死にたくない!」


「だ、だれか!」


「うわぁぁぁ!!」


 死神はその鎌を斜め下に向かって振り下ろす。


「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」


 俺は全力で叫びながら部下に向かって遠くから手を伸ばす。

 そして部下達全員が糸が切れた人形のように、前に倒れる

 それを確認すると死神は元々その場にいなかったかのように姿が薄れていき、消えた。


「あっ・・・あ・・・」


 俺は今、目の前で起こったことが現実なのかわからなくなり錯乱する。


「どうなってんだよこれ・・・。何なんだよあいつは!!」


 奴は何者なんだ!?なぜ俺たちを殺そうとしている?あの魔法はなんだ?


「次はお前の番だ」


 奴の声がしたと思ったら、奴が一瞬で俺の目の前に現れる。

 俺は咄嗟に持っていた剣で奴の首に向かって切る。

 俺の剣は奴の首に当たった。当たったが傷一つできなかった。


「その程度か。がっかりだな人間。他の奴らよりは多少マシだと思ったんだがな。見当違いだったようだ。お前も死ね」


 奴は拳を握り、俺の顔に向かって殴ってくる。


瞬進しゅんしん


 俺はスキルを発動しその場から一瞬で後ろに離れる


「ん?何だ、今の動きは?魔力を感じなかったな。それが【スキル】か?」


【瞬進】は少しだけ移動できるスキルだ。スキルは魔力ではなく体力を使う。瞬進を使ったので少しだけ疲労感を感じる。


「はぁ・・・はぁ・・・・くそっ!勝てるイメージが沸かねぇ」


「まだ勝てると思っているのか?実力差もわからないではないだろ?そんなことより他の【スキル】を見せて楽しませてくれ」


 奴は笑いながら自分が勝つのは決まっているかのように言った。

 だが実際俺も勝てるとは思えなかった。クロークス盗賊団の幹部との模擬戦では勝てるかもと思う瞬間が何回かあったが、奴はそれが全く思わなかった。


「そうか・・・。なら死ぬ前にスキル見せてやるよ」


 俺はもう自暴自棄になっていたのかもしれない。親父に教えてもらった戦闘技術を使って全力で戦って死ねるなら幸せだと思ってしまった。親不孝者だな俺は。

 そう思うと俺は肩の力が抜け、いい感じで集中することができた。


狂戦士バーサーカー


 俺の目が血走り、体に熱い血が駆け巡るような感覚を感じる。

【狂戦士】は文字通り一定時間理性が下がるが戦闘力が上がるスキルだ。


「それもスキルか?面白いな」


「余裕ぶってんのも今の内だ!」


 俺は奴に向かって肩をぶつけて突進する。奴に当たった瞬間まるで大木に突進したかのようにびくともしなかった。

 奴の頭にハイキック、ボディブロー、回し蹴り。

 俺は奴に連打で攻撃する。


「くそ!おらぁぁぁ!!」


 俺は腰を入れて渾身の右ストレートを放つ。

 その右ストレートを奴は左手でいとも簡単に弾き、奴は腰を少し落とし俺の腹に向かって殴る。


鉄壁てっぺき


 鉄壁は一瞬体が動けなくなるが体が硬くなるという防御スキルだ。

 俺の体が硬くなり奴の攻撃を受け止める。がやつの攻撃が重く鉄壁を貫通してダメージが入る。


「ぐはっ!!!」


 喉の奥から血が吐き出され、口の中に鉄の味が広がる。

 俺は痛みに耐えきれず片膝をつく。


「殺すつもりで殴ったのだが・・・。またスキルを使ったな」


「おえっ・・・はぁ・・はぁ・・ただ普通に殴っただけであの威力・・・バケモンかよ、てめぇは!」


 たった一発で俺は瀕死状態だった。完全にあばらは3,4本折れてるし、内臓も破裂しているだろう。

 これは完全に死ぬな。俺は覚悟を決めた。だが死ぬ前にこいつに一泡吹かせて死んでやる!

 俺は地面についていた膝を上げる。右手に剣を構え奴を見据える。


「最後のあがきだ・・・。」


 俺の手から血滲み出てが剣に向かって流れる。血が剣身を包むようにコーティングされていき剣が真っ赤に染まる。


【死・一閃し いっせん


 全身全霊、命を懸けて俺は横に剣を振る。剣の赤い残像が綺麗に横一直線に浮かぶ。


「はぁ・・・はぁ・・・くそっ・・・とどか・・・ね」


 奴の首から一滴だけ血が流れる。

 それを見て俺は全身から力が抜け、剣を落とし前のめりに倒れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る